家族サービス①
「さいきん、ミナトにいがシイナのことをほうちしているきがします」
「……え?」
十一月八日。日曜日。リビングにて。
ソファの上でスマホをいじっている時だった。
腰に両手をついて、不満げに頬を膨らませた幼女が、ジト目で俺を睨み付けていた。
「ユミねえと"おさかん"なのもいいですが、たまにはシイナにもかまってください。カノジョにばかりかまっていてはだめだと、シイナはおもいます」
「お、お盛ん……やっぱりお盛んなんだ……男子高校生と女教師が……は、犯罪だ……早く、早くどうにかしないと!」
シィちゃんの根も葉もない発言に、楓が真っ先に反応を示す。洗剤で泡立てたお皿を、ポトンと指から滑らせていた。
幸いにも、ヒビは入ってなさそうだけど。
「えっと、勝手な勘違いするのはやめような。ちゃんと法律厳守のお付き合いしてるから」
「そうなのですか?」
「ああ。当たり前だよ。ただでさえバレたらマズイのに、火に油を注ぐような真似できないって」
「さすがはミナトにいです。へたれのなかのへたれ。へたれきんぐです。シイナ、あんしんしました」
「……っ。あ、ありがとう……全然嬉しくないけど」
褒められているのか、貶されているのやら……。いや、間違いなく馬鹿にされているな。
俺は上半身を起こして、背中をソファに預ける。
シィちゃんを抱きかかえると、俺の膝の上に座らせた。
シィちゃんの発言の意図はともあれ、最近、シィちゃんに構う頻度が下がったのは事実かもしれない。俺は小首を傾げて、
「シィちゃん。俺に、何かして欲しいことあるの?」
「ありますっ」
シィちゃんは、首だけ俺に向けて即答する。
にぱっと笑みを咲かせて、人差し指を立てながら続けてきた。
「ずばり、かぞくさーびすです」
「家族サービス?」
「はい。せっかくのきゅうじつ、かぞくにほうしかつどうをしてこそ、おとーさんです」
「いつからお父さんになったの俺」
「ちなみに、おねえちゃんは……」
俺の指摘をガン無視して、シィちゃんはキッチンにいる楓へと目を向ける。
突然、スポットライトを当てられた楓は、ピクリと肩を跳ねると、洗い物をする手を止めた。
仄かに頬を紅葉させて、モジモジと照れ臭そうに口を開く。
「え、もう、やめてよシィちゃん! あたし、まだ中学生なんだからね。まぁ、シィちゃんからしたら大人に見えるかもだけ──」
「おねえちゃんは、"ぺっと"です」
「おい」
思っていた役職ではなかったのか、楓の表情から笑みが消える。暗くドスの効いた声を、端的に上げていた。
「何がどうしたら、あたしがペットになるわけ。みーくんがお父さんなら、あ、あたしは普通に考えて」
「ごめんなさい、おねえちゃん。これが、しぜんのせつりなのです」
「こんな自然の摂理あってたまるか。自然関係ないし!」
「わんわんうるさいですね」
「しかも、犬なのかよあたし! せめて猫がよかったんだけど!」
キッチンから楓の吠える声が響く中、シィちゃんが再び俺へと視線を戻してくる。
「とにもかくにも、"かぞくさーびす"してください。ミナトにい」
上目遣いで俺を見つめつつ、懇願してくるシィちゃん。まぁ、今日は特に予定もないしな。
シィちゃんのワガママに付き合ってあげるとしよう。
「どこか行きたい場所でもあるの?」
「はい。ですが、そのまえにまずは、"おかーさん"をほじゅうしなくてはいけません」
「補充って……」
「ミナトにいが、おとーさん。シイナが、むすめで、おねえちゃんがぺっとですからね。おかーさんがたりません」
「ポジション分けする必要性分かんないけど、それなら、楓がお母さんでいいんじゃないの?」
──パリンッ。
俺が呆れ半分で提案すると、キッチンから皿の割れる音がした。
見れば、楓が皿の水気を拭き取るポーズを取りながら(皿は持ってない)、氷漬けにあったようにその場で静止していた。
この位置からだと確認できないが、多分床に皿が落ちている。
「だ、大丈夫か? 楓。怪我とかして──」
「だだだだ、だ、大丈夫……み、みーくんが、ロリコンなの知ってるし。ちゅ、中学生のあたしを、お母さんにしたがるとか、狂気の沙汰だけれど、ぜ、全然、ど、動揺とかしてない、し……」
「とんでもない角度で誤解してないか⁉︎ 話の流れ聞いてた⁉︎」
「みーくんが、あたしのことをお母さんにしようって話でしょ。わ、わかってる」
ダクダクと滝行した後みたいに汗を掻きながら、露骨なまでに挙動不審な態度を見せる楓。
ホントに、理解しているのだろうか。
簡略的に言えば、おままごとの役職決めみたいな話をしていたわけだが。
今の楓からは、何か誤解をしているような気がして仕方がない。
と、シィちゃんが口を挟んできた。
「ミナトにいは、またおねえちゃんをたらしこんで……わるいひとですね」
「誑し込むって……いや、そんなつもりはなかったんだけど」
ジトッと半開き目で俺を睨んでくるシィちゃん。
よっ、と俺の膝から立ち上がると、身体ごと俺に向き直ってきた。
「さて。そろそろだとおもいます。ミナトにい、"げんかん"にいってきてください」
「玄関? なんで?」
シィちゃんが、前触れもなく玄関に行くよう指示を飛ばしてくる。インターホンが鳴った訳でもないのに、どういう了見なのだろう。
俺が小首を傾げていると、程なくしてインターホンが鳴った。
「こういうことです」
「ま、まじか……」
胸を張って、自信満々に告げるシィちゃん。むふんっと、強めの吐息をこぼしてきた。
この幼女は、少し先の未来を生きてるのだろうか……。
何はともあれ、インターホンが鳴って無視するわけにもいかない。
シィちゃんが、来訪者の存在に一足先に気がついた理由はあとで訊くとして、今は玄関へと向かうことにしよう。
リビングを出て、玄関へと向かう。
つい咄嗟のことで、来訪者の顔を確認せずに来てしまったが……まぁ、いいか。
俺は自分の靴のカカトを踏むと、ドアノブを押す。
扉の向こう側に居る人物と対面する。
そこに居たのは──
「やっほ湊人。来ちゃった♡」
「え、篠塚……さん?」
クラスメイトの篠塚水菜、その人だった。
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