遊園地デート⑥

「はい、あーん」

「あっ、次はあたしでしょ。順番守ってよ。ほら、みーくんこっち」


「いや、そろそろ限界なんだが……」


 まぁ、予想が付いていたかと思うが、俺はどちらも選ばないという選択を取った。

 その結果、俺の両隣に篠塚さんと楓が座り、弁当の中身を俺の口元へと運んでいる。


 次から次へと、わんこそばみたいなペースで食べ物がやってくるので、俺の胃袋は既に限界が近い。


 傍から見たら、さぞ羨ましい光景だろう。

 篠塚さんは、校内一の美少女だし、楓も中学生にしては垢抜けていて可愛い部類だ。そんな女の子たちに、ご飯を食べさせてもらっているのだから、妬まれて仕方がない。


 だが、実際に体感している側の意見としては、厳しいモノがあった。

 純粋に「あーん」して食べさせてもらうことへの照れくささや恥ずかしさもさることながら、通行人の「なんだあれ」という視線が針のように刺さってきて痛い。

 その上、胃袋的な問題まで発生してくる。


 俺がどうやってこの状況を乗り越えるか必死に考える中、目をキラキラと輝かせ屈託のない笑みを浮かべたシィちゃんが口を開いた。


「いまのミナトにい、すごくおんなのてきってかんじですっ。ひとりにしぼらない、ゆーじゅーふだんなところは、もはやあっぱれです!」


 なんかめっちゃ俺の胸、抉られた気がするんだけど……。

 シィちゃん口悪くない? いや気のせいかな……気のせいだよね? 


「あはは、女の敵だって。瀬川くん」


「笑い事じゃない……」


「まぁ、どっちか選ばないんだとはわたしも思ったけど」


「ご、ごめんなさい」


「あ、責めてるわけじゃないよ。そこが瀬川くんの良いとこだと思うし」


「篠塚さん……っ」


 優しいな篠塚さん。

 愛想良く笑みを絶やさず、俺のことを否定しないでくれる。


 非の打ち所が見当たらない。可愛くて性格のいい人って実在するんだな。


 俺が軽く感動を覚えていると、左隣にいる楓が仏頂面を浮かべていた。


「水菜ちゃん、みーくんの好感度稼ごうと思ってるでしょ?」


「え? や、そんなつもりじゃ……あ、というか、楓ちゃんのそのみーくんって呼び方可愛いよね。わたしも瀬川くんのこと、みーくんって呼ぼうかな」


「……っ、ダメ! それはあたしだけの特権だから。特許だから! 真似するのはダメだからね!?」


「そ、そうなんだ。……じゃ、湊人くんならいいのかな?」


 篠塚さんが、チラリとこちらに視線を向けると俺の名前を呼んできた。

 突然、名前を呼ばれる展開に、俺はドキリと心臓を跳ねる。


「い、いや、いやいや何いきなりみーくんのこと名前で呼んでるの? だ、ダメだからねそんなの!」


 俺が名前を呼ばれて普通に照れてしまう中、楓が仄かに頬を赤らめて叫ぶ。

 と、篠塚さんは小首をかしげて、茶色がかった瞳を向けてきた。


「名前で呼んだらダメなの?」


「い、いやダメってことはないけど」


「そっか。じゃ、これから湊人くんって呼ぶね。……あ、やっぱ湊人って呼び捨てにしてい?」


「構いませんが」


「なんで敬語なの? 変なの。あ、わたしのことも呼び捨てにしてよ」


「え、俺もか?」


「ダメかな。高一の時から一緒だし、そろそろ名前で呼び合ってもいいんじゃないかって思うんだけど」


「じゃ、じゃあ……えと、み、水菜みずな


「……っ、あはっ、言われる方は結構照れるね」


 篠塚さんは、頬に朱を差し込むと、照れ隠しをするように頬を人差し指で掻いていた。俺も俺で、同級生の女子を名前で呼ぶことには慣れていないので、こそばゆくなってしまう。


 そこはかとなく居たたまれない空気が充満する。と、俺と篠塚さんの会話を横で聞いていた楓が、行動を起こす。


 突然、俺の口の中に加工肉の塊をねじ込んできた。


「喰らえ。ミートボール!」


「うぐぅはッ!?」


 なんで技名を叫ぶ感じで、俺の口の中にミートボール入れてきてるんだコイツは……。ミートボールが気管に入り、むせ込みそうになると、篠塚さんが「大丈夫?」と背中をさすってくれた。


「ふんっ、みーくんが悪いんだからね」


「い、いや、今の俺悪いところあった?」


 楓は不満げに鼻を鳴らして視線を逸らすと、すっくと立ち上がる。


「ほら、もう昼食は終わりでいいでしょ。なにかアトラクション乗ろうよ」


「あ、あぁそうだな。そうしようか」


 胃袋的にもう限界だったので、楓の提案はありがたかった。俺が楓の意見に真っ先に同意すると、篠塚さんは弁当箱をバッグの中にしまった。

 俺の右手を握りながらベンチから腰を上げると、篠塚さんが小首を傾げて切り出す。


「なに乗る?」


「んー……それ考える前に、まずみーくんから手を離してよ水菜ちゃん」


「あー、まだジェットコースターの余韻が」


「まだそれで貫き通す気なんだ。はぁ、じゃあはい。あたしが手を握ってあげる。それなら問題ないでしょ」


「……っ。も、問題ないよ。じゃあそうしてもらおうかな」


 楓が右手を差し出す。

 篠塚さんは若干頬をヒクつかせながら俺から手を離すと、楓の手を握った。


「……いっ。痛いんだけど」


「あ、ごめんね楓ちゃん。わたし力加減が下手みたい。やっぱり湊人に手握ってもらってた方がいいかな?」


「だ、大丈夫大丈夫。よく考えたら全然痛くないし」


「……いっ。か、楓ちゃん? 仕返しのつもりかな?」


「何のこと言ってるかわかんない。それよりほら、次どこ行くか決めよーよ」


「そ、そーだね」


 楓と篠塚さんはお互いに、ぎこちない笑みを浮かべながら、がっしりと手を握り合う。


 その光景を、困惑気味に眺めていると、いつの間にか俺の隣に来ていたシィちゃんが、俺にだけ聞こえる声量で口を開いた。


「ミナトにいはシイナのてをつないでください」


「え? ああおう」


 差し出された小さい左手を、優しく握り返す。

 シィちゃんは、口角を緩めて破顔すると、語りかけるように告げた。


「じつは、ユミねえもこのゆーえんちにきていますよ」


「へ? 桜宮先生も来てるって……どこに……?」


 ちらほらと周囲に目を配らせてみるが、桜宮先生らしき人影は見当たらない。


「もしみつけたら、こえをかけてあげるといいとシイナはおもいます」


「いやどういうことだよ? 一緒に来たって事?」


「そんなかんじです。おそらく”ぼっち”しているので、ミナトにいがあらわれたらよろこぶとおもいます」


「一緒に来たんだよな? でも、今は別行動しててボッチしてる……? 桜宮先生の行動が理解できないんだけど」


 言うなれば、シィちゃんや楓の保護者的ポジションで遊園地に来たって事だよな? 

 それなのに、その役割を放棄して、単独行動しているのか? なんだそれ。


 俺が当惑している中、楓がこっちに振り返ってくる。


「ほらみーくん、シィちゃん行くよ」


 心の中にモヤつかせながらも、シィちゃんの手を引きながら楓の手招きする方へと、歩を進めるのだった。

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