ハロウィン

「ハッピーハロウィーン!」


 先日、桜宮家を訪ねてから、一週間が経っていた。

 自由に桜宮家に来る許可をもらったため、俺はこうして桜宮先生の部屋にやってきたわけだが。


「……頭大丈夫ですか?」


 部屋に入るなり、開口一番、桜宮先生が旬の過ぎた発言をする。

 だって今日は、十一月二十一日。土曜日。


 ハロウィンは三週間前に終わっている。


「ハッピーハロウィン!」


「……は、はっぴーはろうぃん」


 この先生、大丈夫かなぁ。

 一応、俺のカノジョさんなんだけど。


 ちなみに桜宮先生は黒猫のコスプレをしていた。猫耳を頭につけて、割と際どい格好をしている。

 がおーと両手でポーズを取ると俺に迫ってくる。


「トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ♪」


「…………」


「ひ、冷ややかな目で見ないで! 何か反応してよ!」


「……あー、えっと、頭大丈夫ですか?」


「最初のやつ! だ、大丈夫だよ。私は正常!」


「なら、早めに修理に出した方がいいかもしれません……」


 これが正常ならば、普通に心配になる。

 再三になるが、今日はハロウィンではない。


 ハロウィンは三週間前に過ぎている。


 桜宮先生、タイムリープ説を勝手に唱えていると、彼女は訥々と語り始めた。


「……この前、湊人くんが私の部屋掃除してくれたでしょう?」


「あ、はい。しましたね」


「その時に、昔学祭に使った奴を発見して……でも、こんな衣装使うタイミングそうそうないじゃん?」


「ですね」


「そこで、今日をハロウィンにすればいいじゃんと結論づけた感じです。今年の十月三十一日は何もしてなかったし」


 なるほど、突飛な発想ではあるが、一応理由はわかった。

 その上で、俺は首を小さく傾げると、真っ直ぐに桜宮先生を見つめた。


「先生には羞恥心がないんですか?」


「っ。あ、あるよ! 正直滅茶苦茶恥ずかしい! 自分でも何やってんだろうって何回も自問自答してる! ……それでも心を鬼にして決行してるんだから!」


「決行しちゃったんですね……」


 正直、いくら桜宮先生とて、今の格好はかなり攻めている。まぁだからこそ、余計にエロかったりするわけだが。


「だ、だって……湊人くんのこと驚かせたかったんだもん……それに、ちょっとはドキドキしてくれるかなって」


「……っ」


 この先生ズルい……。

 ドキドキどころか、ムラムラするっつの。


 こっちが理性でコーティングして、必死に感情押し殺してるってのに。

 俺はそっと視線を斜めに逸らすと、呟くようにこぼした。


「……い、イタズラしていいですか?」


「な、なんでそうなるの⁉︎ てか、それ私の役割! お菓子もくれない人がイタズラしちゃダメ」


「お菓子あげればイタズラしていいってことですか?」


「……ッ。もう、すぐそうやって揚げ足取って……」


「いいんですか?」


「い、いいよ……まぁ、湊人くんはお菓子を持ってないに決まっ──」


 そこまで言って、桜宮先生の声が途切れる。

 俺の手元にポ◯キーの箱が握られているのに、気が付いたからだろう。


「はい、どうぞ」


「なんで、持ってるの?」


「シィちゃんと出かける時は、いつもお菓子を持ち歩いてるんです。今日もその名残で」


 すぐ小腹が空いたと食べ物をせがまれるからな。

 無駄な出費を抑えるために、常に持ち歩くようにしている。癖になってんだ、お菓子持ち運ぶの。


「あぅ……絶対お菓子持ってないと思ったのに……」


 残念そうに呟く桜宮先生。

 しょんぼりと項垂れて、猫耳が下を向いた。


「俺にイタズラしたかったですか?」


「……っ。なんでわかるの?」


「お菓子くれなきゃイタズラするって言い出したの先生ですよね」


「あ、そうでした」


「なに、するつもりだったんですか?」


 距離を詰める。瞳の奥を覗き込むように見つめた。


「……そ、それは……」


「それは?」


「……っ。教師失格の烙印を押されかねないから言えない!」


「本当に何するつもりだったんですか⁉︎」


 俺は仰々しく声を荒げる。

 そうして強めの吐息を漏らすと、クッションの上に腰を下ろした。

 俺の右隣に、桜宮先生も腰を下ろす。


「……み、湊人くんこそ、私に何するの?」


「え、あぁ……言ってみただけですよ。別にイタズラしたりしません」


「え、してくれないの?」


 驚いたように目を開くと、物欲しそうな瞳を向けてきた。途端、俺の頬が紅潮していく。


 この後、滅茶苦茶イタズラした。

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