篠塚さん
文化祭から帰宅すると、楓がリビングにて仏頂面を浮かべていた。普段は、「おかえり」の一言があるのに、今日はそれがない。
機嫌が悪いのは、誰の目にも明らかだった。
とはいえ、これは予想の範囲内。楓に与えた誤解をしっかりと解きにいく。
「楓、話がある──」
俺は桜宮先生の婚約者役を務めているだけで、実際に恋愛関係にはない。
嘘偽りなくその旨を伝えると、最終的に楓は納得してくれた。二時間近く時間をかけたが。
「まぁ、みーくんの話、信じてあげるけどさ。でも、そんなこと生徒に頼むっておかしいよ。みーくんに下心あるんじゃないの?」
当然だが、誤解が解けてはい終わりとはならない。楓は、桜宮先生への不信感をMAXまで引き上げていた。
こうなる事を見越していたから、楓には桜宮先生との事情を話す気はなかったのだが。
何はともあれ、今更どうこう言っても仕方がない。
「そんなわけないよ。俺と桜宮先生、一回り歳離れてるんだから」
「いやわかんないじゃん。歳の差婚とかあるし」
「それは大人同士の恋愛だろ。今回のケースは、例えるなら俺がシィちゃんに恋愛感情持つようなものだ」
「う‥‥‥そう言われると、謎の説得力が出てくるけどさ」
と、俺たちの会話を近くで聞いていたシィちゃんが口を挟んでくる。
「ミナトにい。シイナのこときらいなんですか?」
「ううん大好きだよ。ごめんね変なこと言って」
「よかったです。あんしんしました。シイナもミナトにいのことだいすきですよ。シイナ、しょーらいはミナトにいのおよめさんになります」
「‥‥‥っ。悪い楓、やっぱ今の例えなしでいい? 俺、シィちゃんと結婚するわ」
「死ねロリコン」
いや、そんな侮蔑の目で見なくてもよくない? さすがに、本気で結婚する気はないからな? 一応言っとくけど。
しかし、確か従姉妹同士でも結婚はできたはず。俺が三十路になっても独身なら、シィちゃんに貰ってもらおうかな。‥‥‥いや、その時になったらシィちゃんの方がお断りだろうけどさ。
何はともあれ、誤解は解けてよかった。後は、桜宮先生の婚約者が見つかれば、万々歳なんだがな。
〜〜〜
文化祭の影響で、月曜日は片付けに追われて、火曜日水曜日は代休になった。そして現在木曜日。
文化祭の余韻を残しつつ、通常授業が開始した。
しばらく授業という授業をやっていないので、妙に浮ついた感じなのだが、切り替えていかないといけない。
ちなみに、ミスコンにて俺の起こした行動は、結果的に良い方向に向かっている。
桜宮先生は俺のクラスの担任なので、一時はどうなることかと思ったが、
クラスメイトが温かい人ばかりなので、特段イジられることもない。かといって、妙に気まずい空気を作られることもなかった。
そして放課後になり、帰り支度を進めている時だった。
「‥‥‥わっ!」
背後から、脅かすような声を掛けられた。
特別驚くことなく振り返ると、そこには胡桃色の髪をポニーテールにした女子がいた。ニコッと愛嬌のある顔が張り付いている。
「どうかした?」
「あれおかしいな、結構気配消したつもりだったんだけど」
「いや前から言ってるが、俺をビビらせたいなら、もっとエキセントリックな方法で来ないと無理だぞ」
「ほう。例えば?」
「そうだな‥‥‥いきなりバンジーに落とすとか?」
「あはは、それは確かにエキセントリックかも」
「だろ? で、何か用? ただ脅かしたかっただけ?」
「あ、違う違う、まぁそれも目的の一つではあったけど」
彼女──
誰だよ篠塚さんって人は、文化祭のミスコンあたりを思い出してほしい。ミスコンで優勝を飾るくらい、容姿端麗でルックスがよく、愛想の良い人だ。
まぁ、何事もなく桜宮先生がミスコンに参加できていれば、優勝してたのは桜宮先生だった気がするが。告白騒動のせいで、桜宮先生は棄権扱いみたいになってたし。
「はいこれ、あげるよ」
「‥‥‥? なにこれ?」
渡されたものを受け取る。長方形の紙切れだった。
「遊園地のチケット」
「え」
「お恥ずかしながら、わたし、篠塚水奈、ミスコン優勝してまいりましたっ」
ビシッと、額の前で右手を掲げて敬礼のポーズを取る篠塚さん。彼女がミスコンを優勝したのは知っているし、その賞品が遊園地のチケットなのも知っている。
だが、それを俺に渡してきたことに、驚いていた。
「い、いやなんでこれ俺に?
佐伯さん‥‥‥篠塚さんとよく一緒にいる女子だ。聞いた話によれば、小学校からの付き合いがあるらしい。
遊園地は仲良し同士で行った方が、間違いなく楽しめると思う。なのにどうしてこれを俺に──。
「瀬川くんは傷心中かなと思ってさ、楽しい事したら気分も晴れるかなって」
「わざわざ気に掛けてくれてありがと。でも俺は大丈夫だから、これは返すよ」
一度は受け取ったチケットを、篠塚さんに返す。
どうやら、桜宮先生に振られて俺が傷心していると思われているようだ。全くそんなことはないので、チケットを返却する。
「‥‥‥わたしと遊園地じゃ、つまらないかな」
「え? いや、そんなことはないけど」
篠塚さんと一緒に遊園地に行って、つまらない訳がない。明るいし可愛いし。篠塚さんと一緒に遊園地に行きたがる男子は、さぞかし多いことだろう。
ただ、このチケットをもらう権利が俺にないだけだ。
「だ、だったら、そのチケットもらって!」
「でも、俺ホントに傷心中でもなんでもないから。俺のこと気にしてるなら全然──」
俺は首を横に振る。身振り手振りも交えて、傷心してないことを示そうとすると、突然、俺の肩にポンと手を置かれた。
振り返ると、そこに居たのは黒髪の長髪女子。佐伯さんだった。篠塚さんの友達だ。
佐伯さんは、ジッと俺の目を見つめると、
「実は、水奈はこの前片想いしてた人に振られたんだよ。だから、水奈も傷心中なんだよね。同じ境遇の瀬川と、一緒に遊園地行って憂さ晴らししたいみたい」
「え、わたしはまだ振られて──」
「水奈は黙って」
「はい黙ります」
佐伯さんにガン飛ばされて、篠塚さんが萎縮する。篠塚さんを振る男がいるのか。この学校において一番可愛いと言っても過言じゃないのに。
ともあれ、そういう事情か。篠塚さんにして見れば、俺は好きな人に振られた同志ということになる。
「とにかくそういうことだから。漢見せろよ瀬川」
「えっ、あ、おお」
佐伯さんがスタスタとこの場から去っていく。漢見せろって言われてもな。
未だに俺の手元にある遊園地のチケットを見やる。まぁ、せっかくくれると言っているものを、返すのは失礼か。
「あ、えと、
アタフタと慌てふためきながら、篠塚さんは頬を赤らめる。俺は口の端を緩めると、篠塚さんに視線を合わせた。
「ありがとう。じゃ、これ貰うよ」
「ほんと?」
「篠塚さんが一緒に行ってくれるんだよな? 俺、一人で遊園地行く度胸はないんだけど」
「う、うんっ、もちろん! じゃあいつにするっ?」
「え、えと、そうだな‥‥‥」
篠塚さんが前のめりになって、予定を確認してくる。か、顔が近い。
そんな嬉しそうな顔されると、俺みたいなチョロい男は勘違いしそうだ。
幸いにも、自己評価の低さには定評のある俺なので、勘違いはせずに済むわけだけど。
俺はスマホを取り出し、カレンダーを開く。差し当たって予定があるのは、今週の土曜日くらい。
それ以外は特にない。が、土日に連続して予定があるのは少し辛いな。
「来週の土曜以降なら基本いつでも大丈夫」
「ほんと? なら、来週の土曜日でいい?」
「うん。大丈夫」
「詳しい予定とかは、また後で連絡するね」
俺がコクリと頷くと、篠塚さんは満面の笑みを咲かせる。「またねっ」と言い残して、軽やかな足取りで自分の席へと戻っていった。
その様子を目で追いながら、俺は今一度遊園地のチケットを見やる。
まさか、篠塚さんと遊園地に行くことになるとはな。俺は財布の中にチケットをしまうと、帰り支度を済ませて教室を後にするのだった。
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