お化け屋敷へ②

「‥‥‥桜宮先生? さすがにそんなくっ付かれると動きにくいんですけど」


「無理‥‥‥無理無理! 無理だよ! 私、お化けとか絶対無理だから!」


 現在、俺と桜宮先生はお化け屋敷に入っていた。

 桜宮先生は先程からプルプルと身体を小刻みに揺らしながら、俺の腕を力強く握りしめている。


 桜宮先生、お化け苦手だったのか‥‥‥。


「そういや、雷にもビビってましたよね」


「ううっ、私怖いもの全般苦手なの」


「まぁ、お化け屋敷ですから。人間が作ってるので大丈夫です。安心してください」


「知らないの瀬川くん。人が一番怖いんだよ!」


「元も子もないですね‥‥‥」


 要するに、驚かされるのが苦手なのだろう。

 余程のことがない限り、ビビることがない俺とは正反対だ。少し羨ましい気もする。


 俺なんて、お化け屋敷を楽しめない側の人間だし。


 幸いにも、他にお化け屋敷に来ているお客さんも居なそうなので、立ち止まっていても迷惑になることはないだろうけれど。

 いつまでも、立ち止まっているわけにもいかない。


「少しずつでいいので進みましょう」


「う、うん‥‥‥」


 重低音の不協和音が、うっすらと聞こえる。暗い道を、懐中電灯を持ちながら歩いていく。


「ごめんなさい桜宮先生。お化け屋敷苦手だとは知らなくて」


「ううん。状況が状況だもん。仕方ないよ。元はと言えばタイミングも考えず、告白した私が悪いし‥‥‥」


「確かに、桜宮先生が悪いですね」


「そこは嘘でも、悪くないって言ってほしいんだけどっ」


「サクラミヤセンセイハワルクナイデス」


「棒読みすぎる!」


 実際問題、桜宮先生の告白してくるタイミングが悪かったのは否めない。

 まぁ、桜宮先生は端から振られる前提で告白してきた──正確には、自分の気持ちに折り合いをつけるために告白をしてきたのだ。


 こんな展開になるとは、桜宮先生自身考えていなかっただろう。


 桜宮先生の歩幅に合わせて、ゆっくりと足を進めていると、突如、前方に人影が遮る。徐々に足音が近づいてきた。


 懐中電灯で人影のあたりを照らすと、白装束の女性がこちらに気がつき、駆け寄ってきた。身体に触れそうなギリギリのラインを攻めて、そのまま通り過ぎていく。おおすげぇ、プロだなこの人。


「ヒィッ⁉︎」


 桜宮先生が、喉の奥から悲鳴を上げる。口を噤んで、声を押し殺していたが、驚きのあまり俺に抱きついてきた。


 幽霊役の女性には一切ビビらなかったが、桜宮先生が抱きついてきた事に取り乱す俺。


 手を繋ぐことや腕を組む程度なら、平静を保てるけれど、抱きつかれるのは別だ。甘い果実のような良い香りが宙を漂い、鼻腔をくすぐってくる。


 柔らかい肌の感触が、特に胸のあたりに重点的に伝わってきた。


「さ、桜宮先生‥‥‥落ち着いてください。もう居なくなりましたから」


「ううっ、ほ、ほんとに? ほんとにいなくなった?」


 この人、実は小学生だったりしないだろうか。

 絶叫を謳うほど、ハイレベルなお化け屋敷ではないのに、このビビり方だ。声は上ずっていて、すでに涙目になっている。


 歳上なのに、頼りなさが半端ない。

 これだから、守ってあげたくなるのだろうけど。


「はい。だからその、離れてもらえると、助かるというか‥‥‥」


「あ、ご、ごめん。咄嗟のことでつい‥‥‥って、瀬川くん、顔赤くない?」


 誰のせいだと思ってんだ。


「そりゃ、いきなり抱きつかれて真顔でいられるほど、タフじゃないですから」


「なんかやっと瀬川くんの照れてるところ見れたかも」


 桜宮先生は、嬉しそうに頬を緩ませて、ぽりぽりと人差し指で頬を掻いた。


「なに勝ち誇った顔してるんですか。そう言う桜宮先生も大概顔赤いですからね」


「わ、私はもう顔赤いのがデフォルトみたいなとこあるし‥‥‥」


「だとしたら、早く病院行ったほうがいいですね」


「あ、すぐそうやって意地悪言う!」


「好きな子に意地悪したくなるのは、男の性みたいなものです。諦めてください」


「‥‥‥っ。いきなりデレるのずるい‥‥‥」


「これ、デレに入りますか」


「入る。絶対入る!」


 お化け屋敷の中だと言うのに、立ち止まった状態で会話を繰り広げる俺と桜宮先生。

 すると、背後から忍びよる影があった。また、仕掛けかと思ったが、振り返るとそこにいたのは白装束の女性。さっき、脅かしに来た人だ。


 躊躇い気味に首筋を掻きながら、小さく呟く。


「──あ、あの‥‥‥一応進んでもらえると助かります」


「「す、すみません!」」


 お化け役の従業員に注意され、俺と桜宮先生は声をハモらせて頭を下げる。

 いくら客足が少ないといえど、お化け屋敷で立ち止まるのはマナー違反もいいところだった。


 俺と桜宮先生はだくだくと冷や汗を蓄えると、前へと進んでいく。


 結果的にお化け役の従業員が声を掛けてくれたことで、恐怖が和らいだのか、当初に比べれば桜宮先生はだいぶ落ち着いた様子だった。

 俺にベッタリと密着はしてこない。けれど、まだ恐怖の残滓はあるのか、ぎゅっと左手を握ってきている。


「そういや、大丈夫なんですか足の方は」


「あ、うん。思ってたよりよくなってたみたい。まだちょっと痛むけど」


 足を挫いているみたいだが、俺という支えがあれば、歩くことは問題なさそうだ。


「そうですか、ならよかったです」


「お化け屋敷出たら、帰るね私」


「はい。すみませんお願いします」


「ううん。瀬川くんが謝る事じゃないよ」


 このまま一緒に遊園地を回ろうと誘えれば、格好もつくけれど、それは自己中が過ぎる。

 そもそも今日は篠塚さんに、遊園地に連れてきてもらっているのだ。これ以上桜宮先生と行動するわけにはいかない。


 桜宮先生には帰ってもらった方が、色々と都合がいい状況だった。


 桜宮先生と手を繋ぎながら歩いていくと、お墓に見立てたオブジェや、薄汚れた井戸など、恐怖心を煽るモノが次々登場する。

 その都度、桜宮先生はビクビクしていたので、見ているこっちは結構楽しかった。


 とはいえ、序盤に登場した白装束の女性以降、従業員がやってこない。なんだか、拍子抜けだな。

 子供向けって感じだ。だから、集客力が微妙なのだろうか。


「わっ」


「きゃっ、び、びっくりしたっ。いきなり脅かさないでよ瀬川くん!」


「恐怖をサービスしてあげようかと」


「悪質だ! そのサービス今すぐ廃止して!」


 唇を前に尖らせて、不服そうな表情で文句を垂れる桜宮先生。とはいえ、もう外の明かりがうっすらと見えている。


 このまま、終わりなのは物寂しいと思ったのだ。

 桜宮先生には、不評だったみたいだが。


 何はともあれ、血を模した赤い手形がベタベタと乱雑に貼り付けられた壁を抜けて、ゴールする。


「取り敢えず、無事終わってよかったですね」


「そ、そうだね。瀬川くんが意地悪するから、私はすごく怖かったけど」


「桜宮先生にからかい甲斐があるからいけないんですよ」


「責任転嫁にも程がある!」


 従業員に懐中電灯を返して、お化け屋敷を後にする。少しとはいえ、暗い場所にいたので、明るい景色に目が慣れていない。


 寝起きのようにぼやける眼をこすっていると、目の前に見覚えのあるシルエットを三人分発見した。

 その正体に気がついたときには、もう手遅れだった。


「やっほ、湊人みなと。そこに居たんだね、探しちゃったよ」


 まるで、俺がお化け屋敷に入っていることを事前に知っていたかのような立ち位置で、俺に声を掛けてくるポニーテールの女の子。


「し、篠塚さん‥‥‥っ」


「あれ、もう忘れたの? 水菜って呼んでよ」


「み、水菜さん」


「あはは、『さん』は要らないって。それで、湊人はさ‥‥‥」


 篠塚さんは、いつもと変わらない愛想のいい笑顔で、俺の左手を指さしてくる。明るい声のトーンで、俺の心臓を鷲掴みにする質問をしてきた。


「なんで、桜宮先生と一緒にいるの? その手、なに?」


 お化け屋敷から出たとはいえ、俺はまだ桜宮先生と手を繋いだまま。決定的な瞬間を目撃され、指摘される。


 慌てて手を離すが、もう手遅れだった。


「ど、どうしよう瀬川くん‥‥‥」


 俺にだけ聞こえる声量で、そっと呟く桜宮先生。

 しかし、それは俺も同じだった。


 ど、どうしよう‥‥‥。誰か、解決策教えてください‥‥‥。

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