遊園地デート③
時刻は十二時を少し過ぎた頃。
体力的にはまだ全然だが、空腹を覚え始めてきた。
依然として、ジェットコースターの恐怖が抜け切らないらしい篠塚さんは、俺と手を繋いだ状態を維持している。
傍から見たらカップルだな。‥‥‥まぁ、釣り合いが取れてないけれど。
「そろそろお昼にしよっか」
ちょうど俺も昼食を提案しようとしたところで、篠塚さんが切り出してきた。
「そうだな。でもどこがいいかな? この時間だと、大体混んでそうだけど」
チラホラと周囲の飲食店に目を配った感じ、どこもかしこも混んでいる。
ファーストフード系なら、すぐに食べれそうだが。
「あ、じ、実は‥‥‥お弁当作ってきたんだっ」
「え?」
俺がこれからの行き先を考えていると、篠塚さんが照れ臭そうにバッグの中身を見せてきた。
中を覗くと、確かにお弁当らしき箱がある。
「そうなんだ。わざわざ、ありがと」
「ご、ごめん、迷惑だったかな?」
俺が冷静な態度を心掛けていると、変な誤解を生んだらしい。難しい顔でもしていたのだろうか。
慌てて首を横に振って、誤解を解きにいく。
「め、迷惑なんかじゃない。‥‥‥その、すげえ嬉しい」
「ホント? よかったっ。じゃ、あそこのベンチで食べよっか」
篠塚さんに左手を引かれるがまま、ベンチに移動する。と、篠塚さんは一度俺から手を離した。
バッグの中から弁当を取り出すと、俺の
ベンチに座るなり、再び俺の手を握ってくる篠塚さん。
だが、さっきまでと違い、今度は右手を握られている。
「えっと、今、手を繋がれると、お弁当食べられないんたけど。俺、右利きだし」
「あ、そうだよね。でも、まだちょっとジェットコースターの余韻が‥‥‥」
「余韻すごいな。そんなに苦手だったんだ。‥‥‥ごめん、乗る前に気が付けなくて」
「う、ううん! 瀬川くんは悪くないよ。昔乗れなかったから、高校生になった今なら大丈夫かなって、調子乗っただけだし!」
いつになく首をブルブル横に振る篠塚さん。
俺が責任を感じないよう、気を遣ってくれているのかな。
「でもこのままじゃ‥‥‥」
ともあれ、このまま右手を握られていては、昼食にありつけない。
左手で箸を使えるほど器用じゃないしな。どうするべきかと逡巡していると、躊躇い気味に篠塚さんが口を開く、
「え、えっとさ、‥‥‥じゃあ、瀬川くんは左手で弁当箱支えておいてくれる?」
「え、ああ」
言われるがまま左手で弁当箱を支える。と、篠塚さんは右手で箸を持って、唐揚げを掬い取った。
「はい。あ、あーん」
「え、ちょ、それは流石に‥‥‥」
「でもこれなら解決だよ」
「解決、ではない気がするけど」
篠塚さんが俺の口元に唐揚げを運んでくる。
確かに、これなら弁当を食べることができる‥‥‥けど、いいのか? 付き合ってるわけでもないのに。
とはいえ、篠塚さんに唐揚げを持たせたまま、放置するわけにもいかない。
俺は覚悟を決めると、パクリと唐揚げを口にする。多分美味しいはずなのだが、緊張やら何やらと色々な感情が混じっているせいで、味覚が正常に機能しなかった。
今の俺、一体どんな顔しているだろうか。変な顔してないといいけど。
〜〜〜
【綾瀬楓】
「――ゃん‥‥‥えちゃん、おねえちゃん! きをたしかにもってください!」
あたしは、ユサユサと身体を揺らされるのを感じながら、ポカンと口を開けて放心状態に陥っていた。
もうダメ──もうダメだ。疑う余地もなく、あそこにいるのは一組のカップルだった。
お昼ご飯に弁当箱持参で、その上、それを「あーん」して食べさせている時点で、恋人以外の何者でもない。あれで、付き合ってなかったら、どうかしている。
由美ねえの時みたく、婚約者のフリをお願いされている、みたいなパターンも期待できなそうだ。
みーくん、めっちゃデレデレしてるし。普段、あんまり感情を表に出さないのに、今に至っては顔真っ赤だし。‥‥‥あぅ、ポッと出のヒロインに、みーくんを奪い取られた。
あたしなんて、八歳の時から、片想いしているのに。不遇すぎるでしょ、あたし。
‥‥‥いやまぁ、直接的な行動を起こしてない時点で、あたしに文句を言う権利ないんだけどさ。
「あたし、もう帰る‥‥‥」
みーくんにカノジョが出来た事実から、逃げるべく、あたしは踵を返す。
あたしに出来ることはもう何もない。
邪魔をしたところで、みーくんに嫌われるだけだし、嫌われるくらいなら黙って帰った方がいい‥‥‥てか、ホント何しに来たんだろあたし。
ただ尾行して、みーくんにカノジョがいること知って、勝手に絶望している。滑稽すぎる。
と自分の行動に呆れて返っていると、クイッと、服の袖を引っ張られた。
「シイナのよみがただしければ、まだつきあってないとおもいますよ。あきらめるのはまだはやいです」
「は? いやどう見ても付き合ってるでしょ。じゃなきゃ、あんなことしない!」
「じゃあシイナが、かくにんしてきます」
「え、ちょ、シィちゃん⁉︎」
グッと両手を握りしめて、やる気を見せる妹。
あたしは慌てて引き止める。何しようとしてるんだ、この幼女は。
「確認って、直接声に掛けるのは絶対ダメでしょ」
「だいじょーぶです、うまくやります」
「どこから来るのその自信‥‥‥由美ねえもなんとか言ってあげて」
後方にいる由美ねえに、援護射撃を求める。
が、しかし、そこに居たのはあたし以上にガックリと肩を落として、項垂れている三十路女性だった。
「‥‥‥や、やっぱりカノジョいるんじゃん。‥‥‥文化祭で告白してきたくせに、私のために色々尽くしてくれたくせに‥‥‥そりゃ、私は三十路だし、先生だし、魅力ないかもだけど。でも、文句言いつつも、色々私のために頑張ってくれてたし、実は結構脈アリなのかなって思っちゃうじゃん。‥‥‥勘違い、しちゃうじゃん」
「ゆ‥‥‥由美ねえ?」
壁に向かって、由美ねえはグーパンを何度も繰り返していた。
幸いにも力はほとんど入っていないから、壁にも、由美ねえにもダメージはないだろうけど、傍から見ていると、狂気の沙汰だった。
「まぁ元はといえば、私が全部悪いんだけどね。勝手に面倒ごと押し付けて、迷惑かけて、勝手に好きになっちゃってさ‥‥‥。三十路のおばさんなんか、普通相手にしないよね‥‥‥。バカだな私」
「ゆ、由美ねえ、さっきから誰に話してるの?」
「え、楓ちゃんには見えないの? ここにいるじゃん、二十歳くらいのシスターさんが」
「げ、幻覚見てる‥‥‥⁉︎」
あたしより重症だった。
シスターさんが遊園地にいるわけない。
一応周囲を確認してみるけど、やっぱり他に誰もいなかった。由美ねえ、一回脳外科あたりに診てもらった方がいい気がする。
「私、婚活してくる‥‥‥」
由美ねえは、ひとしきり壁に向かってブツブツ言い残すと、どんよりと重たい空気を纏いながら踵を返した。
「婚活って」
「もう瀬川くんに迷惑掛けられないしね。それに、これ以上尾行してたら、ちょっと精神的に持ちそうにないし」
「由美ねえ‥‥‥」
トボトボと重たい足取りで歩く由美ねえを、これ以上引き止めることができなかった。
悪いことしちゃったな‥‥‥。みーくんにカノジョがいる事を知りたくなかったから、由美ねえは尾行を止めようと再三に渡って言っていたのかもしれない。
そう考えると、ふつふつと罪悪感が募ってくる。
「シイナ、いってきます」
あたしが由美ねえの後ろ姿を見送っていると、シィちゃんからのやる気に満ちた声が飛んでくる。
「え?」とあたしが振り返る頃には、みーくん達の方へと足を運んでいた。
「あ、し、シィちゃん!」
引き止めようにも、駆け足で進んでいくシィちゃんに追いつけない。
ここであたしが深追いすると、あたしまでみーくん達の前に行くことになる。それは絶対に避けたい。
「ど、どうしよう‥‥‥」
物陰から静観するしか、今のあたしには出来なかった。
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