修羅場③

「……教師の風上にもおけない」


 俺が桜宮先生の婚約者役を担っていたこと、そして九月から今に至るまでの簡単なあらましを語り終えると、篠塚さんは頬を斜めに引きつらせていた。

 頬をヒクヒクと揺らしながら、桜宮先生を鋭くにらみつける。


「わ、私だって苦肉の策で……」


「とか言って、男子高校生とイチャつきたかったんでしょ」


 篠塚さんは、胡乱な眼差しを向ける。

 コップに入ったお茶を一口含むと、苛立ちを押し殺しながら続けた。


「大体、どうして湊人なんですか? 婚約者の役なら他にいくらでもいますよね。猶予が欲しいなら、三月生まれの人にした方が合理的です。湊人の誕生日、六月十一日生まれですし、猶予を稼ぐには不適任だと思いますけど?」


 篠塚さんから至極ごもっともな指摘が入る。

 それに対して、桜宮先生は弱々しく反論した。


「ど、どうせ婚約者役頼むなら、ちょっとくらい選り好みしたっていいじゃん……」


 訂正。反論ではなかった。

 ただの私情だった。


 俺は、眉間にしわを寄せると、会話の中に切り込んでいく。


「え? 違いますよね。シィちゃんの迷子の件があって……その時俺が言った、責任取る発言が発端なんじゃ」


「う、うん……まぁそれもあるんだけど……私の中で元から瀬川くんの好感度は高かったというか……はい……すいません教師失格ですいません。面目ないです」


 自責の念に駆られた桜宮先生が、ペコペコ頭を下げ始める。

 ここにきて、衝撃の事実発覚だった。


「婚約者役とか言って、本気で婚約者にするために湊人巻き込んでたんだ……」


「ち、ちがッ……そんなつもりじゃ、なかった。あの時はまだ瀬川くんのこと男の人として好きって気持ち芽生えてはなかった……嘘じゃない」


「あ、そ。……でも、なんで湊人なんですか。湊人よりカッコいい人うちの学校にもいますよね」


「そんな人いる? たとえば?」


「いるわけないです」


「言ってること滅茶苦茶だよ……篠塚さん」


「すみません。言い方を間違えました。わたしにとっては、湊人が一番ですけど、客観的に見てって話です。例えば、花村先生とか」


 白羽の矢が立てられる花村先生。

 花村先生は、イケメンだ。性格はさておき、外見的な話で異論が出ることはないレベルだと思う。


「だから私は、年上は恋愛対象として見れないし。そもそもそれじゃ猶予稼ぎにもならない……というか誤解してるよ篠塚さん。顔で好感度が上がるわけじゃない……私、イケメンは苦手だし」


「は? 湊人はイケメンだと思いますけど」


「あ、うんわかるっ。最近特に、フィルターがかかったみたいにイケメン化がすごいのッ。塩顔でいつも気怠そうにしてるから気が付きにくいけど!」


「言ってること滅茶苦茶なんですけど、ちょうど今、イケメンが苦手って話してませんでした……?」


「あ、ごめんね……でもなんていうのかな。多分イケメンが無理ってのは正確ではなくて、陽キャのイケメンが無理、なんだと思う」


「うわ……都合いい設定……」


 篠塚さんが呆れたように漏らす。

 この二人、俺の存在やっぱり忘れてないかな。顔から火が出そうなんだけど。


 逃げるように、そっとソファの方に視線を逸らす。

 すると、楓がシィちゃんの頬を両手でむにむにしていた。


「何あの二人、みーくんのことベタ褒めじゃん……なんでみーくんがいる前で、あんな恥ずかしげもなく言えるの……っ。あたしなんか言いたいことあっても、素直に言えないのに……ッ」

 

「し、シイナにぶつからないでください。このやつあたりは、りふじんすぎるとシイナはおもいます」


 ほっぺたを滅茶苦茶にいじくり回され、シィちゃんが抵抗する。けれど、そこは中学生と幼児の力差によるものか、シィちゃんは楓にされるがままになっていた。


「とにかく、桜宮先生は年下に絞っても引く手数多なんですから、湊人に手を出さないでくださいってわたしは言いたいんです」


 会話の流れが、だいぶ脇道に逸れたため、篠塚さんが軌道修正を図る。

 桜宮先生は、ムスッと眉間にしわを寄せた。


「なに、それ。ちょっと横暴すぎないかな。なんで私が身を引かないとならないの?」


「……勝てないから」


「え?」


「勝てないからって言ったんです。変態教師!」


「あ、変態教師って言った! 絶対今、言わなくていいこと言った!」


「生徒に手を出す人をどう呼ぼうとわたしの勝手です」


 篠塚さんは、ぷいっとそっぽに視線を向ける。

 桜宮先生は涙目になって、文句をつらつらとぶつけていた。あの先生ホントに三十路なのかなぁ……。精神年齢が幼く見えて仕方ない。


 と、ここで楓のおもちゃ化していたシィちゃんが、こっちにも届く声量で声を上げた。


「かてないってどういうことですか? ミズナねえ」


「言葉の通りだよ」


 シィちゃんの質問に、端的に返答する。

 篠塚さんは視線を落とすと、俯き加減に続けた。


「顔も、スタイルも、人気も……全部、勝てない。ミスコン優勝したって、結局桜宮先生しか注目されない。片想いしてた男の子も、取られちゃう。わたしは、桜宮先生に勝てないようになってるんだよ。なんで、湊人まで取られなきゃなんないかな……」


 彼女の感情のこもった声が、リビングを震撼させる。

 わずかな沈黙が落ちる中、最初にそれを破ったのは──俺だった。


「……そんなことない」


「湊人?」


「篠塚さんは、滅茶苦茶男子人気あるよ。こと恋愛に関していえば、間違いなく桜宮先生以上に」


 それはもちろん、教師や生徒といった立場や年齢の問題もある。だとしても、篠塚さんが教室で俺に公開告白した時、クラス中の男子から嫉妬を受けた事実は変わらない。

 もし、俺が桜宮先生に公開告白を受けたとしても、ああはならないだろう。驚きや戸惑いこそあるだろうが。


「いいよ……気を遣わなくて」


「気を遣ってなんかない。大体、人気に関しては図りようがない。教師と生徒じゃ、周知される度合いが違う。顔やスタイルも、年齢が違うんだから比べるだけ無意味だと俺は思うよ」


「でも、わたしは……桜宮先生に」


「桜宮先生にマジックはできないし、篠塚さんにできて桜宮先生にできないこといっぱいある。勝手な決めつけで劣等感抱えるなんてもったいないよ」


「……っ」


 俺は篠塚さんの言った言葉を真っ向から否定した。

 俺は自己評価低いし、すぐ何かとつけて劣等感を感じがちだ。


 だからこそ、俺と同じ状態に陥っている人は放っておけない。そんなことないって否定してあげたい。少しでも、前向きな気持ちになってほしいと思ってしまう。

 そんな気持ちが先行しての、嘘偽りない発言だった。


 篠塚さんは、目尻に涙を溜め込むと、うっとりとした表情で俺を見つめてきた。


「湊人……っ。わたし……やっぱり……わたし、湊人のこと、好き。大好き!」


「んッ……え、おぉ……‥っ」


 直接、篠塚さんからの好意が飛んでくる。椅子から立ち上がり、俺に抱き着いてきた。


 咄嗟のことに戸惑いながら、どうにか彼女を受け止める俺。それから間もなくして、桜宮先生がコチラを睨みつけていることに気が付いた。


 OH……これはまた、場が荒れそうデスネ……。

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