文化祭⑧
生徒指導室の近くは、文化祭の影響を受けておらず、人の気配がない。念のため周囲に気をつけながら、俺は生徒指導室の扉に触れる。
「あ、瀬川くん」
中に入ると、すでに椅子に腰を下ろしていた桜宮先生が、パッと破顔した。
俺は桜宮先生の対面の席に腰を下ろすと、早速切り出す。
「あ、あの、さっきの告白のことならあれは──」
「うん、わかってるよ。私のこと助けてくれたんでしょ? ありがとうっ」
桜宮先生は、口の端を緩めて微笑む。
やっぱり美人だな。素直に感謝を告げられ、ついドキッとしてしまう。
「ホント助かっちゃった。でも、大丈夫だったの? あんな大胆なことして。瀬川くん目立つの苦手だよね?」
不安を瞳に宿して、心配そうに訊いてくる。
俺は頬のあたりを人差し指で掻くと。
「まぁ平気ではないですよ。しばらくは今回の件をネタにいじられるでしょうし」
「だったらどうして助けてくれたの?」
「どうしてだと思います?」
素直に答えてもよかったが、少し意地悪してみる。宗二さんが文化祭に来ていた事を、桜宮先生知らないだろうしな。
「えっ、そ、そうだなぁ。ほ、本当に私のことが好きだから、とか?」
桜宮先生は、照れ臭そうに回答する。
俺はジトっと半開きの目で。
「違いますよ。そんなわけないでしょ」
「あはは、だよねー‥‥‥」
「桜宮先生のお父さん‥‥‥宗二さんに会ったんです。それでまぁ話すと長くなるんですけど」
宗二さんとの一部始終を桜宮先生に話す。
「──とまぁ、そんな事があって、やむを得ずって感じです」
「そうだったんだ。お父さん来てたんだ‥‥‥。ごめんね、また瀬川くんに迷惑かけて」
桜宮先生が、深く頭を下げてくる。俺は首を横に振って応えた。
「謝らなくていいですよ」
ミスコンにて、桜宮先生への告白の流れが出来たのは、俺が妙なアドバイスをしたせいだ。今回の件を振り返ってみると、自業自得な側面が強い。
「でも‥‥‥あ、そうだ、なにか私にして欲しいことある? お返しって言ったらアレだけど、私に出来ることなら、なんでもするからさ」
なんでも‥‥‥なんでもねぇ。
男に、なんでもするとか言っちゃダメって義務教育で習わなかったのだろうか。
桜宮先生からすれば、俺はまだまだ子供。とはいえ、全く警戒されてないのも少しムカつく。
「男に気軽になんでもとか言わない方がいいですよ」
「人に言えないようなことお願いするつもりなの? 瀬川くん」
「しないですけど。ただの忠告です」
「ああそういうこと‥‥‥」
なんでちょっと残念そうな顔してるのこの人。
本気で俺がエロいことお願いしてきたらマズイだろ。普通に警察案件だし。捕まるぞおい。
「あ、あのね瀬川くん」
「なんですか?」
「わ、私もしかしたら、その、瀬川くんのこと──」
桜宮先生は、頬を赤らめると、黒目を左右に泳がせる。机の上で、両手をゴニョゴニョと擦り合わせながら、パクパクと口を開いた。だが、そこに声は乗っていない。
しばらく言葉を待つが、結局その本題には触れないまま、桜宮先生は首を横に振った。
「い、いや、ううん。なんでもない。うん。なんでもないや」
「‥‥‥? そうですか」
一体何を言おうとしたのだろう。
気になるところではあるが、無理に聞き出しても仕方ない。
桜宮先生は深呼吸して心を落ち着かせると、パンッと両手を合わせた。
「あ、そうだ。約束覚えてる?」
「約束? なんでしたっけ?」
「ほら、ミスコン終わったらシィちゃんに会わせてってやつ」
「あー言ってましたねそんなこと」
「む。忘れないでよ。楽しみにしてたんだから」
「じゃあいつにしますか。桜宮先生の予定に合わせますよ」
「ありがと。じゃあ、えっと」
桜宮先生はスマホを開くと、予定を確認し始める。俺もシィちゃんも、土日は基本的に暇だからな。どこでもオッケーだ。
「じゃ、今週の土曜日でいい?」
一応俺のカレンダーも確認しておく。普通に真っ白だった。
「大丈夫ですよ」
「じゃ、詳しい予定とかはまた後で」
「はい、了解です」
首肯すると、忘れないよう俺はスマホのカレンダーに予定をメモしておく。
「そろそろ文化祭終わるけど、瀬川くんは後夜祭とか出るの?」
「いや、面倒なので帰ります。楓に誤解させたままなので、それ解かないといけませんし」
「そっか」
話もひと段落つき、俺は生徒指導室を後にする。荷物を取りに戻るため教室に行くと、クラスメイトの注目を一身に集めた。やはり、ミスコンでの出来事は、広まっているようだ。
とはいえ、茶化す雰囲気とは違い、「ドンマイ」「気を落とすな」「お前を尊敬する」などと言った感じの労いや賞賛の言葉をかけられた。
ガチで俺が桜宮先生に告白したみたいで少し居た堪れないが、クラスメイトの温かい空気にはホッとする。この調子なら、今回の件はすぐに話題から消えてくれそうだな。ネタにするとしても、同窓会とかでの話だろう。
かくして、今年の文化祭は終わりを迎えたのだった。
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