朝の一幕

 翌日。十一月九日、月曜日。

 時間の流れは止まってもくれず、かといって加速してもくれず、当たり前のように過ぎていた。


 昨日のことがあり、篠塚さんとは顔を合わせにくいのが正直なところ。

 だが、逃げればいい話でもない。精神統一をして、俺は窓際最後尾の席に腰を下ろしていた。


 スマホもいじらず、淡々と車道を車が行き交う光景を眺めていると、近くで足音がする。程なくして隣の席に、荷物が置かれた。彼女はトンと俺の肩を優しく叩くと、柔和な笑みを見せてくる。


「おはよ。湊人」

「お、おはよう……」


 遠慮がちに挨拶を返す俺。

 ただ、変に気を遣ったわけじゃない。篠塚さんのヘアスタイルに気を取られてしまったのだ。


 いつもは栗色のポニーテールなのに、今日は髪をおろしている。ミディアムボブ。

 髪型が違うだけで、別人のような印象を受ける。


「昨日はごめんね……いきなり帰っちゃって」


「い、いや……俺の方こそ、なんつうか」


「わたしさ、昨日帰って色々考えたけど、やっぱり湊人のこと好きだった」


「……ッ。でも俺……」


「うん分かってる。ホントはね、ばっさり髪切って湊人への想いを断ち切ってやろうって思ったの」


 篠塚さんは、哀愁を見せることなく、明るい口調で話し始める。


「でもやっぱりやめちゃった」


「理由、聞いてもいいのかな」


「湊人には振られちゃったけど、……失恋したから髪切るのってありきたりかなって。それに、一生付き合えないって決まったわけじゃないしね。まだ、わたしの気持ちが冷めてないうちは、このままでいいかなって」


「……そっか」


 俯き加減に漏らすと、篠塚さんはクスリと微笑む。

 前のめりになって俺との距離を詰めると、迷いなく告げてきた。


「だからさ、わたしまだ諦めてないからね。年の差カップルが長続きするとは思えないし」


 意地の悪いことを言われ、眉間にシワを寄せる。


「そんなことない」


「そうかなぁ。しばらくは様子見るけど……隙があったらガンガン行くからね。だから、ガードは固めにしとかないとダメだよ」


「……お、おう」


 ピンと人差し指を立てて忠告してくる。

 俺は当惑しつつ、首を縦に下ろした。


「面倒な女の子に惚れられちゃったね湊人」


「自分で言うんだそれ……」


「うんっ、自覚してるからね。あ、そうだ……これ返すよ」


 篠塚さんは、カバンの中を漁ると、何かを取り出し右手の中に握る。

 ぱっと手を開いて、取り出したモノを見せてきた。


「シュシュ?」


「うん。湊人が買ってくれたやつ」


 その発言で、過去の記憶が蘇ってくる。


 高一の頃の話だ。篠塚さんに誕生日プレゼントをせがまれて買ったやつである。あぁ、だから今日はポニーテールじゃないのか。


「いや返さなくても」


「ううん返す。もし、湊人の気が変わってわたしを選ぶ気になったらまた渡してよ」


 半ば無理矢理に俺の右手を握って、シュシュを渡してくる。

 しかし、いつまで経っても手を離してくれない。


「やっぱやめた。わたしの使い古しを返すのは、気が引けるし」


 そう言って、俺の右手を握りしめて圧力を掛けてくる。


「えっと……な、なにしてんの?」


「今からシュシュを優良アイテムに変化してみせましょう」


「……え?」


「3、2、1──」


 カウントダウンして、0になったタイミングで、俺から手を離す。

 するとさっきまであったシュシュの感触がなくなっていた。右手に視線を落とすと、紙切れがあった。篠塚さんの手元にシュシュはない。タネ自体はきっと単純だが、手際が半端ではなかった。


「え、これ……」


「有効に使ってよ。行く相手が居ないなら……わたしが一緒に行ってあげる」


 俺の右手には、チケットが二枚あった。

 イルミネーションのチケットだ。この前行った遊園地で行われているもの。十一月の下旬から一月上旬にかけてやっている。


「いや、受け取れないって」


「ここで素直に感謝してこない辺り、湊人だよね」


「……うっ」


「一応お詫びも含めてるから……桜宮先生に対しての」


「え?」


「なんでもない。まぁせいぜい、今後はわたしに隙を作らないよう頑張ってよ。じゃないと、また邪魔しちゃうからね♪」


 篠塚さんはふわりと微笑むと、俺から視線を外した。

 それから、朝のHRが始まるまで、特に会話が交わされることはなかった。

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