遊園地デート①

 十月二十四日。土曜日になった。


 遊園地といえば、ネズミの国やアルファベット三文字の所が思い浮かぶが、今回行く遊園地はそんな有名なところではない。


 しかし有名ではないとはいえ、アトラクションの質は上等で、絶叫系からほんわかしたものまで幅広く揃えている。高校から近い位置にあるため、交通の便も悪くない。


 待ち合わせは、午前十時。開演時間と同時刻だ。


 従姉妹や担任の先生とデート的なことをする機会はあったが、しっかりとデートするのは初めて。


 緊張を紛らわせつつ、俺は待ち合わせ時刻の三十分早く到着した。


 花村先生から受けた『待ち合わせは遅刻しないよう、早めに行っておけ』という助言を、早速遂行する。


 テンプレートだが、「ごめん待った?」「待ってないよ今来たとこ」っていう会話は、ポイントが高いと花村先生に教えてもらった。


 なんだかんだ、みんな王道が好きなのだとか。


 根拠が曖昧だが、今回は花村先生を信用して、授かったデートの極意を実践していきたいと思う。とはいえ、三十分はちょっと早すぎたか。と、軽く反省していた時だった。


「あ、おはよっ! 瀬川くん」


「え、あれ、もしかして待ち合わせ時間、間違えた?」


 待ち合わせ場所である時計台のところに着くと、快活な笑顔を貼り付けた篠塚さんが俺の肩をポンと叩いてきた。


 まだ篠塚さんは来ていないと思っていた。出鼻を挫かれる展開だ。


「ううん。あってるよ。楽しみで早く来ちゃった。でも、瀬川くんがこんなに早く来てくれるなんて思わなかったな。わたしと同じで、実は結構楽しみにしてくれたりする?」


「ま、まぁ、遊園地なんか久しぶりだし‥‥‥多少はな」


「そっか。じゃ、今日はいっぱい楽しもーね」


「あ、おお」


 ちょっとキモくないか今の俺。

 女子と二人きりで出かけた経験値が少ないせいか、平常心を取り乱している。


「でもまだ開園まで時間あるね。どうしよっか」


「そう、だな。しりとりでもするか?」


「それは最終手段過ぎないかな‥‥‥」


 篠塚さんは「あはは」と空笑いしながら、ぽりぽりと頬を指で掻く。

 と、バッグからトランプを取り出して、目の前でシャッフルし始めた。


「じゃ、わたしのマジックにちょっと付き合ってよ。瀬川くんのおかげであれから結構上達したんだ」


「いや、俺は何もしてないけど」


「ううん。瀬川くんのおかげだよ。一年生の時、毎日放課後わたしのマジックに付き合ってくれてたじゃん? あれがなかったら、多分もう辞めてたと思うし」


 篠塚さんはトランプをシャッフルしながら、昔の記憶を思い出す。と、照れ臭そうに笑った。


 一年生の頃、俺と篠塚さんは同じクラスだった。

 そこで委員会が同じだった篠塚さんとは、接点を持つ機会があったのだ。

 わざわざ回想するほど、密度のある話じゃないから省略するけれど、感謝されるほどのことはしていない。


「じゃ、この中から一枚カード選んで」


 篠塚さんは裏面にしたトランプを、両手で展開する。適当に一枚引く。


「みていいよ」


 ハートのAだった。


「じゃ、そのカードを両手で隠すように待っててね」


「こうか?」


 右手と左手でカードの全面を覆う。だが、指と指の隙間から、僅かにカードが見え隠れしている。


「そうそう。‥‥‥じゃ、失礼して」


「え?」


 篠塚さんが俺の両手を包み込むように触ってきた。接触してくるとは想定しておらず、動揺してしまう俺。


「そのままカード離しちゃダメだよ。絶対だよ?」


「お、おう」


「わたしの目、みてて」


「‥‥‥っ」


 間近に篠塚さんの顔がある。小さく整った、アイドル顔負けの顔。ミスコン優勝は伊達じゃないその美少女っぷりに、俺はつい照れてしまう。

 が、言われた通り、目を合わせる。まつ毛長いし、肌白いし、良い香りする。


 篠塚さんはしばらく俺の手を握ると、ニコッと笑みを漏らした。


「うんいいよ。手開けてみて」


「あ、おう」


 ようやく解放された手で、カードを見やる。

 しかしそこにあったのはハートのAではなかった。


「ハート一個じゃ物足りないなと思ってさ。一〇個にしてみました」


「え、すげぇ、どうやったの⁉︎」


 間違いなく俺が最初取ったのはハートのAだった。なのに今はハートの10に変化している。

 どうして俺の取ったカードが分かったんだ? ちゃんと離さないようしっかりカードは握ってたし‥‥‥タネが全然わからない。


「あはは、そんなに驚いてくれるとやり甲斐あるね」


「マジですごいよ‥‥‥全然タネがわからなかった」


「そう言ってもらえると嬉しいな。最初にマジック見せた時なんか、瀬川くんにボロクソ言われたもんね」


「ぼ、ボロクソは言ってないって」


「そうだったかなぁ」


 ニコッと口角を上げつつ、ジト目で俺を睨んでくる篠塚さん。俺はじんわりと冷や汗をかきつつ、話を逸らす。


「あ、えと、他のマジック見せてよ」


「うん良いよ。じゃあ次はそうだな──」



 〜〜〜



【綾瀬楓】



「まじしゃんです。あのひと、まじしゃんです!」


 現在、あたしは物陰に隠れながら、みーくんの様子を観察している。


 クイクイとあたしの服の袖を引っ張りながら、シィちゃんは恍惚とした表情で、みーくんの隣にいる女の子を見ていた。


 この距離からだと何をやっているのかよくわからない。けど、視力の高いシィちゃんは何が起きてるか見えているらしい。


「マジシャンって‥‥‥そんな人がみーくんのカノジョなわけ?」


「や、やっぱりやめようよ? 尾行なんて」


 あたしの背後にいる由美ねえが、躊躇い気味に言う。けど、あたしはブルブルと首を横に振った。


「ここまで来て、なに怖気づいてるの由美ねえ。あの人がみーくんのカノジョかどうかハッキリさせることと、みーくんに気があるのかを確認しなきゃ!」


「もし、本当に瀬川くんのカノジョだったらどうするの?」


「その時は──え、どうしよう。あたし、なす術なくない⁉︎」


 色々危惧していたけど、もし本当にみーくんのカノジョだったらどうしよう。何も考えてなかった。あたしの脳が破壊されるだけじゃん!


 焦燥に駆られていると、シィちゃんが由美ねえに目を向ける。


「ユミねえは、あのひとのこと、しっているんですか?」


「あ、うん。担任だしね。愛想が良くて可愛らしくて、明るい良い子だよ」


「なるほど。きょーてきですね」


『う、‥‥‥うぐっ』


 シィちゃんの発言に、あたしと由美ねえが揃って胃を痛める。


 あたしは、これ以上みーくんを狙う人が増えないことを祈るばかりだった。

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