楓の逆襲?

「あ、あの‥‥‥かえで‥‥‥さん?」


 現在、遊園地から帰宅した俺は、絶賛リビングにて正座をしていた。別に、姿勢を正すよう指示されたわけではないのだけど、雰囲気的に正座するしかない状況だった。


 楓はソファにゆったりと座りながら、顎を突き出して、薄く開かれた目で俺を見つめている。


「まさかみーくんが、歳上好きだったとはね。あたし、知らなかったな」


「い、いや、それは‥‥‥なんというか」


「酷いよね。水菜ちゃんと遊園地に来といて、ちょっと空き時間ができたから由美ねえとイチャイチャして、そんであたしは放置って」


「うぐっ‥‥‥そ、それは悪いと思ってる。色々偶然が重なったとはいえ、もう少しタイミングは考えるべきだった」


 俺は今日、篠塚さんのおかげで遊園地に行くことができた。トイレ休憩の空いた時間に、結果的に桜宮先生と恋人同士になり、お化け屋敷にまで行く始末。客観的に見て、身勝手だったと思う。


 言い訳しようと思えば、いくらでもできるが。

 単純に、桜宮先生の告白の返事を別日にすればよかった話だ。まぁ、あの状況で返事を保留できるかといえば、難しいところがあるが。


「由美ねえとは、婚約者のフリをしてるだけじゃなかったの?」


「そうだったんだけど、告白されてそのまま‥‥‥」


 俺が段々尻すぼみに声のボリュームを下げていく。

 と、楓の膝の上に、ちんまりと座っているシィちゃんが口を挟んでくる。


「もとはといえば、おねえちゃんのせきにんですよ」


「え? なんであたし?」


「だって、おねえちゃんがユミねえをさそって──」


「うあああああああああああああ⁉︎ ストップストップ! それは言わないでいいから!」


「ふぁぐ、ふわえあ、あうあう」


 楓がシィちゃんの口を両手で塞いで、声を出すのを禁止する。シィちゃんが懲りずに喋っていたが、モゴモゴ言ってて何を言っているのか聞き取れなかった。


 だが、シィちゃんの言いたいことはなんとなくわかった。

 ここからは俺の推察も混ざるが、恐らく今日楓達が遊園地に来たのは、俺を尾行する目的だったのだろう。


 楓は何らかの形で、今日、俺が篠塚さんと一緒に遊園地に行く話を入手した。俺にカノジョが出来たのか確認をするために指揮棒を持って、メンバーを集めて遊園地へとやってきた、とかそんなところだろう。


 その後、俺を尾行していくうちに、桜宮先生が途中でリタイアをして、シィちゃんと楓が飛び入り参加してきた。


 もしそうだと仮定すれば、今日、遊園地内に桜宮先生が居たのは、楓が発端と言うことになる。

 その件を、シィちゃんは言おうとしていたのだろう。


 その件を深掘りしても仕方がないので、俺は話を変える。


「それで、そろそろツッコんでもいいか?」


「え? なんのこと?」


 俺が恐る恐ると言った様子で、切り込む。

 実はウチに帰ってからというもの、ずっと気にかかっているモノがあるのだ。いや、モノというよりはヒトだが。


「あれ、一応俺のカノジョさんなんだけど‥‥‥なんであんなことに‥‥‥」


 リビングの隅っこ。カーテンのあたりで、ちんまりと正座させられた桜宮先生。赤色のバッテン印が入ったマスクをつけて、『私は悪い子です。生徒に手を出しました』と書かれたプラカードを首から掛けている。


 俺がリビングに入った時には、すでにあの状態だった。その様子を見るに、桜宮先生との関係は知れ渡っていることなのだろう。


 まぁ、楓たちには隠し通せるとは思ってなかったが。


「ああ、安心して。足の方はもうスッカリ良くなったみたいだから。一応座布団置いてあるし」


「足の心配してるわけじゃねえよ。いや、ちょっとはしたけど」


 桜宮先生は、足を挫いたと言っていた。

 まぁ、帰りの際は一人で歩けていたから、それほど強く捻ったわけではないのだろう。実際、桜宮先生の顔に、痛みに悶える様子はない。足が痺れて、辛そうではあるが。


 楓はあさってに視線を向けると、遠い目をする。


「ふっ。まぁ、ひたすら不遇なあたしの逆襲とでも言うのかな。由美ねえにも痛みを知ってもらわな──」


「ただのやつあたりです」


「‥‥‥っ、ち、違うから! これは正当だから。生徒に手を出す教師とかあり得ないし!」


「‥‥‥っ。‥‥‥」


 シィちゃんの指摘すると、楓は一瞬で頬を赤らめて、矢継ぎ早に口を開く。

 チラリと桜宮先生を見ると、彼女は所在なさげに目を泳がして、バツの悪そうな表情を浮かべていた。


 楓が年甲斐もなくムキになる中、シィちゃんが俺に視線を向けてくる。


「シイナはかんげいです。ミナトにいと、ユミねえは、すごくすごくおにあいだとおもいます」


「そ、そうか‥‥‥ありがとシィちゃん」


 そういえば、前にもそんなことを言っていた気がする。俺と桜宮先生がお似合いだとか、なんとか。

 シィちゃんは、俺と桜宮先生が付き合うことを歓迎してくれているようだ。


 しかし楓は、首をそっぽに向けて、胸の前で両腕を組むと。


「ふんっ、あたしはそうは思わないけどね! ちょーっと美人で、肌が綺麗で、スタイルいいからって、みーくんを誘惑して。聖職者の風上にも置けないから! ホント、あり得ないし‥‥‥さっさとバレて大ごとになっちゃえばいいんだ」


 最後の方はぶつぶつと呟き、楓はソファから立ち上がる。そうして、俺と桜宮先生を交互に見やると、ピンと指をさしてきた。


「‥‥‥二人ともそのまま反省してなきゃダメだからね。あたしはもう寝るけど」


「え、この姿勢結構辛──」


 楓はスタスタと俺に目もくれないまま、リビングを後にする。このまま正座継続は結構辛い。

 シィちゃんも楓に続いて、ソファから立ち上がると、


「シイナはしばらくおねえちゃんといっしょにいるので、りびんぐにもどってきませんが。ふたりきりだからって、『いちゃいちゃ』したらだめですよ。ぜったい、『いちゃいちゃ』したらだめですよっ。シイナ、だいじなことなので"にかい"いいました」


 むふんっと満足げに言い切って、リビングを後にした。あっという間に、俺と桜宮先生の二人きりになるリビング。


 途端、さっきまでとは違う形容し難い空気が流れる。クラス替え初日の、落ち着かないあの空気と似ているかもしれない。


 チラッと桜宮先生を見やれば、彼女もまた俺のことを見ていた。桜宮先生はバッテン印のマスク越しにも分かるくらい頬を赤らめて、視線を落とした。


 未だに実感が伴っていないが、俺、あの人と付き合ってるんだよな。


「えっと、桜宮先生はどうしてウチにいるんですか?」


 居た堪れない空気を払拭するべく、俺は桜宮先生に話しかける。まぁ大方、桜宮先生がウチにいる理由は想像がついているけど。


 桜宮先生と楓たちが帰宅したタイミングは、ほぼ同時刻だ。そのまま一緒に帰って、色々楓に質問攻めを受けて、ウチにいるのだろう。


「‥‥‥瀬川くんこそ、帰ってくるの遅かったね。篠塚さんと、どこか寄り道してた?」


 しかし、桜宮先生から質問の答えが返ってくることはなかった。それは少し痛い質問だった。


 実は、遊園地を出た後、篠塚さんに強行される形で近くの飲食店で夕食を取ったのだ。そのため、帰宅時間はだいぶ遅くなっている。今はもう二一時に近い。


「寄り道というか、夜ご飯を一緒に‥‥‥」


「ふーん。付き合い初めのカノジョがいるのに」


「すみません」


「‥‥‥カノジョ放っておいた分、埋め合わせしてくれないの?」


 桜宮先生が上目遣いで、少しだけ甘えた声を出してきた。このリビング内にいるのは、今は俺と桜宮先生の二人だけ。


 そんな庇護欲を誘われる顔をされては、黙って見過ごすことはできない。


「楓たちには内緒ですよ」


 そう言うと、俺は正座の姿勢を崩して、桜宮先生の元へと向かった。

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