08 報酬と証拠

『明日、彼氏のふりをしてくれないか』


 講義中にこんなメッセージが届いた。

 ナギはTwitterを閉じ、アプリを開く。

 

『なにゆえ?』


 ナギのメッセージに即座に既読がつき、返信がくる。


『あとで話す』


 斜め後ろをうかがうと、ミナミと目が会った。

 彼女は両手を合わせるポーズをした。

 再びナギは指を動かす。


『報酬は高く付くわよ』


『金ではないのだろう?』


『もちろん』


『ダンナのためなら、この家宝も喜ぶぜ』


『匂い付き消しゴムとかやめてよ』


『小学生かな?』


『(「5秒で描いたネコチャンシリーズ」のスタンプ)』


『(コンビニが「今夜だけは寝かせて……」と懇願するスタンプ)』


 そうして講義が終わり、ナギとミナミは野外のベンチに座った。

 そこは喫煙所だったので、ナギはミナミに許可を取ってから煙草を吸った。

 ミナミは「夏までは煙草は吸わない」らしい。


「で。どうして匂い付き消しゴムが小学生なの?」


「そこかよ」


「冗談よ。彼氏のふりって」


 そうなんだよ、とミナミはため息をついた。

 話によると、別の学部の学生に告白をされたらしい。それも先輩に。

 彼女は付き合えないと断ったが、彼は食い下がってきた。

 だから論より証拠、ということである。


「ぎなっちはタッパもあるし、男に見えなくもないだろ」


 ナギの身長は185cm。

 男性の平均身長より15cmも高い。


「男扱いされたことはあるけど……でも、彼氏でしょう?」


「明日だけでいいんだ。明日だけ、男になってくれ」


 こんな言葉を言われた人は、この世にどれだけいるのだろう?


「いいけど……格好だけでいいの?」


「いや、先輩に挨拶する。これがオレのツレですって」


「……それ、相手が燃えるだけじゃあないの」


「だから、見せ付けるんだよ。オレたちのイチャイチャを」


「いちゃいちゃ」


 ナギは煙草の灰を落とし、その光景を想像した。

 確かに、それなら折れてくれるかもしれない。

 しかし、やはり不安が付きまとう。

 それも、その先輩ではない、別の問題のような気が。


「しかし、意外ね」


「なにが?」


「ミナミ、ちゃんと言い返せる人っぽいから。周りくどいこと、好きじゃあなさそうだし」


「オレだって、ぎなっちの手をわずらわせることはしたくなかったよ。ひとりで解決できたらよかったけど、無理だった」


「しつこい系?」


「というよりは……ストレート系だな」


「なるほどね」


 先輩の想像図がありありと浮かんでくる。

 ミナミが困るのも、まっすぐな人に対する困惑なのだろう。

 

「ま、軽くでいいから、頼むよ」


「どこまでいく?」


「手を繋ぐくらい」


「そこまでなら……」


 恩に着るぜ、とミナミ。

 本当にそこまでなら——とナギは思う。

 





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