遊園地デート⑤

 篠塚さんが、シィちゃんにトランプマジックを披露する中、俺の右隣に座った楓が、ジッと俺の目を覗き込むように見つめてきた。


「あのさ、みーくん」


「なんだよ?」


「みーくんって、篠塚さんのこと好きなの?」


「ブフッ、ごほ、こほっ! な、なんだよいきなり!」


 ド直球な質問に、思わず咳き込んでしまう。幸いにも、シィちゃんにマジックを見せることで気を取られているのか、篠塚さんの耳には届いていないみたいだが。


 篠塚さんがすぐ目の前にいるのに、その質問は心臓に悪いのでやめてほしいところだ。


「どうなの? 沈黙はイエスってことにするけど」


 俺はちらりと篠塚さんを見やる。依然としてマジックに集中しているし、シィちゃんの感嘆の声が幾度となく上がっている。

 この分なら、よほど大きな声を出さない限り、聞かれることはないだろう。


「見りゃわかるだろ。俺と篠塚さんじゃつり合いが取れてない」


「そんなこと聞いてない。みーくんの気持ちを聞いてるの。大体、みーくん自己評価低いだけで結構か、カッコ……カッコいいから」


「お、おお……ありがと」


「ふんっ、あたしは事実を言っただけなんだからね」


 楓が珍しく素直に褒めてきたので、俺はつい照れてしまう。

 と、楓がむすくれた表情のまま続けた。


「で、どうなの? 教えてよ」


「いや、どうって言われてもな。答えようがないというか」


「優柔不断っていうか、ハッキリしないよねみーくんって。流されるがまま生きてるって感じ」


「うぐっ、痛いところ突くなお前……」


 それは紛れもない事実だった。

 俺は流されるがまま、生きている節がある。


 それは自分でも自覚していたところだ。が、他人から言われると、なかなか胸に刺さるものがある。


「ま、それがみーくんだしね。今更文句言ってもしかたないか。‥‥‥よっと」


 俺が精神的ダメージを負っていると、楓は掛け声とともにベンチから立ち上がる。シィちゃんのもとへと向かった。


「ほら行くよ。これ以上邪魔するわけにいかないし」


「あ、おねえちゃんっ」


 シィちゃんの手を引いて、この場から立ち去ろうとする楓。

 と、篠塚さんが声を上げた。


「あ、楓ちゃんとシィちゃんさえよければ、一緒に行動しようよ。みんな一緒のほうが楽しいでしょ? だよね、瀬川くん」


 俺に視線を向けて、同意を求めてくる。

 篠塚さんから、その提案をもらえるとは思っていなかった。


 いくら人当たりのいい篠塚さんといえど、初対面の相手と一緒に遊園地は辛いと勝手に考えていた。

 だから、俺からは言い出せなかったが、篠塚さんがそう言ってくれるなら、別だ。


「ああ、俺もそう思ってた」


 どうやら、楓とシィちゃんの二人きりで遊園地に来たみたいだし、このまま二人だけで行動させるのは不安が残る。中学生と幼稚園児だしな。


「だ、そうですよ。おねえちゃん」


 シィちゃんは、首を上げて楓に視線を向ける。


 楓はぱちぱちと瞼を瞬かせたあとで、篠塚さんを見つめる。


「い、良い人だ……水菜ちゃんって呼んでいいですかっ?」


「もちろん! あ、あと敬語も使わなくていいよ」


「うん水菜ちゃん!」


 いや、チョロいな楓……。


 若干、篠塚さんに対して距離を置いてる印象があったが、すでに打ち解けようとする雰囲気がある。

 桜宮先生の時もそうだったが、楓の攻略簡単すぎないだろうか。


 将来が心配だな。変な男に引っかからないといいが……。


 俺が楓の将来を憂いていると、ふと思い出したように篠塚さんが声を上げる。


「あ、そうだ。まだお昼の途中だったんだ。ごめんね瀬川くん。ずっとお弁当持たせたままで」


「ああ、大丈夫」


 元はといえば、シィちゃんが乱入してきたことが原因で、昼食が一時中断になったわけだしな。篠塚さんが謝ることではない。


 篠塚さんは俺の右隣に腰を下ろすと、そっと右手を握ってくる。素早く箸を手に持つと、弁当の中から一切れのハンバーグを掴んで俺の口元に運んできた。


「じゃ、はい、あーん」


「え、まだそれやるの……?」


 楓やシィちゃんがいる手前、それをやられるのは困る。

 だが、篠塚さんは一切気にしていない様子で。


「だってジェットコースターの震えがまだ止まらなくて」


「さっきまでシィちゃんにマジック披露してた気がするんだけど」


 俺の近くに来ると、ジェットコースターの恐怖が再来するシステムなのだろうか。


 俺が困惑していると、シィちゃんが楓の服の袖を引っ張って何か言っていた。この距離からだと、よく聞こえないな。


「たいへんですおねえちゃん。ミズナねえ、ミナトにいのこと、オトしにかかってます。かわいくて、ミナトにいとおないどしで、まじっくもできて、せっきょくてき、……はっきりいって、おねえちゃんやユミねえの”じょういごかん”です」


「じょ、上位互換……っ」


 シィちゃんから何か言われた楓は、青ざめた表情で、ごくりと生唾を飲み込んでいた。


 と、目の前にあるハンバーグが目に入る。このまま、放置しておくわけにもいかないので、恐る恐る口を開けた。


「美味しい?」


「あ、あぁはい。美味しいです」


「なんで敬語なの。瀬川くん」


「い、いや別に他意はないけど」


 俺がみるみる顔を赤くしていると、目の前に人影が差し込んだ。見上げれば、楓がすぐ目の前に来ている。


「み、水菜ちゃん。みーくんはこう見えてちゃんと箸使えるからね。食べさせてあげる必要ないよ」


 こう見えてって、どう見ても箸使える側の人間だろ俺。純血の日本人だぞ。

 胸の内でツッコミを入れる中、篠塚さんは照れ臭そうに笑いながら。


「実は、ちょっと事情があって──。── だから、わたしが瀬川くんにお弁当食べさせてあげてるんだよ」


 そう切り出して、事の経緯を話す篠塚さん。納得がいったのか、楓はぽんと手をつく。


「なるほどそういうこ……いやおかしくない⁉ 設定に無理がありすぎる!」


「あはは‥‥‥そう言われてもな。事実だし」


「だ、だったらあたしが、みーくんに弁当食べさせてあげる。そのほうが効率いいでしょ。水菜ちゃんは自分で食べれるわけだし」


「大丈夫だよ。わたしが責任もってやるから」


「あたしがやるって言ってるよね。それが最適解なのわからないかな」


「ううん。これはわたしが蒔いたタネなんだから、わたしに任せてくれないかな」


 仲良くなる兆しが見えたばっかりなのに、なんでちょっと一触即発みたいな空気になってるんだ? 


 この展開に戸惑っていると、シィちゃんが悪い顔をしていることに気が付いた。あのにやけ顔は絶対ロクでもないことを考えている。


 だが、俺が行動を抑止するよりも先に、シィちゃんが口を開いて切り出してしまった。


「ミナトにいが、どっちにたべさせてもらいたいかをきめればいいと、シイナは思います」


「し、シィちゃん⁉」


「あ、じゃあそうしよっか楓ちゃん」 


「うん。まぁそれならいいけど」


 シィちゃんの提案によって、俺に選択権がゆだねられた。この幼女、あとで覚えとけよな……。



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