遊園地デート⑦
「次はわたしの番だと思うんだけどな」
「ジャンケンって言ったの水菜ちゃんだよね」
「いや、冷静になろ? さっきからわたし達ずっと負けてるよ?」
「うぐっ……で、でもそういうルールだし……」
時は幾ばくか流れ、現在。
コーヒーカップを乗り終えて、次のアトラクションへと移動していた。
楓と篠塚さんの間に、いささか険悪な空気が流れつつあったものの、今は二人でコソコソと会話している。俺の知らないうちに仲良くなれたのだろうか。そうだといいのだけど。
ちなみに、遊園地のアトラクションは二人一組のパターンが多いため、篠塚さんが発案でジャンケンで勝った二人と負けた二人で、組み合わせることになったのだが……今のところ、かなりの高確率で俺とシィちゃんがペアになり、楓と篠塚さんがペアになる状態が続いていた。
ふと、俺の右手を掴む力が強まる。
視線を下げて、シィちゃんに声をかけた。
「どうかしたか?」
「シイナおはなつみにいきたいです」
「ここらにトイレあったっけ……」
「……っ。でりかしーがないです。ミナトにい……」
ジト目で睨み付けられる。小さな頬に空気を入れて、不満げな表情を浮かべていた。確かに、今のはデリカシーがなかった気がする。
俺が内心反省していると、前を歩く二人が振り返ってきた。
「じゃ、わたしと一緒にいこっかシィちゃんっ」
「ホントですか。ありがとです。ミズナねえっ」
「じゃ、あたしも行こっかな。みーくんはそこら辺で座って待っててよ」
「ん。おう了解」
俺が女子トイレに付き添う訳にいかないしな。ここは俺よりも女性陣の方が適任である。三
人の後ろ姿を目で見送った後、俺は近くのベンチに腰を下ろす。
ホッと一息ついて、青く透き通った空を見上げる。なんだかんだ遊び疲れているようだ。身体を休めた途端、ドッと疲れが舞い込んできた。
ふと喉の渇きを感じて自販機を探す。だが、周囲には見当たらなかった。
あまり場所を移動してはぐれると面倒ではあるが、自販機を探して飲み物を買って戻るくらいの時間はあるだろう。俺は重たい腰を上げると、早速、自販機探しに移った。
あてもなく歩いていると、自販機を発見する。
まぁ、どこにでもあるのが自販機だからな。遊園地価格で多少割高にはなっているが、奮発しよう。
と、俺の分も合わせて四人分の飲み物を購入しようとした──そのときだった。
「ま、まじか……ホントに居たよ……」
視界の片隅に、見覚えのある女性とその女性に笑顔で話しかけている三名の若い男が映る。
肩下くらいまで伸びた焦茶色の髪。ゆるやかなウェーブがかかっている。
三十路とは思えないほど若々しい。何も知らなければ、女優と聞かされても疑わないくらい容姿端麗だ。やはり、美人を放っておく男はいないのか、桜宮先生はナンパに遭っているようだった。
ベンチに座る桜宮先生は愛想の良い笑みを浮かべて、困ったように頬を指で掻いている。俺は小さく吐息を漏らすと、駆け足で桜宮先生の元へと向かった。
はぁ。相変わらずこの人は……少しは自分でナンパを振り切るスキルを身につけてほしいものだ。見ていて心配になる。
「すみません。その人、俺の連れなのでナンパしないでもらえますか?」
俺は男性陣と、桜宮先生の間に割り込むと、軽く睨みを効かしてナンパ男たちを牽制する。
「え……瀬川くん……」
突然の俺の登場に、桜宮先生が困惑した声を上げる中、しかしナンパ男達のほうが更に困惑した表情をしていた。ぽかんと猫だましを喰らったみたいに、直立不動で立ち尽くしている。
そうしてわずかに沈黙が流れると、急に時の流れが正常になったのか、彼らは各々表情を変えて切り出した。
「え、マジすか桜宮先生。彼氏出来たんだー」
「桜宮先生も隅におけないな」
「なんで隠してたんですか。彼氏と来てたなら言ってくれればよかったのに……あ、えっと俺ら、桜宮先生の元教え子です。いや敬語使うような年齢じゃないか。もしかして高校生?」
……ん?
んん? ?
俺の脳裏に無数にも近い疑問符が浮かび上がる。
予想を裏切られる展開に呆気に取られる俺。と、背後から桜宮先生が慎重に口を開いた。
「い、いや違うよ。彼は今、私が担任をしてるクラスの子。つ、付き合ってるわけじゃないから」
「そうなんすか。ってことは、あーそういうことか。桜宮先生がピンチだと思って駆けつけてきたんだろ? やるじゃん」
ナンパ男もとい、桜宮先生の元教え子の一人が、ぽんと手をつく。
俺の肩を優しく叩いて、軽快に笑っていた。この状況をようやく飲み込むことが出来た俺は、だくだくと汗を蓄えて、深めに頭を下げた。
「す、すみません……てっきりナンパかと勘違いしてました。ごめんなさい!」
「いいっていいって。謝んなくてだいじょーぶだよ。俺らもちょっとややこしい風貌してるしな。……あ、じゃあ俺らもう行こっか」
「だな。またね桜宮先生」
「ばいばーい」
「うん、またねみんな」
ひらひらと手を振って、その場を後にしていく。
勝手にナンパ男と決めつけていたが、気のいい人達だった。悪いことしちゃったな。
多分久々の再会だっただろうに、水を差してしまった。その事を反省していると、桜宮先生が頬をポリポリ指で掻きながら、照れ臭そうに切り出す。
「え、えっとありがとね。瀬川くん」
「えっ、いや感謝される謂われないです。むしろすみませんでした。余計なことして」
「ううんありがと。……それより、篠──誰かと一緒に来たんじゃないの? こんなところで油売ってたらダメだよ」
「今はトイレ休憩してて、俺は飲み物を買いに来たんです」
「そうなんだ」
「てか聞きましたよ。楓たちと一緒に来たんですよね? なんでこんなとこにいるんですか?」
「えっ……えっと、なんでだろーね……」
桜宮先生は顔中くまなく汗を掻くと、そーっと視線を横に逸らした。
何か理由があるみたいだな。話したくないみたいだけど。
俺は小さく嘆息すると、桜宮先生の隣に腰を下ろした。
「瀬川くん? なんで座ってるの? 早く戻らないと……」
「理由聞くまで戻りません。楓がいるとはいえ、勝手に単独行動されては困ります。シィちゃんが迷子になったらどうするんですか? まぁ、前に一回迷子にさせてる俺が言えた義理じゃないですけど」
「うっ……ごめんね。瀬川くんの言うとおりだね、さすがに自分勝手だった。大人としての自覚足りないね私」
「あ、いやすみません。責めてるわけじゃなくて。でも何か理由があるんですよね。じゃなきゃアトラクションにも乗らずにベンチで座ってるのおかしいですし」
責めるつもりは毛頭なかったのだが、そんな口調になってしまった。慌てて軌道修正を図る。
すると、桜宮先生は微笑を湛えて、口角を緩めると、茶色がかった瞳を向けてきた。
「優しいよね、瀬川くんってさ」
「え?」
桜宮先生の唐突な切り口に、俺は小首を傾げて間の抜けた表情をしてしまう。
いきなりそんなことを言われるとは思っていなかった。意表を突かれる発言に、どう返していいか分からない。
そもそも、俺自身が自分のことを優しいと思ったことがなかった。だからこそ、つい呆気に取られてしまう。
桜宮先生はわずかに目を泳がすと、強めにズボンの袖を掴む。
口を小さく開いて言うか言わないか逡巡していたが、しかしそれでも最後には覚悟を決めると、照れ臭そうに頬を指で掻きながら、
「私さ、多分瀬川くんのこと、好きみたい」
突発的なその告白に、俺は金縛りにあったように、しばらくその場から動けなかった。
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