クリスマスデート後編
「俺からのプレゼントはこれです」
小箱を開けると、シルバーリングが姿を見せた。
学生基準で見れば、十分高価な代物だ。社会人基準で見れば、それほどかもしれないが。
それでも……色々考えた末に、俺はこのプレゼントに行き着いた。
桜宮先生はシルバーリングを一瞥すると、目を丸くする。
「……え、指輪……⁉︎」
「はい。色々店員さんとかにも聞いて、決めました。受け取ってくれますか」
「……っ。……も、もちろん……です」
桜宮先生は湯気が出そうなほど、顔を真っ赤に染め上げる。俺の目から視線を外すと、逃げるように下を向いた。
今にも消え入りそうな声だったけれど、しっかりと聞き取った俺は、小箱から指輪を取り出す。
「付けていいですか?」
「ひゃ、ひゃい」
誰の目にも明らかなほど、動揺をあらわにしてたじろいでいる。俺よりも緊張している人が目の前にいるからか、俺の緊張はすっかり解けていた。
桜宮先生の左手をそっと持ち上げて、
「あれ、サイズちょっと大き──」
「湊人くん?」
「なんですか。すみません一回りサイズ大きかったかも……」
「つ、付ける場所違くない、かな」
指輪の位置が違うと指摘される。
けれど、俺としては間違えたつもりはなかった。
「間違えたつもりはないんですけど」
「え、だ、だって……指輪って事は……け、結婚って事なんじゃ」
「は?」
「え?」
ポカンと口を開けて、目を丸くする俺。
桜宮先生も同様に口を開けると、キョトンとしていた。
数秒の沈黙があった後で、とんでもない誤解を生んでいると理解した俺は、弁解を開始した。
「ち、違います! こ、これはただのプレゼントです。……結婚してくださいって意味じゃなくて!」
「違うの⁉︎ 恋人から指輪もらったら、それもうイコール結婚なんじゃ」
「飛躍が過ぎる! プレゼントで指輪とか普通にありますから」
「そうなの⁉︎ すごいね恋人って!」
「ええ! 凄いですね恋人って!」
「で、でもそれなら先に言ってほしかった!」
「まさか誤解生むと思ってなかったんですよ!」
「私の恋愛スキルの低さ甘く見過ぎじゃないかな⁉︎ 無知なんだから、ちゃんと教えてくれないと誤解しちゃう!」
「そうですね、言葉足りなくてごめんなさい! え、てかじゃあさっきの『もちろんです』って……え?」
「……っ。今それ掘り返さないで! 勝手に勘違いして、私ただのイタイ女だから!」
「…………」
「だ、黙るのズルいと思う……。ご、ごめんね。察し悪くて、恋愛知識全然なくて……」
「い、いえ……俺の方こそ、すみません」
気がつけば、クリスマスイヴに似つかわず、二人同時にペコペコ謝るという構図になっていた。
俺も桜宮先生も顔が真っ赤だ。大変居た堪れない。
ふと、桜宮先生の人差し指からシルバーリングが外れそうになっている事に気がついた。
清香さんによる、桜宮先生の指のサイズ情報には誤りがあったらしい。
外して無くす前に、指輪を一度取り外す。
「あ、なんで外しちゃうの」
「いえ落ちそうだったので。他の指、試してみてもいいですか?」
「うん……というかそれなら、薬指がいい、な」
「……で、でも」
「ダメ?」
「じゃあ」
俺は震える手で、桜宮先生の左手を持ち上げる。
薬指へと指輪を通そうとしたところで、動きを止めた。
「……いや、やっぱそれはやめときます」
「っ。そっか……そう、だよね」
「あの、また誤解生みたくないので、ちゃんと言いますけど」
「……?」
「左手の薬指に指輪をはめる時は、ちゃんとしたものをあげた時に……したい、です」
恥を忍んで、けれど、しっかりと正面から俺の気持ちを伝える。桜宮先生は、かつてないほど顔を赤くすると、目を左右に泳がせうつむいた。
俺も俺で、体温を急上昇させている時だった。
突発的に強い風が吹く。その拍子に、桜宮先生が付けていた帽子が空を舞い、黒髪のウィッグが外れた。
「あ」
「おっと……大丈夫ですか」
俺がすぐに帽子を掴み、桜宮先生はウィッグを地面から持ち上げる。無くすことせずに済んだ。
「うん大丈夫……あ、誰か知り合いいないよね?」
「いなそう、ですね」
念のため周囲を見回す。大丈夫そうだ。
変装から解けた桜宮先生は、いつも通りの明るい髪色だった。黒髪も似合うけれど、やっぱりいつもの方がいいな。
俺も眼鏡を外し、普段通りにすると、桜宮先生の右手を掴んだ。
「え、いいの? 変装」
「まぁ、今くらいはいつも通りでいいかなと」
シルバーリングを彼女の右手の薬指へと、通していく。サイズはピッタリだった。
「ありがと、湊人くん」
「喜んでもらえて、よかったです」
「でも高かったんじゃないの? 普段、私に無駄金使うなって口酸っぱくしてるくせに」
「大切な人に贈るプレゼントくらい、金掛けちゃダメなんですか」
「……っ。そ、そういうのズルい! 湊人くんって、デレの周期がわかんないよ」
「デレの周期ってなんですか。変な言葉使わないでください」
「それに、こういう時に限って、私お金使わなかったし……」
「でも、滅茶苦茶嬉しかったですよマフラー。……てか、急ピッチで作ってくれたんですか?」
俺がクリスマスイヴの約束を取り付けたのは、五日前だ。手編みのマフラーとなると、ちょっとやそっとで作れる代物ではない。
「ううん、それは結構前からちょっとずつ作ってたんだ。クリスマスの予定はどうあれ、湊人くんに渡そうって思って」
「先生こそ、ズルいじゃないですか。そういう健気なの……ホント、ズルい」
「あ、また先生って言った」
「あ、すいません」
ダメだな。気を抜くと、すぐ言ってしまう。
普段から呼び方の変更を──いや、学校でも由美さんとか呼んだら、取り返しがつかないからな。
どうしたものか。
そう、頭を悩ませている時だった。
桜宮先生が、ちんまりと俺のコートの裾を掴んできた。
「今日の私は、瀬川くんの先生じゃないよ。湊人くんのカノジョ、だよ」
「……はい。わかってます」
「ほんとに分かってる?」
「分かってます。もう間違えません」
俺が断言すると、桜宮先生がふわりと微笑む。
寒さで白くなった頬に、再び朱を注ぎ始めると、彼女は続けた。
「じゃあ、さ……今夜は帰りたくないって言ったら、どうする?」
俺にだけ聞こえる声量で。
囁くように、恥を隠すように。
それでもハッキリと、言葉にして伝えてきた。
桜宮先生の熱が俺に移って、身体が火照って仕方がない。何か返事をしないといけない。
……いや、返事はいらないか。
俺は桜宮先生の頬に手を伸ばすと、そのまま口付けをした。周囲の目など気にも止めず、むさぼるように、長く、深く。
お互いに息も絶え絶えになって、呼吸も乱れたまま向き合う。俺は熟れた頬を隠すように、マフラーを口元に運ぶ。
そして、桜宮先生の右手を掴むと、宣言した。
「今日は、帰しません」
俺が家に帰ったのは、翌日の昼過ぎだった。
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次が最終話です(・ω・)ノ
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