ラブラブイチャイチャデート⑥

 付き合っているカノジョがナンパに遭っていた場合、どうするべきだろうか。


 1、助ける

 2、助ける

 3、助ける


 とまぁ、考えるまでもなく、取るべき行動は一つしかない。

 好きな子が、他の男にちょっかい掛けられているのだ。黙って見ていられるはずがない。


 では、付き合っている設定のカノジョがナンパに遭っていた場合、どうするべきなのだろう。


 俺の思考は今、全てそこに注力していた。


 1、助ける

 2、見なかったことにする

 3、誰かを呼ぶ


 とまぁ、三つほど選択肢を出してみる。


 が、結局のところ、これも取るべき選択は一つしかない。


 ここで見なかったことにしたり、他人の力を借りる助け方をしては設定が破綻するからだ。


 超ラブラブで、暇さえあればイチャつくだったか。そんな関係性である以上、自力で助ける以外、取るべき手段がなかった。



 二十一時になり、待ち合わせ場所に行くと、すでに桜宮先生は到着していた。だが、桜宮先生は俺に気がつく様子はなく、ナンパから逃れようと躍起になっている。


「あ、あのだから‥‥‥か、彼氏いるので」


「いいじゃん。彼氏ほっといてさ、俺らと遊ばね? いいとこ知ってるからさ、あ、ほら、金ならあるよ」


「お金なら私もありますから」


「え、まじ? 見せて見せて」


 なに張り合ってんだあの先生。

 俺は小さく嘆息しつつ、駆け足で現場に向かう。


 と、チャラ男の腕を引いて、桜宮先生から距離を取らせた。


「人のカノジョに手出さないでもらっていいですか」


 恐らく、この会話はスマホ越しに清香さんに筒抜けだろう。であれば、多少格好つけておくに限る。


「──湊人くんっ!」


 桜宮先生はパアッと目を輝かせて、俺の背後に移動してくる。


「‥‥‥チッ、ほんとに彼氏持ちかよ」

「いや、弟じゃねーの?」


 チャラ男のうち一人が舌打ちする中、もう一人がそんな疑惑をぶつけてきた。


「か、彼氏ですから。私の」


 付き合っていると証拠を見せつけるように、俺の腕に絡みつく桜宮先生。


 しかし、チャラ男たちが、信じてくれる様子はない。


「確かに、恋人って感じの年齢じゃねーな」

「お姉ちゃんのために頑張ったねぇ弟くん」


 まぁ実際、そう見えるのも仕方がない年齢差だからな。恋人よりは、姉弟の方が納得できる。


「‥‥‥っ」


 桜宮先生が、ぎゅっと俺の腕を掴む力を強める。小刻みに身体が震えていた。


 美人だからナンパ慣れしてそうなものだが、意外と逆だったりするのだろうか。ナンパに遭う回数が多いからこそ、恐怖心が蓄積するみたいな。


 俺は小さく嘆息すると、怖気付くことなくチャラ男たちに目を合わせる。


「じゃあ頑張った弟に免じて、もう退散してくれないですか。お姉ちゃん怖がってるので」


「へいへい、そーしやすよ」

「いいのかよ。超美人だったじゃん」

「しゃーねえだろ。あっちが乗り気じゃないんだし」

「ったく、もったいねえな」


 ぶつくさ文句を言いつつも、この場から退散するチャラ男二人組。よかった、大事にならなくて。


 と、安堵したのも束の間、桜宮先生が急に俺に抱きついてきた。


「えっ、ちょ、なにして‥‥‥⁉︎」


「怖かった。‥‥‥怖かった!」


 チラホラと周囲の視線を集める。遅い時間帯とはいえ、少なからず人はいるのだ。

 顔を赤らめながら、俺はアタフタする。ちょっとこの展開にはついて行けそうにない。


 あ、あー、あれか? 

 これも演技の一環的な。


 だが、その割には声も震えてて、俺に抱きついてくる力も強かった。


「だ‥‥‥大丈夫ですよ。もう居ませんから」


 優しく背中をさすってあげる。


 俺はナンパに遭ったことがないから、桜宮先生の心中を察することはできない。ただ、やはり良い気持ちはしないのだろう。


 背丈のある男が、二人一気に押し寄せてくるのだ。もし力づくで襲われたら敵わない。結構な恐怖かもな。


 桜宮先生に婚約者ができずにいるのも、美人ゆえに男から言い寄られる機会が多いからなのかもしれない。

 警戒心ばかりが強くなって、恋愛にまで発展できないみたいな。


「‥‥‥っ、ご、ごめんね瀬川くん、あれ、私、なにやってんだろ‥‥‥⁉︎」


 やがて、冷静さを取り戻した桜宮先生が、俺の元を離れる。紅葉よりも赤々と顔を染めながら、視線を左右に泳がした。


「き、気にしないでください由美、、さん!」


 つい、苗字呼びしている桜宮先生に、気づかせる意図も含めて、誇張して彼女の名前を呼ぶ。


 と、ハッとしたように。


「あ、う、うん。湊人くん!」


「まったく、ロクでもない奴らでしたね。俺の由美さんにちょっかいかけるとか」


「ほ、ほんとだよ。私は、湊人くんのものなのにね」


「まあ、何事もなくて良かったです」


 二人見つめ合い、沈黙が流れる。

 どうにも居た堪れないので、適当に愛を囁いておくか。


「好きです。由美さん」


「私も好きだよ。湊人くん」



「──はっ?」



 と、上っ面だけの愛を囁き合っている時だった。


 ザンッと、買い物袋が床を叩く音がした。

 音に釣られて振り返ると、そこに居たのは二十分ほど前に別れた──



「は、花村‥‥‥先生」



 考えるうる限り、最悪の形での再会だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る