桜宮先生、今日は泊まっていってください③
現在、時は流れて二十時を半分ほど過ぎたところ。
依然として雨は降っているが、雷はすでに止んでいる。この天気なら、今からでも桜宮先生が帰ることは可能だろう。だが、そこで問題となるのは楓だ。
雷の降った夜は、一人で寝られないと豪語する楓がいる限り、桜宮先生が居てくれた方が都合がいい。
俺のベッドに潜り込まれては敵わないからな。
俺がキッチンにて、夕食に使った食器を洗っていると、リビングの扉が開く。
そこから現れたのは、風呂上がりの桜宮先生だった。俺の貸した白シャツを着ている。
着替えと思って安易に俺のシャツを貸したが。
‥‥‥こ、これはちょっといけない香りがする。
「お先にお風呂いただきました。‥‥‥ありがと。服貸してくれて。瀬川くんって結構おっきいんだね」
「すみませんサイズが合ってなくて」
「あ、ううん、全然大丈夫だよ」
「そ、そうですか」
これ、いわゆる彼シャツってやつなのでは?
やばい。なんか俺、めっちゃグッときてる。
顔が熱い。サイズが合ってないから、ダボっとシャツがよれてて、萌え袖みたいになっているし、太ももにまでシャツが侵食している。
楓じゃ、絶対一回り以上サイズが違うし。叔母さんの服は勝手にいじったら怒られそうだから俺の服を貸したが‥‥‥これはちょっと‥‥‥。
「どうしたの? 瀬川くん、顔が赤いよ?」
「そ、そんなことないです。ないですから!」
「あ、洗い物なら私やるよ。夕食は作ってもらっちゃったし。というか、瀬川くんって料理できるんだね。私、瀬川くんくらいの歳の時は全然料理できなかったよ。すごいね」
「あ、あぁまぁ、昔から親が出張ばっかで家に一人でいること多いので自然と‥‥‥てか大丈夫ですから。一人でできますから洗い物なんて」
俺はそっぽを向いて、赤くなった顔を隠す。
まずい。これは、本格的にまずい奴だ。
俺、桜宮先生にドキッとしてる。
滅茶苦茶美人だし、それが自然の摂理といえばそうなのだけど、これはマジでやばい。彼シャツの威力半端ない。
「む。ダメだよ。一人でやろうとしちゃ。協力できるところは協力しないと」
「‥‥‥じゃ、じゃあお願いします」
左に半歩動いてスペースを開けると、桜宮先生が俺の隣に着く。俺が食器を洗剤で洗い、桜宮先生がそれを受け取って水洗いする。
一人でやるよりも、効率よく進むが、それとは別に俺は緊張を覚えていた。
風呂上がりだからか、彼シャツ状態だからか分からないが、桜宮先生が妙に色っぽく見える。
なに考えてんだ俺‥‥‥。桜宮先生は学校の教師で、担任で、あーあと三十路だぞ。
冷静に、冷静に対処しよう‥‥‥。
──ピトッ
「あっ」
「え、どうしたの?」
「な、なんでもないです」
「そう?」
手が触れたくらいで、なに動揺してんだ俺は。
反応が童貞すぎて嫌になる。いや、童貞なんだけども。
「そういや、楓はどうしたんですか?」
「今、シィちゃんと一緒に歯を磨いてる。今日は早く寝るんだって。なんか楓ちゃん可愛いよね。母性本能くすぐられるっていうか」
「一緒になって雷にビビってた桜宮先生が言いますかそれ」
「う‥‥‥わ、私はビビってないし」
「その虚勢張る意味ないでしょ」
気まずそうな顔を浮かべ、バレバレの虚勢を張る桜宮先生。その嘘が通じると思っているのだろうか。
「そういえば、婚約者の進捗はどうなんですか。一人くらい良い人見つかりましたか?」
「え、あー‥‥‥まぁ、見つかってないことはないんだけど」
ほう。
てっきり、桜宮先生のことだから婚約者候補すら見つかってないと思ったが、これは意外な答えだった。
「良かったじゃないですか。あとは頑張ってアピールするだけですね」
「いや無理だよ。私にそれをする権利ないし。絶対無理なの分かってるのに、頑張っても仕方ないっていうのかな」
「なに弱気になってるんですか。桜宮先生に婚約者ができれば、俺も晴れてお役御免になるんですから頑張ってくださいよ」
「‥‥‥そうだよね。‥‥‥いつまでも瀬川くんに迷惑かけてちゃダメだよね」
桜宮先生はしょぼしょぼと漏らす。
いつになく弱気な姿に、俺は後押しする。
「遠慮せずグイグイいったらいいじゃないですか。桜宮先生なら、大抵の男はオチますよ。俺が保証します」
「ホント? それ信じていいの?」
コクリとうなずく。
桜宮先生は美人だ。例えるならそうだな‥‥‥。
三十歳近い好きな美人女優さんを思い浮かべてほしい。思い浮かべたか?
大体、その人くらい桜宮先生は美人だ。
三十路とは思えないほど若々しいし、肌も綺麗。
桜宮先生が本気を出せば、大抵の男はイチコロだろう。
「ち、ちなみにさ、瀬川くんならどんなことされるとオチるの?」
参考がてら、桜宮先生が俺に意見を求めてくる。
俺は視線を上げると、少し物思いに耽った。
「‥‥‥そうですね。オチるとは少し違うんですけど、ボディタッチとか多いと、やっぱり意識しちゃうとは思います。気があるのかなとか思っちゃいますし」
「そうなんだ‥‥‥へぇ」
「えっとなんですか桜宮先生。それ食器じゃなくて俺の手です」
「‥‥‥あれ、あ、うん。ごめん間違えちゃった」
桜宮先生が俺の右手から手を離すと、食器を受け取る。と、ようやく洗い物に終わりが見えてきた頃だった。
リビングの扉が開く。と、シィちゃんに手を繋いでもらっている楓が顔を見せてきた。
「由美ねえ。もう寝よ?」
「あ、うん。ちょっと待っててね」
楓のやつ、完全に桜宮先生に懐いているな。
程なくして洗い物を終えると、桜宮先生と楓は一緒に二階の部屋へと向かっていった。
さて、俺も風呂に入るとするか。と考えているとシィちゃんが俺の元にやってきた。
「ミナトにい」
「あれ? シィちゃんは一緒に寝ないのか?」
「はい。シイナねむたくないです。ミナトにい、えほんよんでください」
「ああいいよ。でも俺が風呂上がってからな」
「りょーかいです」
シィちゃんはビシッと敬礼する。
言葉遣いや語彙力は幼女のそれではないが、やっぱりまだまだ子供だな。俺は軽く笑みをこぼしながら、風呂場へと向かったのだった。
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