女教師と男子高校生がイチャつくだけの回

湊人みなと。帰らないの?」


「あぁ、日直日誌があるからさ」


「わたし、手伝おっか?」


「ありがと。でも大丈夫」


「そっか。じゃ、また明日ね」


「おう」


 十一月五日。木曜日。

 今日は、俺が日直当番を任される日だった。


 クラスメイトが、部活や帰路に就く中、俺は自席に座って日誌に向き合っている。

 もっと計画的に書き進めていれば、とっくに帰ることが出来たのに、面倒なことを先延ばしにする性格が、このような結果を招いていた。


 そうして、誰も居ない教室で、日誌を書き終えると、俺はうんっと両手を天井目掛けて伸ばす。達成感と疲労感が入り交じる深い吐息をこぼすと、すっくと席を立った。


 あとは、これを職員室にいる桜宮先生の元に届けるだけだ。


 俺はスクールバッグを片手に、早速、職員室へと向かった。



「失礼します。二年Cクラスの瀬川湊人です。桜宮先生いらっしゃいますか?」


 トントンと、二回ノックをして職員室の扉を開ける。

 軽く頭を下げつつ、桜宮先生を探す。と、ニコニコと笑みをこぼしながら、俺に向かって手を振る桜宮先生を発見した。何あの人、可愛い……。


 俺は再度「失礼します」と口癖のように言いながら、桜宮先生の元へと向かう。

 桜宮先生の席は、扉から離れた位置にあった。学年ごとに席が固まっている。今は、桜宮先生以外に、二年生の担当の人が席を外しているのか、近くには誰も居なかった。


 俺が桜宮先生の席の前に到着すると、彼女は照れ臭そうに頬を緩ませる。上目遣いで俺を見つめてきた。


「わざわざ会いに来てくれたの? それなら言ってくれれば、すぐに行ったのに。生徒指導室の鍵、そこにあるよ」


「違いますよ。日誌届けに来ただけです」


「あ、そうなんだ……」


 俺が日直日誌を取り出すと、露骨に残念そうな表情を見せる桜宮先生。

 俺は小さく微笑むと、桜宮先生の耳元へと近づいた。


「桜宮先生は俺と会いたかったんですか?」


「……べ、別に……教室で会えるし、いつもメールとか電話してるし」


「俺は会いたかったですけどね」


「あ、ズルい急に! わ、私だって会いたかった……職員室、すっごいつまんないんだからね。瀬川くん知らないかもだけど」


「つまんないって……仕事でしょ。なに文句言ってるんですか」


 まぁ、職員室で行うこととなると、事務的な仕事が主になるだろうから、楽しい仕事ではないはずだ。

 特に、桜宮先生の場合は、人にモノを教えるのが好きなタイプ。授業自体は苦ではないのだろう。


 嘆息混じりに言うと、桜宮先生が制服の袖をくいくい引っ張ってきた。

 俺の耳元に近づき、囁くようにお願いしてくる。


「ちょうど今、人少ないからさ、もう少し残ってってよ。そこの席、座って大丈夫だから」


 この先生、ホント……。

 俺は苦笑しつつ、周囲に目を配る。


 確かに、今は職員室内の人口密度は少ない。小声で話す程度なら、誰かに聞かれる心配もないだろう。

 俺は言われるがまま、桜宮先生の隣の席に腰を下ろす。


「なんでこんな人少ないんですか?」


「今、三年生の担当している先生たちで会議やってるんだよ」


 そう言って、桜宮先生は扉を指さす。恐らく、あそこが会議室なのだろう。

 職員室内でも、扉が設けられて複数部屋が存在するとは知らなかった。


「でも、それなら二年生担当している人は、どうして少ないんですか? 会議してるわけじゃないんですよね」


「部活の顧問してる人が多いからね。この時間は大体、席外してるパターンが多いかな」


「桜宮先生は顧問してないんですか?」


「一応してるよ。文芸部」


「部活行かなくて良いんですか?」


「行ってもすることがないからね。活動日も疎らだし。ホントたまに顔出すくらい」


 桜宮先生は、「あ、そうだ」と何か思い出すと、おもむろに机の上を漁り始める。結構、散らかっているな。


 大惨事とまでは行かないが、普通に整理整頓が下手な人の机上きじょうだった。


 そうして、十秒ほど掛けてあるモノを見つけると、俺に差し出してきた。


「はい。日誌を頑張って書いた瀬川くんにご褒美。みんなには内緒だよ」


「チョコですか」


「うん。疲れたときに食べてるんだ。はい、あーん」


「緊張感なさすぎないですかね……」


 いくら人の少ない職員室。近くには誰も居ないとはいえ、気を抜きすぎじゃないかな。

 包装紙から取り出した台形型のチョコを俺の口元に運んでくる。俺は、周囲に悟られないようにするべく、さっと口の中に運んだ。


 と、つい勢い余って、桜宮先生の指ごと咥えてしまう。


「あ、す、すいません」


 チョコを咀嚼しながら、小さく頭を下げる俺。


「だ、大丈夫大丈夫。気にしないで」


「あ、俺、ハンカチありますけど」


「え、拭くの?」


「むしろなんで放置する気なんですか。拭かないと汚いでしょう」


「瀬川くんは汚くなんか──あ、余計なことを……っ」


「余計なことですかこれ」


 俺がハンカチで桜宮先生の指先を拭いていると、不満げな表情でぶつくさ文句を垂れてくる。


 俺はハンカチを元に戻すと、桜宮先生の机へと目を向ける。


「てか、その机の上、俺が整理整頓してもいいですか?」


「え?」


「さっきからずっと気になってて」


「瀬川くんって綺麗好きなの?」


「そんなこともないですけど、こんな散らかってたら使いにくくないですか?」


「それはまぁ……でも、私昔からガサツというか、あんま整理整頓が得意じゃなくて」


「それなら俺の出番ですね。こういうのは昔から得意なんで」


「そうなんだ……じゃあ、お願いしちゃおっかな」


「了解です」


 桜宮先生に少し移動してもらい、俺が机の真ん前に座る。

 早速、机の上を整理することにした。といっても、単純な話だ。


 不必要なモノを洗い出して、それを机の上から排除すればいい。あとは、使いやすいように配置替えを行えれば済む。


「なんで、モバイルバッテリーが二個もあるんですか。いらなくないですか?」


「え、だって、急に壊れるかも知れないじゃん」


「そんな簡単に壊れないですし、最悪パソコン通して充電できるので、どっちかは家行きで」


「そんな非情な……どっちも大切なモバイルバッテリーなんだよ?」


「どこに情湧いてんですか。あとこれも、これもこれも、仕事に必要ないでしょ」


「必要だよ。その漫画とか、気分転換に読み直したりするし」


「最近いつ読み直しました?」


「に、二年くらい前だったかな……」


「よく使いもしないモノをそのままにしときますね」


「だ、だってぇ」


 ちょっとこの先生、自己管理がなってなさすぎないか。

 断捨離とかも一人じゃ絶対出来なそうだ。


 桜宮先生の要望を多少聞きつつ、要らないモノを机の上から排除していく。そうして、物の配置換えを行うと、だいぶ小綺麗に片付いていた。


「ま、このくらいで勘弁してあげます」


「全然勘弁してくれてないよ。めちゃくちゃ作業しやすい机になってる!」


「良いことじゃないですか」


「むぅ、反論できないのムカつく」


「なんで不満げなんですか」


 頬を膨らませて不満げな桜宮先生。と、不意に背後から忍び寄る影があった。


 振り返ると、そこに居たのは三十半ばの女性の先生。授業でお世話になったことはないが、一応見たことはある。確か、国元くにもと先生……だったかな。


「あ、すごい。桜宮先生の机、綺麗になってる! キミがやったの?」


 そういえば、ここが職員室だと言うことをスッカリ忘れていた。


 整理整頓に夢中になっていたから、周囲の目など気にしてなかった。

 まぁ、幸いにも俺と桜宮先生の関係を疑っている様子はないから良かったが。


 俺はできる限り、いつも通りを意識しながら返事をする。


「はい。桜宮先生に頼まれまして」


「た、頼んだというか……瀬川くんがやりたがっただけだけどね」


 後ろから、ぶつくさと桜宮先生が文句を言う。

 と、国元先生は俺を見つめると、両手を合わせて申し訳なさそうに。


「よかったら、私の席の整理整頓もやってくれないかな? キミ、すごくそういうの得意そうだから」


「全然いいですよ。任せ──」


「ごめんなさい。これから彼、補習があるんです。なので」


「あ、そうなんだ、ついてないな。じゃあまた今度タイミングあったらお願いね。補習頑張ってっ」


 国元先生は残念そうな表情を見せると、てくてくと一年生の教師が集まった机へと戻っていく。


 俺が国元先生の後ろ姿を目で追っていると、桜宮先生は、俺の制服の袖を引っ張ってきた。ムスッとした表情で唇を前に尖らせている。


「瀬川くん、女の先生なら誰でもいいんだ……」


「ち、違いますよ。飛躍しすぎです」


「そんなに整理整頓したいなら、また私が荒らしとくからさ、それで我慢してよ……」


「それはやめてください。別に俺、整理整頓が趣味なわけじゃないですから。……でもまぁ、分かりました。他の先生のはやりません。だから安心してください」


「ほんと? 私、簡単に信じるからね……嘘ついたらヤだよ」


「そんな信用ないですか俺」


「だってこの前の席替えだって結局、篠塚さんと隣同士になってるし」


 桜宮先生は俯き加減に、ボソボソと呟く。


 俺は気まずい表情を浮かべながら。


「あれはもう奇跡が起きたとしか……じゃあ、こうしましょう。もし、次俺が約束破ったら、何か一つ言うことを聞きます」


「なんでも?」


「はい、なんでも」


 俺が首を縦に振ると、桜宮先生は目をぱぁっと輝かせ始める。


 子供みたいに、純真無垢な瞳だった。この人、精神年齢は幼いよな。そこが、可愛いとこでもあるんだけど。


「じゃ、早速だけど、私、目を逸らしてるから、国元先生の机、整理整頓してきたらどうかな?」


「心変わりが露骨すぎる……。そんなに俺にさせたい事でもあるんですか?」


「そ、それはまぁ……あるよ?」


「言ってみてください。内容次第なら、普通にやってあげるかもしれないですし」


「えっ? い、言えないよ。言えない言えない! 今ここでは絶対……っ!」


「何させる気ですか俺に」


 半開きの目でジトっと睨む俺。

 それから、しばらく職員室に滞在していたが、三年生を担当する先生方の会議が終わったタイミングで、職員室を後にすることにした。


 たまには、職員室に行くのも新鮮で楽しいなと、そう思う俺だった。


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