お化け屋敷へ①
「こ、こちらこそ、お願いしましゅ」
「このタイミングで噛みますか」
「あっ、だ、だって緊張して……瀬川くんこそ、なんでそんな冷静でいられるの? 私ばっか緊張してる……一応先生なのに」
「いや、俺も大概緊張してますよ。表に出してないだけで」
さっきから心拍の上がり方が凄いし。気を張っていないと、俺も言葉を噛みそうだ。
しかし、桜宮先生はジトッと半開きの瞳で俺を恨めしそうに睨んでくる。
俺の緊張宣言を疑っているらしい。
「じゃ、こうしたらドキッとする?」
桜宮先生が、恋人繋ぎの要領で俺の左手を握ってくる。
「しますけど、仕掛けてきた方が照れてるので、こっちはかえって冷静になるというか」
「う‥‥‥それズルくない? 私勝ち目ないじゃん」
「勝ち負けの問題ですかねこれ。それに、照れてる桜宮先生は可愛いですよ」
「……っ、そ、そういうのズルい!」
「桜宮先生って、からかい甲斐がありますよね」
「むう。瀬川くんってSなの?」
「どっちでもないと思いますけど……どちらかといえば、そうなるのかな。嫌ですか?」
「ううん……嫌じゃないけど……むしろ、その方がいいっていうか……」
「そういう素直なところ、好きですよ」
「……っ。またそう言うこと言う!」
桜宮先生が赤くなった顔で怒ってくる。でも本気で怒っているわけではないのか、口の端は緩んでいた。
どうしよう。桜宮先生が、いつにも増して可愛い。初めて見た時から、美人だとは思っていたが、今はそれに更にフィルターがかかったみたいだった。恋人補正が半端じゃない。
と、ひとしきり周囲も気にせずイチャついていると、桜宮先生の表情が途端に曇り始めた。
「……て、てかさ瀬川くん。篠塚さんと遊園地来てたよね?」
「知ってたんですか。……というか尾行してました? 遊園地でバッタリ遭遇って都合良すぎますし」
「……わ、私はやめようって言ったんだよっ」
「尾行してたんですね」
「ごめんね……」
「まぁ、済んだことはいいです」
俺がそう言うと、ホッと安堵したように息を漏らす。一呼吸置いてから続けた。
「てっきり、瀬川くんは篠塚さんと付き合ってるんだって思ったんだけど……違うの?」
「違いますよ。カノジョと遊園地来てる傍で、桜宮先生の彼氏になる打診すると思いますか? そこまで気が狂った覚えはありません」
「そ、そうだけど……手とか繋いでたし、お昼ご飯だって……」
「ホントに尾行してたんですね」
尾行してないと得られない情報を開示され、俺は苦笑いをする。俺は生んでしまった誤解を解消するべく、事の経緯を話した。
「──というわけで、篠塚さんとは付き合ってませんよ」
「そう、なんだ」
「あ、てか、すみません。もう戻らないとっ」
ふと、俺の置かれた状況を思い出し、焦燥に駆られる。
今はトイレ休憩中。俺は飲み物を買いに、ここに来ただけだ。何分くらい経ったか分からないが、早いところ戻らないと心配させてしまう。
ベンチから立ち上がると、視界の隅で見覚えのある三名の女子(一人は幼女)の集団を発見した。恐らく、俺を探してくれているのだろう。
幸いにも目はあってないから、多分こっちには気が付いてない、はず。まだ結構距離あるし。
「……どうかしたの?」
俺が動揺しているのが分かったのか、桜宮先生が訊ねてくる。
「えっと付き合い始めでこんなこと言いたくないですけど、どっか消えてください桜宮先生」
「ホントに付き合い始めとは思えない発言だ! …………私、もう瀬川くんに捨てられるの……?」
「違いますよ。そういう意味で言ったんじゃないです。篠塚さん達が来てるんです。ここに桜宮先生がいると、ややこしいというか、とにかく後が面倒です」
先生と生徒の間柄だ。
表立って、付き合っていることを公表はできない。付き合い出したことを隠して、篠塚さん達と接するのも可能だが、妙な空気感が生まれて疑われる危険がある。
だから、桜宮先生とはここで一旦別れた方がいい。
特に、篠塚さんにバレるとマズイからな。
篠塚さん派生で、学校全体に伝わる可能性を否定できない。……まぁ、篠塚さんは噂を流すような人ではないけど。でもやっぱり、バレるリスクを背負うべきではない。
しかし、桜宮先生はいつまで経ってもベンチから立ち上がろうとしなかった。
「ご、ごめん瀬川くん……」
「え?」
「実は私、足挫いてて……だから、その……」
「ま、マジですか……」
ここにきて衝撃の事実だった。
だから桜宮先生は、ベンチに座ってたのか。帰らずに遊園地に残っていた理由が今解消した。
「結構休憩したからだいぶ良くなったけど、一人で歩くのはまだ辛いかも……」
じんわりと汗を流すと、俺は周囲に目を配らせる。すぐ近くにお化け屋敷があることに気がついた。
しかも待ち時間は0分。行けばすぐに入ることができる。
「掴まってください」
「え?」
「一旦、お化け屋敷に行きましょう」
俺は桜宮先生にそう提案する。手を差し出して、立ち上がるのを手伝うと、早速歩を進めた。
これからどうするかは、お化け屋敷に入ってから考えるとしよう。
〜〜〜
【綾瀬楓】
シィちゃんが発端でトイ──お花摘みに行ってきたあたし達は、現在、絶賛みーくんを探していた。
待ち合わせ場所にしておいたベンチのところに、みーくんの姿がなかったのだ。電話やメッセージを送っても返事がない。
どこをほっつき歩いているのかは分からないので、当てもなく探していた。あたしとシィちゃん、水菜ちゃんの二手に分かれて捜索している。
ふと、物陰で足を止めて呆然としている水菜ちゃんを発見した。その様子を不思議に思ったあたしが、みーくんの行方を訊ねる。
「あ、水菜ちゃん。みーくん居た?」
「……話が違う」
「え?」
あたしの質問には答えず、ボソリと呟く水菜ちゃん。あたしの声が届いていないみたいだった。
あたしも一緒になって物陰から、水菜ちゃんの視線の先を見やる。と、そこではみーくんと由美ねえが人目も憚らず、手を握ってベンチに座っている姿があった。
由美ねえの方は顔が真っ赤だ。それだけで、ある程度状況は理解できた。
けど、あたしは動揺をする以前に、水菜ちゃんの様子が気にかかって仕方がない。
ハイライトの消えた暗く沈んだ瞳で、親指の爪を歯軋りを立てながら噛んでいる。負のオーラが痛いほど感じ取れた。
貧乏ゆすりする仕草も相まって、少し怖い。
笑顔を絶やさず、明るいイメージが初対面の時からあったから、この変貌についていけなかった。
あたしが唖然としていると、
「……シイナは"しりあす"なのはにがてです」
あたしの手を握っているシィちゃんが、ボソリと呟く。この子はこの子で、何を言っているのだろう。そう思うあたしだった。
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