重い女教師

「……瀬川くん。私ね、ちょっとおかしいかもしれないの」


「元からだいぶおかしいと思いますけど」


「辛辣! いや、そうじゃなくて……瀬川くんが彼氏になってくれるって宣言してくれた時から、私ずっと瀬川くんのことが頭から離れなくて……もうずっと瀬川くんのこと考えてる」


 現在、場所は変わらずリビングにて。

 俺と桜宮先生は、ソファに隣り合わせに座っていた。ちなみに、桜宮先生が付けていたバッテン印のマスクと、『私は悪い子です。生徒に手を出しました』と書かれたプラカードは外している。


 俺は桜宮先生に身体を向けると、単刀直入に告げた。


「ちょっと抱きしめてもいいですか?」


「え?」


「桜宮先生のくせに、そんな可愛いこと言うとか、なんというか、こう……胸がザワザワします。反則ですよ。三十路のくせに」


「三十路関係なくない!?」


 桜宮先生が頬を赤くしながら、必死に反論する。

 それすらも、可愛く見える恋人フィルターの力に驚きつつ、俺は桜宮先生の右手をそっと握ると、微笑をこぼした。


「なんか今、少しだけ実感できました。俺、先生と付き合ってんだなって」


「このタイミングで実感したんだ! 私はまだ全然実感できてないな。ドッキリ大成功っていつネタばらしされるか、いまだに不安に思ってるくらいだし」


「性格悪すぎるでしょそのドッキリ……。そんなに心配なら、やっぱりキスしますか。今度は口に」


「え?」


「そこまでしたら少しくらい信じられるかなと」


「そ、それはそうだけど……それはTPOの弁えてなさが半端じゃないというか」


 桜宮先生は俯き加減に、ぶつぶつと呟く。

 確かに、今この場でするのは、やり過ぎか。俺も、本気でするつもりがあったわけじゃないが、桜宮先生が先に指摘してきた。


 とはいえ、しれっと俺が握った手を、恋人繋ぎへとフォルムチェンジを進めているあたり、この人も大概TPOを弁えられていない。


「あ、そうだ。俺、桜宮先生に一つ言っとかなきゃいけないことがあります」


「言っとかないといけないこと?」


「俺、篠塚さんに告白されました」


「……っ。そう、なんだ……」


 遊園地が閉園する間際、最後に乗った観覧車にて、俺は篠塚さんから告白された。

 恋人が居る相手に告白など、言語道断と思う人もいるだろうが、今回は状況が少し特殊だ。桜宮先生と付き合っていないと公言した以上、篠塚さん視点では俺にカノジョがいないことになっている。


 その俺に対して、告白をしてくれた篠塚さんは一切悪くない。悪いのは、保身に走って桜宮先生との関係を隠した俺サイドにある。


 何はともあれ、この件は、俺一人で抱えておくべきではないと思った。


 桜宮先生は、アッと目を見開く。僅かに目を泳がせながら、疑うことなく事実を飲み込んでくれた。


 少しの沈黙に落ちるリビング内。桜宮先生は、神妙な面持ちで俺と顔を合わせると、俺の右手を強く握りしめた。対照的に、消え入りそうな声で切り出してくる。


「……これって、別れ話的なアレなのかな……」


「は?」


「だ、だって、篠塚さん可愛いし、瀬川くんと同い年だし、シィちゃんいわく上位互換みたいだし……」


「上位互換?」


 最後のやつはよくわからないが、要するに、年齢が近くて可愛い篠塚さんと桜宮先生なら、俺が篠塚さんを選ぶと思っているらしい。

 そりゃ、一般論ならそうなるかもしれない。ただ俺は違う。同級生の女子から告白されて乗り換えるようなら、初めから桜宮先生と付き合ったりはしない。


「あんま俺を見くびらないでください。俺のカノジョは桜宮先生だけです」


「……っ、そ、そっか。私の彼氏も瀬川くんだけだよ。一生」


「一生はちょっと荷が重いんですけど」


「だ、だって、私ホントにおかしいの。なんかずっと瀬川くんのことしか考えられないし、よくわかんないけど、男の人を見る目が、瀬川くんと瀬川くん以外みたいな棲み分けになっちゃってるし。多分私、もう瀬川くんいないと生きていけない身体になってるよ」


「薬物ですか俺は」


「瀬川くんは、一生私がカノジョじゃダメかな……」


 上目遣いで俺を見つめてくる。若干潤んだ瞳、切なそうに、俺を目を真っ直ぐ捉えている。

 俺は少しだけ頬に朱を差し込むと、あさってに視線を逸らした。ちょっとこれ以上、見つめ合っていたら、理性がおかしくなりそうだった。


「一生カノジョって、一生独身で居るつもりですか」


「あ、いや、そういうわけではないんだけど……あ、じゃあ、瀬川くんは篠塚さんの告白、断ったってこと?」


 突然、話の軌道修正を図る桜宮先生。

 まぁこの流れなら、そう思うよな。ただ、俺は篠塚さんの告白を断っていない。


 正確に言えば、断ろうと思ったが、途中で遮られたのだ。今は一方的に告白を受けて、これからガンガンアピールしていくと宣言されているところ。


 その話を、桜宮先生に伝えた。


「──という感じで、告白は断れなくて」


「そっか……」


「でも、ちゃんとタイミングみて、篠塚さんには断る旨を伝えます。それをキチンと桜宮先生には報告しておきたくて」


 後で余計な誤解を生んでも仕方がない。だから今、しっかりと説明をしておくことが重要だと思った。


 桜宮先生は、微笑を湛えると、小さく頷く。


「うん。信じてるからね。もし、やっぱり篠塚さんにしますみたいなクズ男ムーブしたら、私、何するかわからないからね」


「しません、けど。ちょっと怖いのでそういう脅しはしないでください」


「脅しじゃないよ?」


「目が笑ってない!」


 桜宮先生は、依然として微笑を浮かべたまま、けれど目が笑っていなかった。

 もし俺がクズ男化したら、泥沼の惨劇が始まりそうである。まあ、天に誓ってそんな展開はありえないけれど。


 絶対ありえないからな。……フラグじゃないよ?

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