遊園地デート②

「‥‥‥えっと、大丈夫?」


「だ、大丈夫大丈夫‥‥‥余裕余裕。わたし、絶叫系、超得意」


「カタコトっぽくなってるけど」


 入園時間になり、チケットを使って中に入った俺たちは、初めにジェットコースターに乗ることにした。‥‥‥のだが。


 篠塚さんは、誰の目にもわかるほど大量の汗をかき、歯をガタガタ言わせていた。しかし、既に安全バーは下りているため、もう後には引けない。


 程なくして、スタッフの人の「行ってらっしゃい」の声と共に、列車がレーンの上を滑り始める。


 いきなり速度が上がることはなく、角度のある傾斜をゆっくりと登っていく。カタカタと列車が揺れる音がする中、篠塚さんは涙を目に蓄えていた。


「逝ってらっしゃいだって、わたしたち、死ぬのかな‥‥‥」


「行ってらっしゃい、だからな。ちゃんと安全確認はしているから心配しなくて大丈夫だよ」


「で、でもでも、ああ、どんどん高くなってきた!」


 徐々に高度を上げていき、視点が高くなっていく。

 篠塚さんは安全バーを力強く握りしめて、身体を縮こまらせた。


 絶叫系苦手ならもっと早く気がついてあげるべきだったな。失敗した。


 ‥‥‥と反省していると、ふと俺は花村先生から受けたデートの極意を思い出す。


 本来なら、会ってすぐ言うべきことだったが、篠塚さんが俺より早く待ち合わせ場所に来ていた衝撃で失念していた。


 まだ最高点に到達するまで時間があるし、今のうちに言っておくか。


「‥‥‥そういえば」


「ど、どうしたの? 瀬川くん」


「今日の篠塚さん、その、なんというか、服似合ってる‥‥‥と思う」


「それ今言うの⁉︎ 嬉しいけど、言うタイミング絶対違うよ! 嬉しさと恐怖で、わたし今どんな顔してるかわかんないや⁉︎」


「確かに、今の篠塚さん変な顔してる」


「変な顔⁉︎ 瀬川くんが急に褒めたりするからだよ! もう!」


 篠塚さんはペタペタ自分の顔を触りながら、恨めしそうに俺を睨んでくる。俺はクスクスと微笑みながら。


「冗談。いつも通り可愛──いつも通りだよ。変な顔なんかしてないから安心して」


 篠塚さんは、アイドル顔負けの容姿だ。

 竹下通りでも歩けば、すぐにスカウトの声がかかるだろう。そんな彼女がどんな表情を浮かべたところで、変な顔にはならない。


 と、篠塚さんが真っ赤な顔でボーッと俺を見ていることに気がついた。



「今、可愛いって言おうとした?」



「いや、言ってない」


「言った。言ったよ絶対」


「途中で言うのやめたからセーフだ」


「なにその理論! 最後まで言ってくれてもいいじゃん!」


「それを言ったら負けな気がしてて」


「なにに負けるの⁉︎」


 篠塚さんは可愛い。それは紛うことなき事実だ。

 だが、それを直接伝えるのはいささか憚られる。口説いてるみたいな気がするし、シンプルに恥ずかしい気持ちが強い。服を褒めるのとはレベルが違う。


「‥‥‥あ、てかほら、もうそろそろ急降下の時間だぞ。集中しないと」


「瀬川くんのせいで、わたしの思考もうメチャクチャだよっ。集中なんかできません!」


 篠塚さんは目の色を変え、下唇を甘めに噛む。プルプルと小刻みに身体を震えさせると、安全バーを掴んでいた右手をそっと俺の方に差し出してきた。


「‥‥‥手、握ってもらってもいいかなっ」


「え?」


「わたしの集中乱した罰。先に言っとくけど、断る権利ないからね?」


「あ、おお」


 差し出された右手を、左手で握り返す。ギュッと力強く握られ、冷たい柔らかい手の感触に支配される。


 男の手とは違う、細くて華奢だ。その気になれば、ポキって折れてしまいそうな錯覚を覚える。


 篠塚さんと手を繋ぐことは、罰でも何でもない。それどころかご褒美と捉えられるレベルだろう。


 俺はジェットコースターとは、全く別のところで心拍を急激に上昇させながら。


「ヒィッ⁉︎」


 急勾配を駆け抜ける列車の中、高い声色の悲鳴を真横で聞きながら、強烈な風を浴びたのだった。





「ぜぇ‥‥‥ぜぇ‥‥‥い、生きてる、わたし、生きてるよ瀬川くん」


「あ、ああ。そうだな」


 ジェットコースターを終え、生死の境目を経験した篠塚さんを傍目に、俺の理性と本能がせめぎ合っていた。


 というのも、俺はまだ篠塚さんと手を繋いだままなのだ。てっきりジェットコースターが終わったら手を離してくると思ったが、篠塚さんは俺から手を離そうとしない。


 多分、ジェットコースターの衝撃で、手を繋いでること自体、忘れているんじゃないだろうか。


 だとすると、この場で切り出せるのは俺しかいない。だが、篠塚さんのような美少女と手を繋ぐ機会、そうそうない。男としての本能が、黙っておいた方が得だと囁いてくる。


「もう手は繋がなくて大丈夫じゃないか?」


 しかし、俺は考えた末、慎重に切り出す事にした。


 だが篠塚さんは、愛想のいい笑みを浮かべると上目遣いで見つめてくる。


「まだジェットコースターの余韻あるから、しばらく手、繋いでもらっててもいいかな」


「い、いいけど」


「ありがと。というか男の子の手って結構ゴツゴツしてるんだね」


「まぁそりゃそうだろ」


 篠塚さんなら、彼氏の一人や二人出来た事あるだろう。男と手を繋いだ経験だって、初めてじゃないはずだけど。


「そうなんだ。わたし、男の子と手を繋ぐの初めてだから、知らなかったや」


 ‥‥‥。ま、まじですか。


 衝撃の事実だった。篠塚さん、彼氏できた事ないのか? 

 こんな美少女なのに──ってそれは偏見か。でも、篠塚さんは男人気も高いから、恋愛経験は豊富そうに考えていた。


 手を繋ぐ初めての相手が俺というのは、少し申し訳ない気がする。


「瀬川くんはさ、女の子と手を繋いだ事とかあるの?」


「あるよ。手を繋いだことくらいなら」


「そうなんだ‥‥‥」


 少し寂しそうに視線を落として、声のトーンを下げる篠塚さん。俺との恋愛経験の差を憂いているのだろうか。だとしたら、それは誤解だ。


 手を繋いだことはあるが、恋愛経験自体はない。


「まぁ、カノジョ出来たことはないけど」


「そうなの?」


「ああ、従姉妹と手を繋いだことがあるくらい」


「そうなんだっ。そっかそっか。じゃ同年代だと、わたしが初めてだったりするのかな?」


「まぁそうなるかな」


「へえ、じゃ、わたしと一緒だねっ」


 なにが嬉しいのか、篠塚さんは快活な笑顔を振り撒いてくる。


 楓は中学二年生だから、同年代とは少し違う。桜宮先生は三十路だしな。シィちゃんに至っては、年端もいかない子供だ。


 てか、俺が手を握ったことのある異性、ちょっとクセが強くないか。恋愛から逃げてきた末路がこれか。‥‥‥もっと頑張らないとな。



 〜〜〜



【綾瀬楓】



「手を握ってる‥‥‥⁉︎ ジェットコースターで一体なにが‥‥‥」


 あたし、シィちゃん、桜宮先生の三名は、依然としてみーくんたちの尾行を続けていた。

 ジェットコースターに乗る前は手を繋いでなかったのに、今は手を繋いでいる。離す気配もない。


「きっと、つりばしこうか、です」


「良くそんな言葉知ってるね。シィちゃん」


 背後にいる桜宮先生は、シィちゃんの語彙力に驚嘆していた。確かに、幼女の口から吊り橋効果とか出てきたら驚くか。あたしの場合は、もう慣れてるけど。


 しかし吊り橋効果‥‥‥吊り橋効果か。

 恐怖や不安を共にすると、恋愛感情を抱きやすくなる。


 みーくんとあの人が、カップルなのかはまだ判然としていない。ただ、もしカップルでないとしても、吊り橋効果で恋愛感情が湧いて、この後カップルになる可能性はある。


 なんなら、ジェットコースター中に告白したとか? いや流石にそれはないと思うけれど。


 でも、手を繋いでるのは気にかかる。


「おねえちゃん、"はんかち"にやつあたりしないでください」


 あたしが、縞柄のハンカチをがじがじ噛みながら、恨めしそうに視線を送っていると、シィちゃんが服の袖を引っ張ってきた。


 と、背後にいる桜宮先生が戸惑い気味に切り出してくる。


「私たちも何かアトラクション乗ろっか」


「いや、そんな事してたらみーくんたち見失っちゃう。アトラクションには乗らないから」


「‥‥‥そ、そっか。シィちゃんは何か乗りたいよね? せっかく遊園地来たんだし、瀬川くんたちの後を付けてくだけじゃ退屈でしょ?」


「シイナをそこらのこどもと、どーれつにあつかわないでください。びこうがさいゆうせんです」


「そうなんだ‥‥‥」


 桜宮先生は頬に汗を垂らしながら、ぎこちない笑みを浮かべる。あたしたちは、程よく距離を取りながら、みーくんたちの後を追うのだった。

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