デートの極意

 桜宮先生がウチに来て添い寝をする珍事態に発展したが、あれから大きな問題は起きることなく、なんとか無事に終わった。


 ロクな事が起きそうにないので、もう二度と桜宮先生を家には呼ばないようにしようと心に決め、現在。


 十月二十三日、金曜日の放課後。


 俺の思考は別のことへと向かっていた。


「大事な話があるから、と誰にも聞かれないよう生徒指導室の鍵を借りてきたわけだが‥‥‥」


「はい。ありがとうございます花村先生」


「あぁ、いや‥‥‥もう一回聞くぞ。それで、要件はなんだ?」


「デートの極意、教えてください」


 忘れているかもしれないが、俺は明日、篠塚しのづかさんと遊園地に出掛ける予定がある。誰だよ篠塚さんって人は、ミスコンあたりを思い出してくれ。


 割と軽めなノリで、篠塚さんと遊園地に行くことが決定したが‥‥‥よくよく考えてみると、これデートなのでは? と気がつき、今になって焦っているのだ。篠塚さんと遊園地に行くのは、明日の土曜日。もう時間がない。


 ここはどうにか、猫の手‥‥‥いや、人の手を借りたい。


「ふざけてるのか。私は教師だぞ。デートって、そんな話は友人としろ」


「残念ながら俺の友人にリアルが充実した人はいません。もう花村先生しか頼れないんです。花村先生、イケメンだからさぞかし恋愛経験は多いんじゃないですか?」


「え、ああまあな。学生の頃はそれはもう──」


「さすが花村先生! ここは、生徒を助けると思ってどうか!」


 俺は両手を合わせて、深々と頭を下げる。

 花村先生は、こめかみの辺りを指で掻きながら。


「いや、だがな瀬川。大体お前はカノジョいるって話じゃなかったのか? そのくせ文化祭では、桜宮先生に告白までして‥‥‥言ってる事が支離滅裂だ」


 それは当然のご指摘だった。

 思えば、花村先生にはよく嘘をついているな。


 ここで一回誤解を解いておこう。桜宮先生の婚約者のフリをしている件だけを取り除き、話せる限りのことを花村先生に話す。


「──と、いうわけで。花村先生が俺と桜宮先生の関係を疑われていたので、従姉妹をカノジョだと紹介しました」


「それは分かるが、だったら何故ミスコンの時に桜宮先生に告白したんだ?」


「あれは花村先生が奇想天外な事するからです。あんな事して、余計桜宮先生に嫌われますよ? 分かってます?」


「うっ‥‥‥なんというか、桜宮先生のウェディングドレス姿を見たら、気持ちが抑えられなくなって──後悔してるさ。おかげで大目玉を食らったからな」


「自業自得ですね」


「とはいえ、考えてみると瀬川には助けられているな。あの時、瀬川が割り込んでこなければ、私は処分を受けてたかもしれない」


「そうですか。なら良かったですけど、よく厳重注意程度で済みましたね」


「あぁ、桜宮先生が擁護してくれてな。『場を盛り上げてくれただけです』と、まったく、美人なうえ性格まで素晴らしい人だ」


 恍惚とした表情で桜宮先生を思い浮かべる花村先生。だがその弛んだ表情を元に戻すと、テーブルに肘をつき両手を組んだ。


「だが、告白を断られたのは事実だ。これで桜宮先生への気持ちは区切りをつけることにするよ。実際、どう足掻いても、桜宮先生の気が私に向くことはなさそうだ」


 意外、というと少し変かもしれないが、花村先生は桜宮先生のことを諦めるつもりらしい。

 曲がりなりにも、告白を断られたことで、決心がついたようだ。


「そうですか」


「ああ、まぁ瀬川には助けてもらったしな。デートの極意だったか。それくらいなら伝授してやろう」


「ホントですか。ありがとうございます!」


「ああ、心して聞けよ──」




 〜〜〜



【綾瀬楓】



「エマージェンシー。エマージェンシー。緊急事態だよ由美ねえ!」


『え、えっとどうしたの? 一旦落ち着こ?』


 あたしは今、スマホ越しにいる由美ねえに焦燥を孕んだ声を上げていた。


 緊急事態発生だ。今すぐ、相談するべき案件だと思い、夜も遅くなった時間帯にも関わらず、由美ねえに連絡していた。


「これが落ち着けるわけないよ。さ、さっきね、みーくんがスマホで誰かと電話してたんだけど」


『そうなんだ。そのくらい、普通じゃない?』


「普通じゃないよ。みーくんが電話してるとこほとんど見ないもん。てか、問題なのはその電話相手! うっすら聞こえてきたんだけど、女の人の声だった!」


『へ、へえ‥‥‥でも、そのくらいなら』


「明日、遊園地に行くみたいな話してたし、みーくんの様子もちょっとおかしいってか、なんか浮ついてる感じなんだよ! あれ多分デートだよ。もしかしたら、本当にカノジョが出来たのかも‥‥‥!」


『え。い、いやいやそんなはずは‥‥‥』


 由美ねえの声が尻すぼみになっていく。

 途中から何を言ってるのか、聞こえない。


「と、に、か、く! 明日、由美ねえ予定空いてるよね⁉︎」


『空いてるけど‥‥‥え、まさか尾行するとか言わないよね? 楓ちゃん』


「言うよ。当たり前じゃん。てか、由美ねえはいいわけ? みーくんにカノジョが出来ても」


『え、わ、私は瀬川くんに恋愛感情があるわけじゃ──』


「敵に塩を送る真似したくないけど、自分騙しても意味ないよ。あとで後悔するだけだって。同じ境遇にいるもの同士、協力出来るとこは協力しよーよ」


 由美ねえが、少なからずみーくんのことを良く思っているのは、見ればわかる。


 あたしは、みーくんの従姉妹で。由美ねえは、みーくんの担任の先生。いずれも、恋愛においては障壁がある関係性だ。同じ境遇と言ってもいいと思う。


『‥‥‥』


 由美ねえの声が聞こえなくなる。

 けど、通話は繋がったまま。やがて、憂いを帯びた声がスマホ越しに聞こえてきた。


『でも、やっぱダメだよ。尾行なんて悪趣味だって』


「ふーん。あ、そ! じゃ、あたし一人で行くからいいよ。結果は教えてあげないからね!」


『楓ちゃんもやめた方がいいと思うな。瀬川くんにバレたら嫌われちゃうかもしれないよ?』


「う‥‥‥そ、それは──」


 確かに、尾行がバレたら反感を買う。

 みーくんに嫌われるのだけは避けたい‥‥‥けど。


 このまま黙って見過ごす訳にもいかない。


 表情を強張らせて、あたしはグルグルと周囲を歩き回る。と、そんなあたしを、『何してんだコイツ』と憐憫を含んだ瞳で見つめる妹の姿があった。


「おねえちゃん。でんわ、かわってください」


 シィちゃんは、右手をあたしに向けて伸ばすと、電話を代わるようお願いしてくる。

 目的がよく分からないけれど、電話の相手は由美ねえだし。ひとまず、代わってあげよう。


「え、えとシィちゃんに代わってもいい?」


『え? うん、いいよ!』


 由美ねえの許可を得たところで、シィちゃんにあたしのスマホを渡す。シィちゃんは、両手でスマホを持ちながら、スピーカーモードに設定した。片手でスマホを持つのは、まだ大変みたいだ。


「ユミねえ。れいのけん、おぼえてますか?」


『え、えっと‥‥‥うん、多分あれのことだよね。覚えてるよ?』


 何の話か分からないけれど、何らかの取引があったっぽかった。あたしは会話の邪魔をしないよう、黙って傍観者に徹する。


「あした、ゆーえんちにつれてってください」


『え、そ、それは‥‥‥ッ』


「それで、れいのけんはシイナのむねのなかに、しまっておくことにします」


『う、わ、わかったよ。秘密にしてくれるなら、明日遊園地に連れてってあげる』


「ありがとですユミねえ」


 シィちゃんは、口角を緩ませると、あたしにスマホを返してくる。満足げな吐息を漏らしていた。


 あたしが呆然とする中、返してもらったスマホを耳にあてる。


「え、えっと、由美ねえ。シィちゃんと何があったの?」


『な、何もないよ‥‥‥うん。えっと、やっぱり明日遊園地に行くことにしたよ。楓ちゃんも一緒に行こ?』


「うん。そうしてくれると嬉しいけど」


 シィちゃん、由美ねえのどんな秘密を抱えているんだろう。気になるところだけれど、多分シィちゃんは教えてくれないので諦めるしかない。


 ともあれ、今は遊園地に行くことが決定したことを喜ぶべきだろう。これで、みーくんの尾行ができる。一人で尾行だと、いよいよ犯罪臭が出てきちゃうしね‥‥‥。


 それから、明日の予定について由美ねえと相談してから、通話を切ったのだった。

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