桜宮先生、今日は泊まっていってください①


「ああもう、ホント可愛いッ。天使!」


 十月十七日。土曜日になった。

 約束通り、今日は桜宮先生にシィちゃんを会わせているのだが‥‥‥。


 桜宮先生は、シィちゃんのことを随分と気に入っているのか、髪の毛を三つ編みにしたり、ツインテールにしたりと、髪型を変えて楽しんでいる。


 そんな中、シィちゃんはといえば、お人形さながら桜宮先生に身を預け、ジトっと半開きの目で俺を睨み付けていた。


「シイナはうられました」


「‥‥‥っ、ご、ごめん。まさかこんな事になるとは思ってなくてさ。多分、桜宮先生よっぽどストレス溜めてんだと思う。今日はちょっと遊び相手になってあげてくれないか?」


 実際、教師業って大変だろうしな。それに加えて婚約者関連もあり、ストレスは半端ではないだろう。


 対人コミュニケーションだって、学生と違って気を遣う量が半端じゃないはず。


 幼女を愛でることで、日頃のストレス解消に繋がるなら、精神衛生上それがいい。シィちゃんには悪いけど。


「ミナトにいのおねがいなら、シイナはがまんします。ただユミねえ、ちょっとうっとうしいです」

「うっ、ごめんね。私、ちょっと調子乗りすぎちゃったね。‥‥‥あ、そうだシィちゃん。シュークリームあるけど食べる?」

「ほんとですか。ユミねえだいすきです」

「ど、どうしよう。今から千個くらいシュークリーム買ってこようかな⁉︎」


 シィちゃんに大好きって言われたのがよほど胸に響いたのか、恍惚とした表情を浮かべている。

 千個って、ケーキ屋何店舗巡る気だよこの人。業者かよ。


 ちなみにだが、これは外ではなく、我が家での出来事だ。

 元々は、外に出かける予定だったが、俺がウチに来るようお願いした。というのも、


「あの、あんまりあたしの妹にちょっかい掛けないでもらえますか。桜宮先生」


 桜宮先生と楓を会わせたかったからだ。


 楓は俺と桜宮先生の関係を知っているが、それに納得はしていない。

 教師が私情に生徒を巻き込んでいる。そこに対して、楓は不満を抱いていた。


 このまま放置しておくと、教育委員会あたりに連絡しかねない。


 だから、直接話す機会を設けたのだ。


「ごめんね楓ちゃん。あ、というか私は楓ちゃんの先生じゃないし、もっと気軽に呼んでくれていいんだよ。シィちゃんみたいに、由美ねえとか」


「ハッ、なんですかそれ。家族を取り入って、みーくんの外堀埋める魂胆ですか。絶対呼びませんからね」


「あはは‥‥‥そんなつもりじゃないんだけどな。あ、そういえば親御さんはいないの? 見当たらないけれど」


「お母さんは、休日出勤してます。みーくんの両親は出張中です」


「そうなんだ。子供だけで心細くない? 大丈夫?」


「え、まぁ、多少は‥‥‥って、まさか親代わりになろうとしてますか? 口車に乗せてこの家に住み着いて、あわよくばみーくんを悩殺してやろうとか考えてますよね⁉︎ あ、あっぶなぁ、油断も隙もない!」


「いや違うよ⁉︎ 違うからね⁉︎」


 楓の妄想癖が、悪い方向に進んでいるな。

 これだから、楓にはあまり内部事情を話したくなかったのだ。楓は、思い込みが人より強く、勝手に拡大解釈をするきらいがある。


 だからこそ、放っておくと何をしでかすか分からない。今日は、桜宮先生と俺の間には、恋愛感情がないことをしっかりと理解してもらうこと。


 あとは、桜宮先生がどういう人かを楓に知ってもらうことが俺の裏目的だったりする。


「どうだか。婚約者のフリとか言って、本当はみーくんのこと狙ってるんじゃないですか?」


「そ、そんなこと、ないよ?」


 お、おいおーい。なんでちょっと動揺してるんですか桜宮先生。


 ここはキッパリ否定してくれないと困るんですけど。楓の目のハイライト消えてるんですけど。


「みーくんは優しいから、桜宮先生の手助けしてくれてるだけです。勘違いしないでください。みーくんは歳下が好きですから。歳下が!」


「‥‥‥う、わ、わかってるよ」


 いや、そこまで強調されるほど、歳下好きではないけど。なんなら、年代が近ければ別に気にしないまである。


「つまり、この中ならシイナがミナトにいの"たいぷ"というわけですね」


 と、シュークリームを食べ終えたシィちゃんが、口を開く。ほっぺたにクリームをつけながら、俺の元に駆け寄ると、Vサインを作って楓と桜宮先生に見せつけていた。


 俺はハンカチを取り出すと、シィちゃんの口元のクリームを拭き取る。


「はぁ⁉︎ そんな訳ないでしょ。歳下って言っても限度があるに決まってるじゃん。こ、この中なら、みーくんが選ぶのはあたしに決まってる。別に嬉しくないけどね」


 楓は頬を赤らめると、胸に手を置き宣言する。と、シィちゃんは悪戯な笑みを浮かべて。


「ざんねんながら、かくづけはすでにおわってます。シイナ、ユミねえ、おねえちゃんのじゅんばんです」


「んなっ、ひゃ、百歩譲ってあたしがシィちゃんに負けるのはいいよ? あたし大人だし、妹に勝利を譲ってもいいけども、なんで桜宮先生にまで負ける訳? それはないでしょ」


「と、まけいぬがいってますが」


「誰が負け犬だ! そんな口の悪い妹に育てた覚えはない!」


 シィちゃんが目線を俺まで上げてくる。え、なんか変な流れになってないか。


「ミナトにい。このなかならだれがいちばんですか?」


 ここで俺に回答を求められるのは困る。

 前から少し思っていたが、シィちゃんってSの気質があるような。


「い、いや一番も何もないよ」


「いいよハッキリ言ってよ。馬鹿にされたまま終われない。ちゃんと答えて。この中なら、誰が一番みーくんの恋人に相応しいわけ?」


 楓から鋭い眼光を飛ばされ、俺は視線を下に落とすと、小さくため息を吐く。


 なんでこんな展開になった‥‥‥。


 俺が辟易とする中、桜宮先生が助け舟を出してくれる。


「瀬川くん困ってるから、やめてあげなよ」


「桜宮先生。あたしに負けるのが怖いんですか? ちょっと美人だからって、やっぱ年齢の前には無力なんですね。だって三十──」


「おっと、それ以上は言わせないよ⁉︎ 女性の年齢言うの条例で禁止されてるの知らないのかな⁉︎ ねぇ⁉︎」


「ふぉ、ふぉんなひょーれい、ふぁるわけ」


 桜宮先生が、楓の口を両手で押さえる。もごもご楓が言っているが、内容はよくわからない。


 楓は桜宮先生の手から抜け出すと、キッと猫のように鋭い視線をぶつける。


「じゃあ、みーくんにハッキリさせてもらいましょーよ」


「‥‥‥。いいよ。でもその代わり、私が勝った時は、桜宮先生じゃなくて由美ねえって呼んでね」


「いいですよ。じゃああたしが勝ったら、金輪際、みーくんに面倒ごと押し掛けるのやめてください」


「え、それはちょっと‥‥‥」


「弱気ですね。やっぱ自信ないんですかー?」


 楓が顎を上げて、桜宮先生を挑発する。と、桜宮先生は微笑を湛えながら。


「全然大丈夫だけど。全然余裕だけど? いいよ、じゃあ瀬川くんに順位つけてもらおっか」


「は?」


 いや止めろよ。こんな安い挑発乗ってどうするんだよ桜宮先生! 


 俺が頬を引き攣らせる中、俺の隣にいるシィちゃんは、したり顔をしていた。


「ふむ。うまくいきました」


 ‥‥‥この幼女、後で髪の毛くしゃくしゃにしてやろう。そう思う俺だった。

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