ラブラブイチャイチャデート⑦

 もし、修羅場的なものを期待しているのであれば、残念ながらそれは叶えることができない。


 なぜなら、俺、桜宮先生、花村先生を結んだところで、三角関係は成り立たないからだ。花村先生からの一方的な矢印が、桜宮先生に向くだけ。


 だから、忌避すべき展開になったとはいえ‥‥‥ここは冷静に対処を──


「どういうことだ瀬川。お前、まさか桜宮先生と付き合ってるのか?」


 ──あ、はは。

 出来そうにないですね。ごめんなさい。


 俺はだくだくと汗を流しながら、天井に視線を向ける。

 これからの学園生活を全力で危惧する中、桜宮先生は俺から距離を取った。


 耳元にかかった髪を掻き上げると、咄嗟に愛想笑いを浮かべて。


「そ、そんなわけないじゃないですか。生徒と教師ですよ? 花村先生、ご冗談が過ぎます」


「いや、でも‥‥‥今の会話。それにさっき抱きついていたような‥‥‥」


「あり得ません。聞き間違いです」


「しかし‥‥‥」


 キッパリと否定する桜宮先生。だが、花村先生は自らの目と耳で得た情報を、疑うことができない。


 この会話も、清香さんには筒抜けだろう。が、それは今、気にすることじゃない。


 同僚の教師と遭遇したのだ。むしろ、正直に話す方がおかしい。生徒と教師が恋愛なんて、大問題だからな。


 ‥‥‥まだ諦めるのは早計か。

 俺は思考をフルで回転させると、無理矢理言い訳を作り始めた。


「実は、その、今度の文化祭で劇をやろうという話が出てまして」


「ん、おぉ」


「桜宮先生がヒロインで、一応俺が主役みたいな立ち位置になってるんです。それで今、その練習をしてました」


「‥‥‥そ、そうなんですよ。お恥ずかしい」


 俺の咄嗟の嘘に、桜宮先生が乗っかってくる。

 ウチのクラスは、文化祭でタコ焼きを販売する予定だが、それは一旦置いておこう。時には嘘も大切だ。


「なるほど、そういうことか。‥‥‥だが、名前で呼び合ってたのは」


「その方がリアリティが出るでしょう?」


「‥‥‥ふむ。なるほど、納得した。疑ってすまなかったな」


「誤解が解けてよかったです」


「桜宮先生もすみません、余計な勘ぐりをしてしまいました」


「いえいえ、こちらこそ疑われるようなことをして、すみません」


 愛想笑いを浮かべつつ、ペコペコと頭を下げる。


 あっぶねぇっ。

 どうにか乗り切ったぞ。嘘も方便とは、よく言ったものだ。


「え、えと、それじゃあ俺はもう帰りますね」


「あ、うん、じゃあね湊──瀬川くん!」


 完全に気を抜いてたな。桜宮先生‥‥‥。


 名前呼びしかける桜宮先生を、軽く睨みつつ俺は踵を返す。これ以上、この場に滞在するのはリスクしかない。


 俺が離れると、桜宮先生も踵を返した。


「それでは私も、これで」


「あ、あの‥‥‥桜宮先生、この後のご予定って──」


「帰って寝ます」


「で、ですよね。はい。おやすみなさい!」


「おやすみなさい」


 程なくして、桜宮先生と花村先生も解散していた。‥‥‥ちょっと可哀想だな花村先生。




 〜〜〜




 騙しているようで悪いが、花村先生と別れた後、俺と桜宮先生は合流していた。


 といっても、この後やることといえば帰ることくらい。ショッピングモールの駐車場に停めていた桜宮先生の車に乗り、俺の自宅へと向かう。


「それにしても、清香さん途中で帰ってたんですね。最後の方は、恋人のフリするだけ無駄だったとは‥‥‥」


「それね。お父さん、帰ってくるならもっと早く帰ってきてほしかったよ」


 俺たちの会話を盗み聞きし、ずっと尾行を続けていた清香さんは、途中から家に帰っていたらしい。桜宮先生のお父さんが帰ってきたのが、主な帰宅理由らしい。詳しくは知らん。


 時間帯的には、映画を見終わってから三十分後くらいだろうか。清香さんのスマホの充電も切れてしまい、ついさっきまでその事実を知らなかった。


 桜宮先生は桜宮先生で、スマホを確認していなかったため、清香さんとの通話が切れていることに気が付かなかったようだ。


「‥‥‥はぁ。それにしても、こんなこともう二度としたくないですからね。今後はないようにしてください」


「う‥‥‥き、肝に銘じておくよ。約束はできないけど」


 約束してくれないと困るんだが。


「‥‥‥あ、そうだ。プレゼント。まだ渡してなかったよね。はいこれ」


 信号が赤になり、停車しているタイミングにプレゼントを渡される。そういえば、それが目的で別行動してたんだったな。


 桜宮先生からプレゼントを受け取ると、俺は思わず目をキラキラさせてしまった。


「こ、これって‥‥‥」


「何買ったらいいかわかんなくて、これなら失敗はないかなって」


 桜宮先生から渡されたのは、Amaz◯nギフト券だった。しかも一万円分。


「いいんですか? これ貰っちゃって」


「もちろんだよ。協力してもらったお礼も兼ねてね」


 やっぱ貢ぐ才能あるだろこの人。

 嬉しさ反面、ちょっと心配になってくる。


 まぁ、くれると言ってるのだから、ありがたくもらうけども。


「俺のはこれです」


「あ、ハンカチだ。結構可愛い」


 俺からのプレゼントを受け取ると、桜宮先生は嬉しそうな声を上げてくれる。

 気を遣っているのかもしれないが、喜ばれるのは悪い気はしない。


「ありがと。‥‥‥それでいくらだった?」


「いやいいですよ。こっち、それ以上の物もらってるので」


 俺の買ったハンカチは二千円程度のものだ。

 それに比べて、五倍の価値のある物を貰ってしまった。充分過ぎる対価は得ている。


「でも」


「いいですから。ほら、信号青ですよ」


「あ、ほんとだ」


 徐々に速度を上げながら、車が発進する。


 大変なことも多かったデートだったけれど、振り返ってみると結構楽しかった気がする。絶対、口には出さないけど。


 桜宮先生はどうだったのだろう。

 少しくらいは楽しんでいたのだろうか。


 窓から見える景色をぼんやりと眺めながら、俺はそんなことを思っていた。

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