修羅場②

「えーっと、結局全部バレちゃったってことだよね」


 時は僅かに流れ。我が家のリビング。

 正座をする俺に、桜宮先生が問いかける。


 彼女の質問内容を意訳するならば、『篠塚さんに、私たちが付き合っていることがバレたってことだよね?』という事になるだろう。

 俺は首を縦に振ると、


「バレたというか……バラした感じですけど」


「全部状況知ってるわけじゃないけど、別にバラさずやり過ごす方法もあったんじゃないの? いくら、お父さんが居たからって」


 確かに桜宮先生の言うとおり、バラさないでやり過ごすことは出来た。

 だが、それでも俺が、最終的に篠塚さんにすべてを打ち明ける事を選択したのは。


「俺なりに……本気だからです。……だから、宗二さんに誤解を持たれたままじゃ、ダメだと思って……結果的に、変な感じになっちゃいましたけど」


「……っ。瀬川くん……っ」


 俺の言葉に感銘を受けたのか、桜宮先生が恍惚とした表情を浮かべる。

 ちょっとこの人、チョロすぎないだろうか。心からの本音ではあるのだけど、なんだろう複雑だ。


 もし俺が、本気で浮気したとしても、誠心誠意謝罪すれば許してくれそうな感が凄い。


「馬鹿みたい」


「……? なにか言った?」


 篠塚さんが、小声でぼそりと呟く。

 それにいち早く反応したのは、桜宮先生だった。


「桜宮先生、教師ですよね。生徒と付き合うとか、普通じゃないこと気づいてます?」


「うっ……そ、それは、まぁ。でも、好きになっちゃたんだから仕方ないじゃん」


「三十路が、十七歳の男子高校生に手を出して恥ずかしいと思わないんですか」


「……な、なんでそんなこと……篠塚さんに言われなきゃいけないのかな」


 桜宮先生と篠塚さんの言い合いが始まる。

 その中に、俺が参入する余地はなかった。そういえば、シィちゃんが実況ごっこを始めようとしていたが、その声が聞こえない。

 チラリとソファの方を見れば、楓がシィちゃんを抱きかかえて口元を抑えていた。空気を読んでくれているらしい。


「湊人のことが、好きだからです。教師がヒロインレースに参加してくるとか、常軌を逸脱してます。話が、違います」


「話が違うって、そんなの私に言わないでよ。それに、瀬川くんのことが好きなのは私も同じだから」


 ……こ、この二人、俺がこの場にいること忘れてないかな。

 頬を紅潮させ、顔をうつむかせる。


 と、ソファの方で楓がぼそりと消え入りそうな声を上げた。


「あ、あたしだって……」


 楓の発言に気を取られていると、篠塚さんが切り出す。


「もっと客観的に見てください。おばさんが男子高校生付き合うとか、異常ですから」


「お、おば……ッ。わ、私まだお姉さんだと思うんだけどな」


「これだから三十代は」


「三十代って言った! まだ、三十歳だから、その言い方やめて! 三十代の枠組みでくぐらないでよ」


 桜宮先生は涙目になりながら、ワンワン吠える。

 それに対して篠塚さんは、しらーっと虚ろな目で返した。


「大体、今だけですから。湊人が三十歳になった時、桜宮先生四十二歳ですよ。分かってます?」


「なんで、そんなこと言うかな……そんなの……私が一番分かってるよ」


「分かってるなら、どうして湊人と付き合えるんですか。もっと、年齢の近い人を探せばいいじゃないですか」


「そういう問題じゃない。それに私、年下じゃないと恋愛対象に出来ないし」


「やば……なんでこんな人が、教職なれるの……教員免許のあり方見直さなきゃダメなんじゃ」


「軽蔑の目で見ないでよ。別に誰彼構わずじゃないし」


「あ、そういえば文化祭で結婚してくれる人探してましたよね。……あれって冗談じゃなく、本気だったんだ……」


「妙にしっくりこないで! あれは場を盛り上げる目的が主だったし、瀬川くんのアドバイスを参考に……」


 そこまで言いかけて、桜宮先生は言いよどむ。

 すかさず、篠塚さんが追い打ちをかけた。


「瀬川くんのアドバイス……って、なにそれ。じゃあ、文化祭の前から付き合ってたってことですか?」


「ち、違っ、あの頃はまだ付き合ってない」


「じゃあアドバイスって何ですか」


「それは……」


「そういえば桜宮先生、九月の初めに、湊人のこと呼び出してましたよね? ……あの時は深く考えなかったけど……あ、そうだ九月からだ。湊人の顔に精神的な疲れが見え始めるようになったの!」


 空白だったピースと嵌ったかのような興奮とともに、勢いよく席を立ち上がる篠塚さん。

 両手をダイニングテーブルについて、鋭い眼光を光らせる。


「……一体、湊人になんの目的で呼び出したんですか? 桜宮先生」


「い、いや私は……何も……何も頼んでなんかないよ……」


 ひゅーひゅーと下手くそな口笛を吹きながら、だくだくと汗を蓄える桜宮先生。

 この人、嘘つくの下手すぎないだろうか。


「頼んで? なにを湊人に頼んだんですか?」


 墓穴を掘り、早速そこを突かれる。

 これはもう、正直に話した方がよさそうだな。


 篠塚さんには、俺と桜宮先生が付き合っていることをバラしたし、ここから先は下手に嘘を吐く方がよくない気がする。

 うるうると涙を目に浮かべる桜宮先生に変わって、俺から説明することにした。


「それは、俺が話すよ──」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る