遊園地デート④

「あ、あーん」


 火葬されているのかと錯覚を覚えるくらい、体温を上昇させながら、篠塚さんにポテトサラダを食べさせてもらっている時だった。


 見覚えのある幼女が、視界の片隅に映り込んだ。

 黒髪ショートカットで、右側頭部に赤いリボンをつけている。


 見間違いかと思って、まぶたを左手で擦ってみたりしたが‥‥‥やはり、居た。見間違いではない。


 とてとてと小さい身体で、一直線にこちらへと向かってきている。

 目を疑う光景に、ただただ唖然としていると、


「ミナトにい」


 彼女──綾瀬椎名こと、俺の従姉妹であるシィちゃんは、俺の名前を呼んできた。


 他人の空似という可能性は早くも消えた。この幼女は間違いなく俺の従姉妹だ。


「な、なんでいるの? どうやって‥‥‥てか何で一人なの?」


 湯水のように疑問が次から次へと湧いて出てきた。


 どうやってここにきたのか、誰と来たのか、どうして今は一人なのか、疑問点が多すぎて何から解消すればいいかわからない。


 俺が当惑する中、シィちゃんは珍しくムスッとした表情を浮かべて、腰に両手を置いた。


「ミナトにい。シイナというものがありながら、うわきとは、いいどきょーですね」


「え、えっと何言ってるの?」


「えっ、この子、瀬川くんのカノジョなの⁉︎」


 篠塚さんが天然を発動しているので、まずはその誤解から解くことにした。


「違うよ、従姉妹。こんな小さい子が俺のカノジョだったら事案だからな」


「あ、そ、そうだよね。あはは」


 篠塚さんが苦笑いを浮かべる中、シィちゃんは人差し指を立てて、振り子の要領で左右に動かす。


「ちっちっち、いとこでも、けっこんできるんですよ」


「それはそうだけど‥‥‥って、おままごとか? それならちょっと今はタイミング悪いな」


「それはそのひとが、ミナトにいのカノジョだからですか?」


 シィちゃんが半開きの目でジーッと見つめてくる。思えば、今の俺と篠塚さんはカップルと見間違われても仕方のないことをしていた。


 手を繋ぎながら、「あーん」して弁当を食べさせてもらっているしな。だが、付き合っているわけではない。


「違うよ。この人は俺のクラスメイト」


「ほんとーですか?」


 訝しむような眼差しを向けてくるシィちゃん。


 誤解を解くのに骨が折れそうだなと辟易としていると、篠塚さんが俺から手を離して、ベンチから立ち上がる。膝を折って、シィちゃんと目線を合わせた。


「うんそうだよ。付き合ってないから安心して。わたし、篠塚水菜みずな。えっと、シイナちゃんでいいのかな」


「はい。シイナはシイナです。みんなからは、シィちゃんってよばれてます」


「そっか。ここには一人で来たの?」


「ひみつです」


「ひみつかぁ。あ、その頭に付いてるリボン可愛いね。ちょっと貸して」


「これですか? いいですよ」


 篠塚さんは、シィちゃんの右側頭部についている赤いリボンを指さす。


「ありがと。このリボンちゃんと見ててね」


「? はい、りょーかいです」


 赤いリボンを受け取ると、両手で包み込むようにして握りしめる篠塚さん。

 五秒ほどたっぷり時間を取ると、ぱっと開いて見せた。


「……っ、あれ、シイナのリボンが消えてます。なんでですかっ」


「不思議だね。シィちゃんが誰と遊園地に来たのか教えてくれたら、タネ明かししようかな?」


 すごい手際だな。指と指の隙間に、リボンを隠し持ち、シィちゃんが驚いている隙に、服の袖の中にリボンを隠している。


 客観的に見ている分には、タネを見抜くのは容易だが、目の前でやられたら驚くだろう。特に、年端もいかない子供なら尚更。


 シィちゃんは目をパチパチさせると、


「どろぼーですよ。かえしてください! けーさつにうったえてやります」


「え!? ご、ごめんそんなつもりじゃなかったんだけど。は、はいこれ!」


 篠塚さんは、慌てて服の中からリボンと取り出すと、シィちゃんの手元に返す。


「ばつとして、シイナにほかの『まじっく』もみせてください」


「あ、うん。それはいいんだけど……」


 篠塚さんが、チラリと視線をこちらに寄越してくる。

 俺はシィちゃんの目を見ると、切り出した。


「マジックより先に説明してシィちゃん。誰とここに来たの? 一人でここに来たわけじゃないんだろ」


「あたしとだよ。ほらシィちゃん、邪魔しちゃダメって言ったでしょ」


 シィちゃんに向けての質問だったが、別のところから声が飛んできた。

 声のした先を見れば、黒髪ツインテールが映り込む。彼女は複雑そうな表情を浮かべつつ、シィちゃんの手を取ると、自分の方へと引き寄せた。


「楓、なんでここにいるんだよ?」


「あ、遊びに来ただけ。偶然だよ偶然。みーくんは関係ないから。じゃ、邪魔してごめんね、せっかくのデート中なのに」


「ちがいますよおねえちゃん。やっぱりつきあってませんでした」


「えっ、そうなの!?」


 大きく目を見開いて、全身で驚きを表現する楓。

 と、登場人物が増えたことで、状況についていけていない篠塚さんが声を上げた。


「あ、えと、文化祭で会ったよね。確か」


「え? あぁ、そういえば、みーくんに声掛けてきた人‥‥‥」


 すっかり忘れていたが、篠塚さんと楓は、文化祭で接触している。取り敢えず、篠塚さんの脳内を整理するために、楓のことを紹介するとしよう。


「従姉妹の楓だ。シィちゃんの姉で、今は中学生」


「そうなんだ。えっと、わたし、篠塚水菜。瀬川くんのクラスメイトです」


 篠塚さんは楓に向き直ると、自己紹介を始める。

 と、楓は楓で、ぺこりと頭を下げた。


「ご、ご丁寧にどーも。篠塚さん」


「水菜で大丈夫だよ。みーちゃんって呼ばれることも多いかな」


「それは嫌です。なんかみーくんと似てて、複雑な気持ちになります」


「……そ、そっか」


 別に俺の呼び方と似てても問題ないと思うが、楓なりに思うところがあるらしい。


 篠塚さんが、楓の素っ気ない態度に当惑する中、シィちゃんは純真無垢な瞳を爛々と輝かせると、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


「ミズナねえ。はやくまじっくをみせてください。シイナ、ぜったいにたねをみやぶってやりますっ」


「あ、うん。でもシィちゃんに見破れるかな?」


「シイナをみくびらないでください。ミズナねえにほえづらかかせてあげます」


「わ、難しい言葉知ってるね。泣かされないよう頑張らなきゃ、じゃ、そうだなまずは──」


 シィちゃんの語彙力に驚嘆しつつ、篠塚さんがお願いされるがまま、マジックを披露する。


 その光景を眺めていると、楓が俺の隣に腰を下ろしてきた。さっきまで篠塚さんが座っていたところだ。


「あのさ、みーくん」


 楓は神妙な面持ちで俺を見つめると、普段よりも落ち着いた声色で俺の名前を呼んできた。







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