テスト勉強

「湊人くん……いつまで勉強してるの? もうやめよーよ。勉強なんて意味ないって」


「教師が一番それ言っちゃダメだと思うんですけど……」


 時は流れ、十一月二十九日。

 日曜日になっていた。


 ここ最近は、桜宮先生の部屋のみという制約つきではあるものの、充実した日常を送っている。そうして今日も、足しげく桜宮先生の部屋に来ているわけだが……。


 今日の俺の顔つきは険しかった。

 というのも、目と鼻の先に期末試験が迫っているのだ。

 今は、何より勉強に集中しなくてはいけない期間。本来、桜宮先生の部屋に来るのも控えようと考えていたが、愛しのカノジョの要望に応えた次第だった。


「いーじゃん。実際、出席さえしてれば留年にはならないし。もし赤点取っても補修すれば済む話だよ」


「大いに問題だと思いますけどね。テスト勉強に励む生徒に、教師がやる気削ぐこと言ってどうするんですか」


「湊人くんには、マンツーマンで補修してあげる♡」


「警察呼びますよ」


「か、カノジョなんだけど! 仮にも私、湊人くんのカノジョだよね⁉︎ 扱い酷くない⁉︎」


「馬鹿なこと言ってるからですよ」


「むぅ……私、そんなに変なこと言ってるかな。勉強よりカノジョに構ってください。これは君の担任からの指示です」


「早くこの人の教員免許剥奪されないかなぁ」


 ボンヤリと呟きながら、俺は数学の勉強を進める。高校レベルになると流石に手に負えないのか、桜宮先生はつまらなそうだった。


「というか、どうしたの? 普段、あんまり勉強しないじゃん。学年順位も、真ん中から少し上くらいだし」


「……まぁ、心境の変化と言いますか」


「心境の変化?」


「下手を打つと、マジでヒモルート進みかねないので」


 今の俺に、進学や就職など先のことは考えられない。正確にはそこまで考えられる力がない。

 ただ俺は流されやすい性格である。目の前に甘い蜜があれば、吸いたくなるのは必定。


 しっかりと自立心を養わなくてはいけなかった。


「いいじゃん。そんなにヒモってダメなことかな?」


「ヒモ肯定しちゃう辺り、桜宮先生ってホント貢ぎ体質ですよね……」


「えへへ、照れる」


「貶してるんです」


「貶されてたの⁉︎」


 桜宮先生は強く目を見開くと、俺の肩にしがみついてくる。


「勉強の邪魔なので離れてください」


「休憩も大事だよ。やり過ぎは逆効果だって」


「まだ勉強始めてから一〇分足らずなんですけど」


「一〇分もやれば充分だと思うな」


 普段の授業時間を忘れてしまったのだろうか。


「はあ……こうなる予想が付いてたから来たくなかったんですよ」


「でも私のお願い聞いてくれる辺り、湊人くん甘いよね」


「そうかもですね。でも、あんまりしつこいようだと、帰りますから」


「……ッ。ヤダヤダ、帰っちゃヤダ」


 俺の肩をゆさゆさ揺らしてくる。

 子供みたいに駄々をこね始めた……。精神年齢が不安である。


「わ、わかりましたから……。帰らないので、そこでジッとしててください」


「うぅ」


 上目遣いで俺を見つめてくる。瞳は、潤んでいた。その顔は卑怯である。


 俺はシャーペンを置くと、額に手を置いた。


「……少しだけですからね。少し構ったら、しばらく大人しくして下さい」


「うんっ、わかった!」


 パアッと目を輝かせて、屈託のない笑みを浮かべてくる。そんなに嬉しそうな顔をされると、少し居た堪れない。


 なんだか犬みたいだな……。


「お手」


 桜宮先生と犬の姿が重なり、冗談半分で言ってみる。


 右手を差し出すと、桜宮先生は逡巡する。けれど、すぐに理解したのか俺の右手に拳を置いてきた。


「おかわり」


「わんっ」


 今度はすぐに応えてくれた。ノリがいい。

 冗談で始めてみたが……な、なんか変なものに目覚めそうだ。


 つい黙ってしまうと、桜宮先生がキョトンとした表情で次の指示をあおいでくる。


 こうなったら、少しくらい無茶な要求してみるか。


「は……ハグ」


「……っ…………」


 桜宮先生は頬を紅潮させ、一瞬たじろぐ。

 けれど、すぐに俺との距離を詰めると、後ろから抱きついてくれた。

 ……せ、背中に妙な感触が……。気にしないでおこう。


「…………」


「……次は?」


 更に要求を求めてきた。次……次か……。


「あ、頭撫でてください」


「湊人くん、意外と甘えん坊さん?」


「……っ。や、やっぱやらなくていいです!」


「あ、動かないで。ほら、よしよし」


 桜宮先生から離れようとするも、ぎゅっと強く抱きしめられて離れられない。

 無様に赤面する俺の頭を、労るように撫でてきた。くっ……自分で要求しといてあれだが、恥ずかしい。


 とはいえ、安らいだのも事実だった。

 桜宮先生の手の温もりを感じる。


「そういえば、湊人くんのご両親って出張に行ってるんだっけ?」


「はい。仕事柄、単身赴任は多くて……家にいる時間の方が稀有ですね」


「楓ちゃん達とはいつから一緒に暮らしてるの?」


「俺が小4……いや、小5の時からですね」


「そうなんだ。結構長いんだね」


「……そうですね。楓に関していえば、多分誰よりも一緒にいた時間が長いと思います」


 だから、楓は俺にとって従姉妹というよりは、妹に近い感覚を持っている。

 シィちゃんに関しては、だいぶ歳が離れているから、妹って感じはしないけど。


「甘えられる人、身近にいなくて大変だったでしょ」


「……そんなこと、ないです」


「これからは、いつでも私に甘えていいよ。思う存分、余す所なく甘やかしてあげる」


「……ダメ男製造機ですね……」


「湊人くん以外にはしないよ?」


 これは本当にダメ男製造機である。

 気を抜くと、どんどん桜宮先生の沼に落ちていきそうだ。一生、甘やかしてもらいたい。


「絶対、他の人にはしないでください。俺だけの特権ですから」


「うん、約束する」


 その後、しばらく桜宮先生の魔の手から逃れることが出来ず、勉強する時間が大いに削られたが。

 結果的に、そのあとの勉強に集中出来たため、テストの出来は悪くなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る