席替え戦争①
昼休みも終盤に差し掛かったところで、俺は教室へと戻っていた。
あまりギリギリの時間になると、注目を集めかねない。唯一使える特技であるステルスを発動しながら、そそくさと自席に戻る。
ホッと安堵したのも束の間、目の前に影が差し込んだ。
顔を上げれば、そこに居たのは篠塚さんだった。いつも通りの茶髪ポニーテールに愛想の良い笑顔が張り付いてる。彼女はポニーテールを揺らしながら前のめりになると、俺との距離を一気に詰めてきた。
「どこ行ってたの? 昼休み中、ずっと
「えっと、なんというか……その」
「あ、言いたくないなら言わなくて大丈夫だよ。わたし、束縛とかしないタイプだから」
「お、おう」
聞いてもない情報を開示してくる篠塚さん。
束縛しないタイプの人は、自ら公言したりしない気がするけど……まぁ、あまり深く考えても仕方ないか。
篠塚さんは、ニコッと口角を上げると、人差し指を立ててきた。
「さてと、実は今日、湊人に一つご報告がありますっ」
「報告?」
「うん。わたしね、湊人のこと大好き♡」
「……っ!? ちょ、な、なに言って……」
昨日に引き続き、篠塚さんは今日も告白してきた。
ガンガンアピールする的な事は言っていたけれど、ここまで直球で来るとは考えていなかった。
俺は目を仰々しく見開く。口の中が一瞬で乾いていくのを感じていた。
だって、ここは昼休みの教室。色々な場所で雑談が繰り広げられているが、だからといって、なにを言っても良い場所ではない。
当然、周囲に居たクラスメイトの耳には届いていたようで、
『えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
それからしばらくの間、ウチのクラスはお祭り騒ぎになっていた。
「あ……ごめんね湊人。わたし、言うタイミング間違えたっぽい。にゃはは……」
「わ、笑い事じゃないって……」
困ったように微笑む篠塚さんを横目に、俺は汗をだくだく掻くことしかできなかった。
~~~
月曜日最後の授業は、『総合』だった。
この授業では、クラス内での決めごとを行ったり、行事の役割分担などを決めたりする。特にすることがないときは、自習という名の自由時間だ。
今日、ウチのクラスでは、席替えをすることになっていた。
席替えの決め方は至って単純だ。くじ引きによって決められる。
一から四〇までの数字が書かれたくじを引いて、当たったところが自分の席だ。一番が窓際の一番前で、四〇番が廊下側の最後尾だ。
普段ならば、ただ運に任せてくじを引くだけ。後ろの方がいいなと神頼みするだけなのだけど、今日は少し違かった。
席替えに対する俺の心持ちが、ではない。クラス内の空気感が、だ。
昼休みの終盤、篠塚さんが公開で好意を伝えてきたことで、ウチのクラスはそれがホットニュースになっている。
本来、席替えに注力されるはずの興味が、俺と篠塚さんへと向いていた。
女子は、恋愛関連の話題に興味を持っているだけっぽいけれど、男子は違う。
学校一の美少女たる篠塚さんに告白された俺を、呪い殺すがごとく睨み付けていた。
篠塚さんが男子人気高いのは知っていたけど、こんな高かったのかよ……。
まぁ、俺が篠塚さんの告白に対して、イエスともノーとも返事をしなかったのが、拍車を掛けたのだろうけど。
あ、一応言っておくけれど、キープしているわけではないからな?
出来ることなら、告白を断る流れに持っていきたかったが、篠塚さんがそれを許してくれなかった。「今は、アピール中なんだ。そっとしといてくれると嬉しいな」と、荒れ狂う男子たちに告げたことで、俺は告白を断ることが出来なかった。
随分と長い前置きになったが、とにかく席替えだ。
教卓の前に置かれたくじの入った箱を一人ずつ取っていく。桜宮先生は、教卓の前に座って、不正がないか見張る役割をしている。まぁ、くじ引きに不正もなにもないのだけど。
俺の番が来てくじを漁っていると、桜宮先生が小声で俺に話しかけてきた。
「ねぇ、なんかクラスの空気おかしくない? なにかあったの?」
一応、後方にくじ待ちの人がいるのだけど、桜宮先生は気にすることなく話しかけてくる。みんな篠塚さんの告白の一件で思考を吸い取られているから、大丈夫だろうけど。
「ま、まぁその色々ありまして」
「色々?」
「端的に言うと、さっき篠塚さんに公開告白されました」
「え!?」
桜宮先生は慌てて口を塞ぐ。が、手を塞いだところでどうにもならない。
いきなり大声を出したことで、桜宮先生に注目が集まる中、俺はくじを引いて逃げるように自席に戻る。
くじの番号を確認すると、七番だった。窓際の列の最後尾だ。控えめに言って大当たりだった。
これ以上ない神引きだ。俺が密かにガッツポーズを決める中、チラチラと桜宮先生が俺を見ていることに気がついた。
今教えるべきじゃなかったかな……。桜宮先生の動揺がすごい。
まぁ、クラスメイトがいる前で告白を決行するとは思わないよな、普通。篠塚さんの行動力に慄いているのだろう。
番号が書かれた紙を見直して、神引きの余韻に浸っていると、トントンと肩を叩かれた。振り返ると、そこに居たのは篠塚さんだった。
「どこの席だった? 湊人」
「悪いけど、これはちょっと見せられる物ではないな。誰かに盗まれたら叶わない」
「席替えのくじ盗む人いないでしょ」
「いいや、これは盗む価値がある代物だからな」
「ほう。じゃあ、七番かな?」
「……」
「もう少し隠す努力をしないとバレバレだよ、湊人」
「い、一応ポーカーフェイスをしたつもりなんだけど」
「全然なってないって。目、泳いじゃってるもん」
軽やかな笑みをこぼしながら、さり気なく俺の肩に触れてくる。
覗き込むように俺の瞳を見つめると、右手を差し出してきた。そこに握られていたのは、35と書かれたくじだった。
35というと、廊下側の一番前の席だ。俺とは対局の位置の席だった。
「さて、ここで問題です」
「お、おう。突拍子ないな」
「わたしと、湊人が隣の席になる確率は何%でしょう?」
「は? そんなの0%じゃないのか?」
問題という割には、問題の
これから篠塚さんがくじを引くならまだしも、結果はすでに出ている。
「ま、普通はそう思うよね。目が悪い人は先に席決めちゃってるし」
「一応聞くけど、正解は?」
「100%」
「いや、それはないだろ」
「まぁ見ててよ。わたしこれでも、マジシャンの卵だからね。このくじを14番に変えるマジック披露してあげる」
ニコっと微笑を湛えると、ひらひらとくじを宙になびかせる。
「マジックって……そんなことまでできるの?」
「まあね♪」
自分の口元に人差し指を置くと、篠塚さんはそのまま俺の席から離れていった。
俺は篠塚さんの後ろ姿を目で追う。と、視界の片隅に黒い瘴気を絶え間なく放出している人を発見した。
教卓の前の椅子に座りながら、桜宮先生が俺を恨めしそうに睨んでいた。
いや、あの……そんな目で見られても困るんですけど……。
教室に居る以上、弁解のしようも無いし、どうすることも出来ない俺だった。
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