ご褒美デー

「要するに、ご褒美があげたいって事ですか?」


 期末テストも終わり、ひと段落がついた。

 勉強のことは一旦忘れて、桜宮先生の部屋にやってきたのだけど。


「うんっ。湊人くん、すごく勉強頑張ってたし、ご褒美をあげたいなって」


「俺としては嬉しいですけど、……そんな気にしないでください。学生がテスト勉強を頑張るのは当然ですし」


 それに、テスト勉強を頑張ったからご褒美となるならば、教職に勤めている桜宮先生はどうなるのだろう。問題作りなど学生よりも負担は多いし、テストが終わった後も採点で時間を取られる。

 ご褒美をもらうべきなのは、生徒より教師。この場で言えば、俺よりも桜宮先生な気がする。


「私がご褒美あげたいの。いいでしょ?」


「まぁそこまで言うなら……いいですけど」


 とはいえ、俺からご褒美をせがんでいるわけではない。

 そこまで言うなら、有り難く頂戴するとするか。


「じゃ、はいこれ」


 桜宮先生はニコッと口角を上げると、なんら迷いなく財布から諭吉さんを覗かせる。

 ざっと、三人はいた。ゲーム機本体が買える額だった。


「ナチュラルにお金渡すのやめてください」


「え? だって、これが一番いいじゃん。好きなもの買えるし。欲しいのなかったら、その時は貯金に回せる。完璧じゃないかな」


「完璧すぎるからダメなんです。お金はもっと大切にしてください」


「……湊人くんに使うのが私にとって一番有意義なの。だから問題ありません」


 ほら受け取って、と半ば無理矢理お札を握らせてきた。……なるほど、こうやってヒモは生まれるのか。

 お金の誘惑を即座に断ち切ると、桜宮先生の財布の中に受け取った諭吉達を戻す。


「なんでよっ。受け取ってよ。ご褒美なんだから」


「受け取りません。というかご褒美なら、お金を掛けなくてもできます」


「たとえば?」


「そうですね…………まぁすぐには思いつかないですけど」


 考えてみるも、中々思いつかない。

 正確には、思い付いてもパッと言える内容ではなかったりするわけで。

 結果的に、思案顔をするのが精一杯だった。


 しかし、桜宮先生は何か思いついたのか、パチリと目を開いて、人差し指を立てた。


「あ、じゃあ……今日一日、湊人くん専属のメイドさんになってあげる」


「……は? メイド?」


 思ってもみない単語が登場して、俺は首を横に傾げる。


「うん。今日は全力で私が湊人くんに尽くしてあげる。湊人くんの要望をなんでも叶えてあげるご褒美デー。どうかな?」


「……俺はいいですけど、先生はそれで良いんですか?」


「うん。私、尽くしたい派だし」


「じゃあ、それで」


 お金が登場しないなら、まぁいいか。



 ☆



「……先生」


「んー?」


「そこ……すごく気持ちいい、です」


「じゃあもっと攻めちゃおうかな」


「……っ、先生、上手いですね……経験、あるんですか?」


「どう思う?」


「初めてじゃ、ないですよね……」


「うん。若い時は結構日常的にやってたよ……あ、今も若いけどね?」


「へえ、日常的に」


「うん、それでお金稼いでたりもしたし」


「お金まで稼いでたんですか……でも確かにこれは、金を払う価値ありますね」


「湊人くんには、これからも無料ただでやってあげるよ」


 時はいくばくか流れ、俺は桜宮先生からマッサージを受けていた。

 肩のリンパが流れ、心地が良い。


 日頃の家事や勉強で疲れが溜まっているらしい。高校生とはいえ、マッサージに快楽を覚えていた。


 桜宮先生、中々にやり手である。


「ちなみに誰にやってたんですか?」


「ほとんどお父さんだよ。マッサージすると、お金くれるの。それで旨み覚えちゃって……どんどんやってるウチに自然と上達したって感じかな」


「なるほど。……それで、その……ずっと聞こうか迷いつつ、あえてスルーしてたんですけど」


「なに?」


 俺は首だけ振り返る。

 桜宮先生は肩を揉む手を止めると、キョトンと首を右側に傾けた。


「その格好、なんですか」


「あ、これ? 知らない? メイド服だよ」


「知ってますけど……なんでそんなの持ってるんですか……」


 現在の桜宮先生は、メイド服姿だった。

 しかも、割と際どい感じの。一言で言うなら、秋葉原でキャッチをしているメイドさんみたいな格好だ。……普通に着こなせている辺り、桜宮先生のポテンシャルの高さを感じる。


 彼女の年齢を鑑みると、妙な背徳感すら覚える服装だった。


「昔、学祭でメイドカフェやったの。せっかくなのでその時の衣装を着てみました」


「……やっぱり先生って、羞恥心ないですよね」


「あ、あるよ! これでも結構、恥ずかしいんだから!」


「だったらなんで着てるんですか? 俺、メイド服着ろとか強要してないですけど」


「まぁ……恥ずかしいけど、久しぶりに着てみたいみたいな欲もあるわけで……」


「なるほど。自分を苦しめて悦びを得るタイプか」


「そんな人をドMみたいに!」


「違うんですか?」


「あ、あながち間違ってないですけど……はい」


 しゅんとうつむく桜宮先生。

 その様子に、俺のS心がくすぐられる。


「あ、そうだ。せっかくその格好なら、あれやってほしいです」


「あれ?」


「おかえりなさいませ、ご主人様ってやつ」


「湊人くん、人の心ないのかな……?」


「捨てちゃったかもしれません」


「早く拾ってきて!」


 桜宮先生が声を荒げる。

 対照的に、俺はクスリと微笑むと、淡々と続けた。


「今日は俺にご褒美くれるんですよね? さっき、なんでも叶えてくれるって聞いた気がするんですけど」


「……あんまり歳上からかっちゃダメなんだよ。後で痛い目見るんだからね」


「それでも構いません」


「うっ……まぁ、言い出しっぺは私だしね」


 桜宮先生は紅潮させた頬を、軽く両手で叩く。

 胸に手を置いて、深呼吸をして心を落ち着かせる。


 覚悟を決めると、わずかに瞳を潤ませながら、上目遣いで俺を見つめて。




「お……おかえりなさいませ。ご主人様」



「二十点……ですね」



 俺は辛辣な評価を下した。



「に、二十点って低くない? てか、なんで採点されてるの?」


「これでも結構サービスして付けてます」


「聞きたくなかったよその情報」


「恥じらいよりも、やり切って欲しいんですよね……。プロ根性が見えないと言うか」


「プロじゃないからね! ズブの素人。それにしては頑張った方だと思うな!」


「もう一回、やり直してもらっていいですか?」


「……っ。ううっ……湊人くんの鬼畜……」


 桜宮先生がムスくれた表情で、唇を前に尖らせてくる。

 テスト終わりのご褒美デーは、毎回設けてもらおう、そう心に決める俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る