遊園地デート⑧
当然だが、お化け屋敷の内容は何一つとして変化はなかった。
記憶通りの仕掛けを淡々と眺める中、篠塚さんはビクビクとしながら、俺の腕に引っ付いてくる。
甘い香りや、弾むような肌の感触が纏わり付いて離れない。
客観的に見て、喜ぶべき状況なのに、俺は複雑な気持ちでいっぱいだった。
俺には今、カノジョがいるのだ。
浮気ではないにしろ、この状況には思うところがある。
カノジョがいる手前、他の女子と密着してお化け屋敷なんて言語道断。
まだ、カノジョができた実感が湧いていないのに、罪悪感や背徳感だけはしっかりと湧いてくるし、胸を細い糸で締め付けられたような息の詰まる感覚に襲われていた。
「はぁ、怖かったっ。
お化け屋敷を出ると、開口一番、篠塚さんが感想を訊いてきた。
「いや俺の場合、一回目から大して怖くなかったかな」
「さすが、全然ビビらないもんね湊人」
「まぁな。それより、もう手を離してもいいんじゃないか?」
「どうして?」
「どうしてって、お化け屋敷もう終わったし」
「あ、そっか。わたしと手を繋いでたら浮気になっちゃうか。桜宮先生嫉妬深そうだし」
篠塚さんは慌てて俺から手を離すと、顎に手をやり、うんうんと頷く。
「え……いや、俺と桜宮先生は付き合ってないって」
「あれ、ああそうだよね。たはは……うっかりしてた」
口の端を緩めてはにかみながら、ポリポリと髪の毛を掻く。そうして再び俺の左手を握ってきた。
「でもだったら、わたしと手を繋いでも浮気にならないよね。問題ないでしょ?」
「いや、そういう問題じゃ……」
「わたしさ、手を繋ぐの好きなんだ。わたしのワガママに付き合ってよ。湊人」
上目遣いで俺を捉える。小首を傾げたことで、茶色がかったポニーテールがわずかに揺れた。
この場にいないと分からないかもしれないが、断れる雰囲気ではなかった。ここで、手を繋ぐことを断ると、他に何か理由があると言っているような気がして。
それこそ、再び桜宮先生との関係性を疑われるかもしれない。
「……そういうことなら」
俺が手を繋ぐことを許可すると、篠塚さんは更に俺との距離を詰めてきた。肩と肩がぶつかる距離感。何も知らない人が見れば、カップルと勘違いしても仕方がない近さだった。
「ありがと。湊人のそういう優しいところ、良いと思うな」
「これは別に優しいとかではないよ。それに、俺は優しくなんか──」
「ううん、湊人は優しいよ。でも、わたしはあんまり湊人が色んな人に優しくしてほしくないな。できれば、わたしだけに優しくしてほしいかな……なんて」
「……っ。そ、それってさ……」
「あっ、今度はアレ乗ろ。今度こそ、ジェットコースター行ける気がするんだ。なんとなくだけど」
篠塚さんは、近くのジェットコースターを指さすと、俺の手を引っ張っていく。
胸の中にわだかまりを作りながら、篠塚さんに連れられるがまま、足を進める俺だった。
~~~
日も暮れ始め、空は青からオレンジへと変色していた。
閉園時間は、確か十七時だったか。あと一つアトラクションに乗れるかどうかといった時間帯だった。
張り切る篠塚さんに連れられて色々なアトラクションを乗り継いだため、体力的にはだいぶ疲弊している。もうクタクタだった。
そういや、花村先生から授かったデートの極意を、ほとんど活用していない。……まぁ、色々乱入があってそれどころじゃなかったからな。いつかの機会に活用しよう。
疲れた様子を一切見せない篠塚さんは、愛想の良い笑顔を振り撒きながら、提案してくる。
「最後にアレ乗ろうよ」
そう言って、指をさしたのは、観覧車だった。そういえば、まだ乗っていなかったな。
子供用のものを除けば、あらかた制覇したはずなので、この際コンプリートしてやろう。俺が賛成の意思を示すと、早速、観覧車へと向かった。
そろそろ閉園の時間だからか、待ち時間はほとんどなかった。
従業員に指示されるがまま、ゴンドラの中に乗り込む。向かい合うようにして座ると、従業員が扉を閉めた。
ゴンドラは円を描くようにして、徐々に高度を上げていく。
俺が外の景色をぼんやりと眺めていると、篠塚さんがじっと俺の目を見つめてきた。
「今日はありがとね。わざわざ付き合ってくれて」
「いや、こちらこそだよ。久々に遊園地来れて楽しかった」
「ならいいんだけど。わたし、調子に乗りすぎて湊人のこと振り回しちゃったから、大変だったんじゃないかなって」
「そんなことないよ。俺、あんまり自分で決断するの得意じゃないから、色々決めてくれた方が助かる」
「そうなんだ。じゃ、わたしと湊人、結構相性いいのかな」
篠塚さんがしれっとこぼした発言に、俺はドキリと心臓をすくませる。
赤らんだ顔を隠すように、窓の景色を見やった。
──深い意味はない。そう、深い意味はないはずだ。あまり考えるな俺。
それから先は、考えても良いことがない。
沈黙に落ちるゴンドラ内。
気が付けば、最高点へと到達しようとしていた。
五〇メートルくらいあるだろうか。
夕焼けと相まって、壮観な光景だった。
今日の出来事を回想して、感傷に浸っていると、少し冷たい手の感触が右手を襲ってきた。
俺は窓から視線を外すと、篠塚さんへと目を向けた。
彼女は、夕焼けよりも赤くなった顔で、ただジッと俺を見つめてくる。
やがて、小さく口を動かすと、今にも消え入りそうな声で、‥‥‥でも確かに、そう告げた。
「好き」
たった二文字。けれど、俺の頭を真っ白にするには充分すぎる二文字だった。
聞こえなかったことにするのは簡単だが、それほど不誠実な事はない。
俺は小さく吐息を漏らす。
一度瞑目すると、出来る限り誠実に──
「ありがとう。でも俺──」
「あ、ストップストップっ。それから先は言わないで」
篠塚さんが、前のめりになって俺の口を塞ぐ。
返事をさせてはくれなかった。
彼女は微笑みながら、俺の口から手を離すと、重たい空気を弾き飛ばすくらい活気に満ちあふれた声で続けた。
「いきなりですがここで問題です! わたしが、湊人に抱いている感情は、『友人としての好き』でしょうか。それとも、『異性としての好き』でしょうか」
両手で一本ずつ指を立てて、問題を出してくる篠塚さん。
突然、問題を出され意表を突かれる。俺は、少しの沈黙を経て、躊躇い気味に答えた。
「ゆ、友人としての好き‥‥‥?」
「ぶっぶー。残念。不正解です」
篠塚さんは、両手の人差し指をクロスさせる。
バツ印を顔の前で作ると、覗き込むように、俺の目を見つめてきた。
このタイミングと、篠塚さんの表情を見れば、どちらが正解かは一目瞭然だった。だが、ここで後者の答えを口に出す勇気は俺にはなかった。情けないな、俺。
「間違えた湊人には、罰を与えたいと思います」
「罰?」
前のめりになって、間近に顔を近づけてくる篠塚さん。小さく整った顔。白く透き通った肌。息がかかるくらい近い距離。
俺は、加速度的に体温を熱くすると、逃げるように首を背ける。けれど、篠塚さんは俺の両頬を掴むと、無理矢理正面へと戻してきた。
半ば強制的に見つめ合っていると、篠塚さんが俺の前髪を掻き上げる。
「‥‥‥っ」
抵抗する間もなく、おでこに口付けされて、俺は動揺をあらわにした。
声を出そうにも、うまく出てこなかった。
「わたし、湊人がわたしのこと好きになってくれるよう頑張るね。だからこれは、その最初のアピールかな」
人差し指を口の前に持ってきて、宣戦布告する。
俺はただただ唖然とするしかなかった。
「だって湊人、
「そ、それは‥‥‥」
「一年の頃からずっと大好きだよ、湊人」
篠塚さんは、恥じらいつつも、真っ直ぐに好意を伝えてくる。俺はそれに対して、うまく返事をすることができなかった。
脳の処理が間に合うより先に、ゴンドラが一周し終える。従業員の手によって、扉が開かれると、篠塚さんがそそくさと降りた。
「行こっ、湊人」
「お、おう」
俺も半歩遅れて、ゴンドラから降りる。
桜宮先生と付き合うことになって、篠塚さんからは告白された。‥‥‥ちょっと色々起きすぎじゃないかな今日‥‥‥。
脳の整理がつくまで時間が必要だった。
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