修羅場①

「……いや、どうしてウチに来てるわけ……」


 我が家のリビングにて。楓が当惑した声を漏らす。

 彼女の疑念は、全うな意見そのものだった。というのも、現在リビングには、俺、桜宮先生、篠塚さん、楓、シィちゃんの五人が顔を合わせている。

 宗二さんは、「後日しっかり説明してもらうからな」と言い残してあの場から立ち去ったため、この場には居ない。


 女性の人口密度が高く、居たたまれない空気が立ち込める。


 そんな中、楓の疑問に答えたのは、シィちゃんだった。


「ほかにてきしたばしょがないからです。すいぞくかんでつづけるはなしではないですからね」


「それは、そうかもだけどさ……」


 実際、あのまま水族館で一悶着起こすのは、周囲に迷惑を与える可能性がある。

 周囲の目がなく、スペースのある場所かつ、水族館から近い場所となると、我が家くらいなものだった。


 そうして、混沌とした状況の中、我が家へと集まった次第だった。


 桜宮先生は、未だに状況を飲み込め切れておらず、難しい顔をしている。年長者が一番話についていけてない、稀有な状況である。

 篠塚さんはといえば、仏頂面のまま、不貞腐れた態度を取っていた。


 そして俺はといえば……


「じゃあ、あれは何なのさ」


「どげざをしているミナトにいが、どうかしましたか」


「どうもこうもないでしょ! どうして私達の従兄いとこ、あんな綺麗な土下座してるの!? 身内として、あれをどう解釈したらいいわけ!?」


「まあミナトにいのやっていたことは、”くず”でしたからね。つきあっていることをかくして、ミズナねえのきもちをもてあそんでいたわけです」


 言い方! ……言い方に少し気をつけて!


 実際、反論の余地ないけどさ……。

 俺は額を床に擦りつけながら、内心でシィちゃんに文句を垂れる。


「え、あー、水菜ちゃんはみーくんと由美ねえが付き合ってること知らなかったんだ……」


「いえ……それにかんしては──」


「シィちゃん、ちょっと黙ろっか」


「い、いえすまむ!」


 シィちゃんの言葉を、ピシャリと遮る篠塚さん。

 途端、身体に電流が走ったみたいに、肩を上下するシィちゃん。


 二人の間にできあがった上下関係に疑念を持った楓が、小声でシィちゃんに問う。


「(いや、実際、水菜ちゃんとなにがあったわけ?)」


「(じつは、シイナはミズナねえにおどされていたのです)」


「(おどされてた?)」


「(ミナトにいとユミねえのかんけいを、おとなのひとにばらされたくなかったら、いうこときいて、と)」


 小声で話しているため、俺の耳までは届かない。

 小声での会話が終わると、楓は「うわ……水菜ちゃん怖……」と呟いていた。


 その声を耳ざとくキャッチした篠塚さんの目の色が変わる。

 微笑を湛えているものの、一切笑っていない目で。


「なに余計なこと言ってるのシィちゃん」


「ひぅ……し、シイナはなにもいってませんよっ。きょうのこんだてについて、はなしていただけです」


「そうなんだ? ……次はないよ?」


「い、いえす、まむっ」


 怖……。

 もう、なんか今の会話だけで怖いわ。


 俺の大事な従姉妹を、あんまり虐めないであげてほしい。シィちゃん、五歳児だからね。語彙力とか、色々おかしいけど、五歳児だから優しくしてあげて。


 と、ここまで無言を貫いていた桜宮先生が口を開く。


 今更だが、場所の配置としては、ダイニングテーブルに、桜宮先生と篠塚さんが座っている。

 お互いに、斜向はすむかいに対面する形の着席だ。


 俺はその近くで土下座をし、楓とシィちゃんはソファの方に避難している。


「え、えっとさ……」


 桜宮先生は、弱々しく声を上げると、全員の意識が彼女に向いた。


「色々聞きたいことあるんだけど、まず、なんで私とはデートしてくれないのに、篠塚さんとはデートしてたのかなっ。教えて瀬川くん♡」


 俺はびくんと肩を揺らして顔を上げると、膝は依然として折った正座状態のまま、弁解した。


「そ、それはなし崩し的にそうなった感じでして……」


「ふーん。なし崩し的……ま、そうだよね。ごめんね。わたし、湊人のこと連れ回しちゃって」


「……ち、ちが……今のは言い方を間違えた……と、思う、ます」


 今度は、篠塚さんからの冷ややかな視線がやってくる。

 これ、並のメンタルじゃやってけないよ……。全部俺が悪いけど……。


 と、ここでソファの方から声が飛ぶ。その声は、この重たい空気とは裏腹に、活気を帯びていた。


「おっと、さっそく”しゅらば”がはじまりましたね。じっきょーは、シイナ、かいせつはおねえちゃんでやっていきたいとおもいます。いまのユミねえのはつげん、どうおもわれますか? おねえちゃん」


「は? いきなり何言ってんの……。てか、今、おちゃらけて良い場面じゃないでしょ。大人しくしてよ。ね?」


「おねえちゃん、くうきをよみましょう」


「そのまんま返すよ! 空気を読めあたしの妹!」


「ちっちっち。このままじゃ、”しりあす”にとつにゅうです。シイナたちが、それをくいとめるのです。がんばりましょう。おねえちゃんは”こめでぃ”たんとうなんですから」


「誰がコメディ担当だ。あたしにお笑いの要素ないでしょ。勝手なキャラ付けしないでよ!」


「なにをいまさら……すべりげいで、おねえちゃんのみぎにでるものはいませんよ」


「しかも滑ってるの!? 酷すぎるでしょあたしの待遇!」


 何をわちゃわちゃやっているのだろう……あの従姉妹たちは。

 とはいえ、ここでおどけてくれるのは、少し助かったりもするのだけど。


「なに笑ってるの瀬川くん」

「今、笑いどこなかったと思うけど」


 おっと……従姉妹たちがふざけた掛け合いをしている最中。

 桜宮先生と篠塚さんの、冷たい声が俺の耳に響く。


 同じリビング内なのに、温度差が凄い。俺も、従姉妹達とふざけていたい。


 さて、どうやってこの場を諫めようか。必死に思考を回す俺だった。

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