男子高校生が女教師をデートに誘うだけの回

 十二月十九日。土曜日になった。

 時の流れは早いもので、年明けまで二週間を切っている。冬休みに関しては、もう目と鼻の先だ。


 そして今日も今日とて、桜宮先生の部屋に来ているわけだが……俺はいつもと違った面持ちをしていた。


「大丈夫? もしかして体調悪い?」


 普段とは異なる俺の様子を、桜宮先生が心配してくれる。

 俺は小さく深呼吸をして緊張を紛らわすと、気持ちを落ち着かせた。クッションに座ったまま、桜宮先生に身体を向ける。


「……あ、あの」


「ん?」


「く、クリスマスイヴって、先生予定空いてますか?」


 緊張を押し殺して、クリスマスの予定を訊ねる。

 途端、桜宮先生にも緊張が移った。一瞬にして、頬を紅潮させ、居住まいを正す桜宮先生。


「……あ、空いてます!」


「じゃあ……これ行きませんか」


 実際、これを渡すかどうかは迷った。

 熟考に熟考を重ねた上で、約束を取り付けるまで遅くなってしまった。


「イルミネーション?」


「はい。まぁ貰い物なんですけど……よかったらどうかなって」


 右頬を指で掻く。

 俺から何かに桜宮先生を誘うのは、初めてかもしれない。そのせいか緊張が半端ではなかった。


 さっきからまともに目を見れない。


「う、嬉しいっ……けど」


「けど?」


「ダメだよ……誰かに目撃されたら言い訳付かない。クリスマスとなれば余計に……」


「考えたんですけど……それが逆に利用出来るんじゃないかなって」


「どういうこと?」


 桜宮先生が、無垢な瞳を向けてくる。

 キョトンと首を横に傾げた。


「クリスマスに、イルミネーション。この組み合わせとなれば、カップルの割合がほとんどです」


「うん。そうだと思うけど」


「となると、一々周囲を気にする人は少ないでしょうし、人口密度が高いはずです。その状況で、知り合いに発見される可能性って稀有な気がしませんか?」


「確かに……そう、かも?」


「それに近くの遊園地といえど、そこそこ距離ありますし」


「でも、リスクはゼロじゃないよね?」


「はい。そこでこれの出番です」


 そう言って、俺はリュックの中からある物を取り出す。


「ウィッグ?」


 俺が取り出したのは、黒髪のウィッグ。それも、長髪タイプだ。

 桜宮先生は、栗色の明るい髪質。対照的な色を選んでみた。


「これを付けてもらって、その上に帽子でも被ればだいぶキャラ変できると思います」


「ちょっと付けてみていい?」


 はい、と差し出すと、早速ウィッグの装着にかかる。黒髪ロングに変身した桜宮先生は、普段とは違った魅力があった。

 これに帽子を被れば、一目見た程度でウィッグがバレることはないだろう。


「どう? 似合ってる、かな?」


「……似合いすぎて引きます」


「引かれてる⁉︎」


 あんぐりと目を見開き、慌てふためく桜宮先生。

 こうして抑揚強めに喋ってくれれば、桜宮先生だと認識できるけれど、ジッとしていたら別人みたいだ。

 普段の髪色が明るい分、黒髪による変貌は大きく……一言で言えば、これぞ大和撫子と言った感じだった。


 この先生、紫色の髪とかでも自分のモノにしそうだ……ポテンシャル高すぎないかな……。


「ともあれ、これなら一目で桜宮先生と気が付かれる心配は少ないと思います。ジッと見つめられるとかなら別ですけど」


「湊人くんも、何かウィッグつけるの?」


「いえ、俺の場合、ウィッグ付けたら違和感凄くて、変に注目集めそうなので……」


「似合うと思うけどなあ……金髪とか!」


「眼科行ってきてください」


 ジトッと半開きの目で、淡々と切り返す。

 俺に金髪など似合わない。想像しただけでもお腹いっぱいである。そもそも、目立つ髪色は避けるべきだろう。よって俺は、このまま黒髪でいく。


 とはいえ、何も変装しないわけではない。

 リュックの中をあさり、ある物を登場させた。


「まぁそもそも俺は目立つタイプじゃないですが、これで……だいぶ普段とは印象変わるでしょう?」


 スチャッと眼鏡を耳にかける。

 ブリッジを人差し指で下から押して、位置を調整した。


「…………」


「え、あ、あの……黙られるのは困るというか……まぁ自分でも眼鏡は似合ってないと思ってますけど」


「あ、ち、違うの! なんか普段の湊人くんと違って良いというか……これはこれでトキめくなと。か、カッコいいよ……っ」


「……っ。い、言わなくていいですそんなこと!」


 一瞬にして頬に赤いものを注ぐと、シュバっと視線をあさってに逸らした。

 意味もなく、眼鏡をいじって気を紛らわせる。


「でも……うん。確かに、一目で湊人くんと一致させるのは難しいかも」


「でしょ」


「でも、眼鏡なんて湊人くん持ってたの? それにこのウィッグだって……かなりちゃんとしてる。高かったんじゃ──」


「あぁ、実は俺コンタクトなんです。眼鏡に関しては念のため持ってるだけで……まぁ全然使ってないですけど」


「そうなんだ……知らなかった」


 桜宮先生が驚愕する。

 隠していたわけじゃないけれど、打ち明けるタイミングもなかった。


「でも、ウィッグは? 湊人くん、女装癖があったり……」


「あったら、どうしますか?」


「……ど、どうしよう……一緒に女装を楽しむ? いや、私の場合は女装にならないけど」


「寛容ですね。でも安心してください。俺にそんな性癖はないです」


「じゃあ、買ったの?」


「叔母……えっと、楓とシィちゃんのお母さんが美容系のお仕事をしてて、家に試作品を持って帰ってきたりするんですよ。それを拝借して」


「そうなんだ……。私、全然知らないね。コンタクト付けてたことも、楓ちゃん達のお母さんのしているお仕事も」


 訥々と、少し寂しそうに語る桜宮先生。


「それを言ったら、俺も先生のこと全然知らないです」


「そっか。そうだね。……湊人くん、私の視力とか知らないでしょ?」


「1.0くらいですか?」


「残念、2.0でした」


「は? 目、良すぎないですか」


「えへへ、昔から目だけは良いんだよね」


 俺も桜宮先生も、知らない事ばかりだ。

 でも、これから知れる機会はいくらでもある。


 そう考えると、前向きな気持ちになれた。


「あのさ湊人くん」


「なんですか?」


「疑問、一つ解消してもいい?」


「? はい、いいですけど」


「どうしてクリスマスに出かけようって誘ってくれたの? 確かに、湊人くんの言う通り変装すれば身バレするリスクは少ない。クリスマスなら、周囲に気を張る人も少ないかもしれない。けど……湊人くんらしくない気がして」


 上目遣いで、少し心配そうに見つめてきた。

 保守的な俺らしくない、そう思うのは当たり前だ。実際、身バレを避けて桜宮先生と付き合ってからは、デートを一度もしていない。


 ただ、それでも俺がクリスマスにイルミネーションに行こうと誘った理由。それは──。


「……クリスマスくらい、我慢しなくてもいいかなって、そう思っただけです」


 嘘偽りのない本心だった。

 俺だって、デートしたい。その気持ちを抑え込んでいた。けれど、クリスマスくらいリスク承知で楽しみたかった。


「……っ、そっか。湊人くんも我慢してたんだ……」


「それに、あんまり隙を見せる訳にはいかないので」


「どういうこと?」


「こっちの話です」


 クリスマスに家で引きこもっていたら、カノジョ持ちの風上にも置けない。

 何はともあれ、こうしてクリスマスイヴにデートすることが決まったのだった。


──────────────────────


新作書いてます。

お時間ありましたら、ぜひ(^ ^)


幼馴染が惚れ薬を渡してきたんだけど ~どう考えても惚れ薬が偽物な件~


リンク↓

https://kakuyomu.jp/works/16816700428546790911

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