クリスマスデート中編

「いーじゃん、俺とちょっと付き合ってよ」


「……ごめんなさい。彼氏待ってるだけなので」


「あ、俺、穴場知ってるよ。イルミネーション一望できるいい場所あんだよ。ホントだよ?」


「め、迷惑です」


「彼氏なんかほっといてさ。……あ、それにこれでも俺、結構お金持ってんだよ。もし俺にちょっと付き合ってくれたら、贈与税がかからない範囲でお裾分けしてあげても──」


「お、お金なら私も持ってますから!」


 飲み物を買ってベンチに戻ると、桜宮先生がナンパに遭っていた。少しデジャヴ感がある。

 席を空けていた時間は、五分程度。

 この短時間でナンパに遭うとは、俺の想定が甘かった。急ぎ足で現場に向かうと、ナンパ男の腕を掴み上げる。強引に、俺の元に引き寄せた。


「──人のカノジョに、ちょっかい掛けないでもらっていいですか」


「ちっ……」


 睨みを効かせると、ナンパ男は強めに舌打ちする。鬱陶しそうに俺の手を払い、ポケットに手を突っ込んだ。踵を返す。


「彼氏じゃなくて弟連れかよ」


「は? 訂正してもらっていいですか」


 立ち去ろうとするナンパ男を引き止める。


「訂正? なにを?」


「弟じゃありません。彼氏です」


「いや、弟じゃねーの? てか何にキレてんだよ」


「訂正してください」


「意味わかんね。じゃあ彼氏でいんじゃね」


 ナンパ男は不機嫌そうに首を横に傾けると、苛立ちを隠すように場を後にした。

 せっかくのデートに水を差された。俺も俺で内心イラついていると、桜宮先生が笑みを咲かせていることに気がついた。


 隣に座って、怪訝そうに彼女を見つめる。


「なんで笑ってるんですか……」


「えー、だってなんか嬉しくて」


「ナンパに遭ったことがですか?」


「それは違う」


「変な先生ですね」


「あ、今は先生はナシだよ」


 ピンと人差し指を立てて、釘を刺される。

 外にいる間は、先生呼びはまずかった。気を付けてはいたけれど、癖が抜けてない。注意せねば。


 俺はポケットに放置していた飲み物を取り出すと、片方を桜宮先生に差し出した。


「あ、これどうぞ」


「ありがと。柚子のやつだ」


 柚子とレモンを組み合わせた、ホッとする飲み物だ。寒い季節にはピッタリである。


「あれ、湊人くんはコーラ?」


「はい。なんとなく炭酸が飲みたくなって」


「寒いのに凄いね」


「寒かったら、由美さんに暖めてもらうから大丈夫です」


「うん、暖めてあげるね」


 桜宮先生がピトッと肩に密着してくる。

 適当に言った手前、桜宮先生の行動に動揺を覚えつつ、俺はコーラの缶を開ける。


 プシュッという小気味良い音とともに、中から飲み物が吹き出してきた。


「……っ、うわっ……」


「え、大丈夫?」


「あ、さっき走ったから……」


「は、早く拭かなきゃ!」


 冷静に状況を見つめ、炭酸が溢れた原因を推察する。……ナンパ男のせいである。


 おかげで下半身が濡れてしまった。

 まぁ黒いズボンだから、目立たないとは思うけど。


 桜宮先生は俺以上に慌てふためくと、ハンカチで濡れた部分を拭いてくれる。


「へ、平気ですよ。自分で出来ますから」


「遠慮しないでいいよ。私に任せてっ」


「いや、その……ホント平気ですから」


「え? ……あっ……じゃあ自分でやる?」


 濡れた箇所が箇所なだけに、だいぶ危険だった。

 桜宮先生からハンカチを受け取り、自分で濡れた箇所を拭く。……と、そこである事に気がついた。


 これ、俺が前にあげたやつだ。

 桜宮先生とデートする事になって、プレゼント交換でプレゼントしたハンカチ。ちゃんと使ってくれているのか。


 不思議と、胸の奥が熱くなるのを感じた。



 ★



 デートも終盤に差し掛かった。

 大方、園内も周り終えて、俺たちは背の高いツリーの下にいた。カップル以外禁制と言った、そんな雰囲気が立ち込めている。右を見ても左を見ても、胃もたれしそうなほど甘い。


 夜を感じさせないほど、煌々と輝く広場。

 渡すならここか……。そう心の中で、自問自答する。


 なんと言っても今日はクリスマスイヴ。

 俺とて、プレゼントの一つ用意はしてある。


 喜んでくれるかは……少し不安ではあるけれど、怖気づく訳にはいかない。

 覚悟を決め──ようとした、その時だった。


 桜宮先生が、カバンの中を漁り始め切り出してきた。


「実は今日、湊人くんにプレゼント持ってきたんだ」


「……っ。お、俺もです」


 プレゼントを渡し合う約束はしていなかったけれど、桜宮先生も用意をしていたらしい。


「ほんと? 嬉しいなっ……じゃ、私から」


 桜宮先生はカバンから包装紙に包まれたモノを取り出すと、丁重に手渡してくる。


「ありがとうございます」


「開けてみてほしいな」


 あまり重くはない。包装紙がある状態では、中身を推察するのは難しかった。

 先生からの催促もあったので、早速中身を開封していく。すると、姿を表したのは薄水色のマフラーだった。細かく見れば、『MINATO』の文字が入っている。


「え……これ手編みですか?」


「うん……マフラーなんて初めて作ったから、ちょっと不恰好かもだけど」


「不恰好なんかじゃないです。すげぇ嬉しい」


「よかった。湊人くん、私がお金あげると良い顔してくれないし……それで色々考えて手編みのマフラーにしてみたの」


 このプレゼントを選んだ経緯を教えてくれる。

 隙あらば、現ナマを渡してくる桜宮先生が、お金に頼らず気持ちのこもったプレゼントをしてくれた事に、感傷的な気持ちが込み上げてきた。


 どうしよう……半端なく嬉しい。

 俺は既に着用していたマフラーを、バッグの中にしまうと、早速桜宮先生の手編みマフラーを首に巻いた。


「どうですか?」


 早速、感想を聞いてみる。


「い、いいんじゃないかな。ちょっと……いや、だいぶ照れ臭いけど」


「俺、これ一生大切にします」


「いいよそんな。消耗品だし、……ちょっと使ってくれればそれで」


「嫌です。もうマフラーはこれしか付けたくないです」


「急に意固地だ! ……それに、そういうのでいいなら、来年とか、また作ってあげる」


「ホントですか? 来年のクリスマスがもう楽しみになりました」


 桜宮先生はポワッと頬を上気させる。

 コクコクと首を縦に振るだけで、黙ってしまった。……可愛い。


 ──今度は、俺の番だよな。


 火照る身体を鎮めながら、バッグから黒い箱を取り出す。手の平におさまる、小さいサイズだ。


 桜宮先生は、俺の手元を一瞥して目を丸くする。

 彼女が何か言う前に、俺は緊張を押し殺して声を上げた。


「俺からのプレゼントはこれです」


 小箱を開けると、シルバーリングが姿を見せた。

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