クリスマスデート前編

「お待たせしました」


「ううん、今来たとこだよ」


 十二月二十四日。木曜日。

 世間はクリスマス一色に染まった頃。

 遊園地で開催されているイルミネーションを観に、俺と桜宮先生は現地集合していた。

 時刻は、十八時ジャスト。


 十七時までは本来の遊園地として稼働し、その後はイルミネーションのための施設として入れ替わる。

 右を見ても左を見ても、カップルだらけ。中には家族連れも居たけれど、カップルの比重が圧倒的に高かった。念のため、周囲に目を配るが知り合いはいない。


 まぁ、学校からもそれなりに距離があるしな。

 それに、俺は眼鏡を掛けているし、桜宮先生は黒髪ロングのウィッグを装着している。

 マフラー等で顔も隠れているため、見つかる危険は少ない、はずだ。それに万が一、知り合いと会った時の言い訳も用意してある。


「桜み──由美さん、ホントについさっき来たばかりですか?」


「そうだよ」


「鼻、赤くなってますけど」


「……こ、ここに到着するまでに赤くなったんだよ」


「車で来たんじゃないですか?」


「…………。はい、そうですよ。湊人くんとのデートが楽しみで、一時間前から待ってました」


 俺に詰め寄られ、正直に打ち明ける桜宮先生。

 こういう健気なやつはズルいと思う。


 ちなみに、俺も早めにくる予定だった。

 電車の遅延があって、結果的に約束の時間ちょうどに着いたが。


「なんかもう……とりあえず好きです」


「いきなり⁉︎ あ、ありがと……私も、湊人くんのこと好きだよ」


「……でも、少しは身の危険考えてください」


「身の危険?」


「ナンパに遭うかもしれないじゃないですか」


「今日この場所でナンパは遭わないでしょ」


 まぁ、カップル御用達の場所で、ナンパする男もそうそう居ない気はする。

 それでも、油断はできない。急にカノジョに振られて、なりふり構わなくなっている人がいても不思議じゃない。彼氏持ちの女性をナンパして、悦に入るタイプの変わった人種がいる可能性もある。


「それにさ、何かあってもその時は湊人くんが守ってくれるでしょ?」


「歳上なんですから自分の身は自分で守ってください」


「む。歳は関係ないよ。好きな人にはいつだって、守ってほしいの。……だめ?」


「はぁ……死んでも守りますよ」


 嘆息混じりに告げると、桜宮先生の表情が緩む。

 ギュッと俺の腕にしがみついてきた。厚着をしているから、そこまで感触は伝わらない。けれど、甘ったるい優しい香りが、鼻腔をついた。


 頬に朱を注ぐと、視線をあさってに逸らす。


「じゃあ行きましょうか」


「うん」


「そういや……今日はいつにも増して、その、可愛いですね」


「ホント? 嬉し──」


「服が」


「今の一言付け足す必要なかったと思うな〜。嬉しいけどさ」


 そんな他愛もないやり取りをしながら、チケットを片手に受付へと向かった。



 ★



「うわー、見てみて、すごい綺麗」


「そうですね」


 現在、俺たちはイルミネーションを絶賛満喫していた。色鮮やかに輝く、電飾の道にカーテン。

 これまであまり縁のなかったものだけれど、こうしてみると中々胸を打つものがある。


 カップルがこぞってやってくるのも、納得だ。つい見惚れていると、左隣から強い視線を感じた。

 桜宮先生がジーッと俺を見つめている。


「え、なんですか?」


「私の求めてた言葉が来ないなって思って」


 このタイミングで求めていた言葉となると、考えられる候補は多くない。クリスマスイヴだしな。要望には応えてあげるか。



「──由美のが綺麗だよ」



 そっと耳元で囁くと、桜宮先生が風邪を疑うレベルで顔を赤くした。俺の腕に更に密着してくる。


「い、いきなり呼び捨てはズルい!」


「そうですか……じゃあ、もう呼び捨てはやめます」


「あ、そ、そうじゃなくて……ビックリしちゃったけど……嫌だったわけじゃないから」


「つまりどういうことですか?」


「つ、つまり……っ……こういうこと!」


 桜宮先生が俺の肩にギュッと力を入れてくる。

 重心がずれて、体勢を崩す。すぐに唇に柔らかい感触が走った。

 突然の口付けに、俺は目を白黒させる。この展開は、想定していなかった。


「……せ、説明になってないですよ」


「仕返し。湊人くんすぐ言葉責めするから」


「言葉責めしてないと思いますけど」


「してるよ。私が言葉濁してるのに、ちゃんと言語化させようとしてくるし」


「それは国語の教師として、あやふやなままだと問題だなと」


「ありがと! 全然嬉しくないけど!」


 頬を膨らませ、恨めしそうに睨まれる。

 この先生、年齢サバ読んでないか。ホントはもっと若いんじゃないの? 


 まぁ、桜宮先生が何歳だろうと、今の俺にとってさしたる問題ではないけれど。


 そのまま密着しながらイルミネーションを満喫していると、突然、桜宮先生の動きが鈍くなった。


「……どうかしました?」


「う、ううん……なんでもない」


「ちょっとベンチで休みましょうか」


「大丈夫だよ。気にしないで」


「俺が休みたいんです」


「なら、いいんだけど……」


 カップルの大名行列から抜け出して、近くのベンチに腰を下ろす。タイミングよく、席が空いてよかった。


 以前、花村先生にデートの極意を教わったときに習ったはずなのにな……。すっかり失念していた。桜宮先生がヒールを履いているのに、まるで歩くスピードを気にしていなかった。


「俺、飲み物買ってきます」


「それなら私が」


「いいですから、そのままベンチの席取りしててください」


「……わかった。あ、でも飲み物代は受け取って」


「受け取りません。たまには、俺にも奢らせてください」


 そう言って、俺はベンチを立ち上がる。

 桜宮先生は呆然としていたけれど、金を手渡してくる真似はしなかった。

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