家族サービス②
「やっほ湊人。来ちゃった♡」
「え、篠塚……さん?」
玄関扉を開けた先にいた人物を視認して、俺は唖然としていた。茶髪ポニーテールの見覚えのある美少女がそこに居たのだ。
篠塚さんに、俺の家の場所を教えた覚えはない。
にも関わらず、篠塚さんが俺の家に訪問してきている現状に、当惑せずにはいられなかった。
「あ、また呼び方戻ってるなー。み・ず・な、でしょ」
「ご、ごめん。えっと、水菜」
「よろしい。良く出来ました」
「な、撫でなくていいって!」
篠塚さんが俺の頭をヨシヨシと撫でてくる。俺は頬を赤く染め上げて、彼女の手を振り払った。
以前、俺は篠塚さんから名前で呼ぶようお願いされている。
けれど、中々どうして名前呼びへの変更がスムーズにいかなかった。
正確には、篠塚さんのことを名前で呼ぶことで、彼女と距離が縮まることを忌避していた。……俺は、篠塚さんの気持ちに応えることは出来ないから。
「……こんにちはミズナねえ」
俺が未だ、篠塚さんの来訪に戸惑う中、リビングからシィちゃんが顔を見せた。
とてとてとコッチにやってくると、俺の背後に隠れつつ、ひょっこりと顔だけ覗かせて挨拶をする。
「こんにちはシィちゃん」
篠塚さんは膝を折って、シィちゃんと目線を合わせる。そのまま、目を合わせながら、シィちゃんの髪の毛へと手を伸ばした。
「ちゃんと、約束は守ってくれたのかな」
「い、いえす、まむ」
「良く出来ました。じゃ、わたしも
「どうもですミズナねえ」
篠塚さんはニコッと笑みをこぼすと、シィちゃんはペコリと頭を下げた。
会話の中にあった『約束』とやらに検討がつかず、俺は小首を傾げた。
「約束って?」
「湊人には関係ないことだよ。さてと、デートしよっか」
「……。は?」
「あれ、シィちゃんから聞いてないの? 今日は家族サービスしてくれる日なんでしょ?」
ポカンと口を開けながら、目を丸くする俺。
篠塚さんはキョトンとした表情で、俺の目を見つめてきた。
未だ、疑問符が払拭されない中、シィちゃんが俺の服を小さい手で引っ張ってきた。
「ミズナねえが、おかーさんぽじしょんです」
「は? 何、言ってんの?」
「シイナもよくわかりませんよ……。ただ、シイナは"けんりょく"によわいのです」
「権力?」
がくぶるがくぶる、と擬音を直接口にしながら、シィちゃんが肩をすくめる。
と、その様子を見ていた篠塚さんが口を挟んできた。
「シィちゃん。……余計なこと言っちゃダメだよ」
「い、いえす、まむっ」
口元に人差し指を置いて、微笑を湛える篠塚さん。シィちゃんの身体に緊張が走っていた。この人、裏で幼女相手に何やってんだよ……。
明らかに俺の知らないところで、シィちゃんとの間に何かあったみたいだった。
何はともあれ、これ以上触れない方が良さそうな話題なのは事実だ。
俺はぎこちなく笑みを作ると、話の焦点を元に戻した。
「え、えっと、これから出掛けるって事でいいんだよな」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、準備してくるからちょっと待っててもらっていい?」
「わかった。待ってる間、リビングに上がらせてもらってもいいかな?」
「ああ、シィちゃん、案内してあげてくれるか?」
そう言ってお願いすると、シィちゃんは敬礼のポーズを取る。「ぎょい」と一言言うと、篠塚さんをリビングへと案内してくれた。
御意って……ホント、幼女の語彙力じゃないな。
俺は呆気に取られつつも、早速、出かける準備に取り掛かるのだった。
〜〜〜
【綾瀬楓】
「あ、みーくん。誰が来──え、水菜ちゃん?」
リビングのキッチンにて。
最後の洗い物を済ませ、タオルで手を拭いている時だった。
開いた扉に目を向けると、そこに居たのは従兄弟……ではなく、みーくんの同級生たる水菜ちゃんだった。
思わぬ来訪に、あたしは目をパチクリさせてしまう。意表を突かれるとは、正にこの事だった。
「ハロハロ。久しぶりだね。二週間ぶりくらい?」
「そのくらいかな……てか、なんでウチにいるの?」
ヒラヒラと虚空に手を泳がしながら、愛想良く笑う水菜ちゃん。
けれど、あたしはそれに対して笑顔で返すことが出来なかった。驚きの方が勝っていたからだ。
「外堀から埋めようかなって。ま、正攻法でどうにかなる気しないし」
「どういうこと?」
「分からないなら、大丈夫だよ。ね? シィちゃん」
「い、いえす、まむっ!」
イエス、マム?
何を言っているのだろうあの幼女は……。
いつの間に、水菜ちゃんとシィちゃんの間で上下関係が出来たのやら……。
いや、あれ、そういえば……っ!
ふとあたしの脳裏に、一週間ほど前の記憶が蘇ってくる。
急に、水菜ちゃんから電話が掛かってきたことがあった。シィちゃんの声が聞きたいとお願いされて、電話を代わって……その後どうしたっけ。
ああそうだ。あたしは、お風呂の掃除があったからそのまま席を外したんだ。だから、水菜ちゃんとシィちゃんとの間で行われた会話をあたしは知らない。
恐らくそのときに、何かあったのだろう。
何があったのかは、予想がつかないけれど。
あたしは、ひょいひょいと人差し指を動かして、こっちに来るよう指示を飛ばす。
それに気がついたシィちゃんが、とてとてとやってきてくれた。
「な、なんですかおねえちゃん」
「いや、どういうことなの? どうして水菜ちゃんがウチにいるわけ?」
「シイナからいえることはないです。ただ、ミナトにいには、ユミねえがおにあいだと、シイナはおもいます」
「え? なんで急にそんな話になるの?」
あたしの質問には答えずに、自分の推しカップルを伝えてくるシィちゃん。
水菜ちゃんが、みーくんのことが好きなのは周知の事実。だとしたら、みーくんと由美ねえを応援しているシィちゃんが、水菜ちゃんを支援する動きをするのは不自然だった。
「二人きりで話さないでよ。わたしも混ぜて」
「あ、う、うん……っ」
判然としない。
遊園地の時でもそうだけれど、水菜ちゃんは闇の一面がある……気がする。
みーくん大丈夫かな……そう思うあたしだった。
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