ラブラブイチャイチャデート⑤
ようやく、デートも終盤に差し掛かってきた。
映画を見終え、夜ご飯を済ませ、時刻はもう二十時になろうという頃。
そろそろイチャつきパターンにも限界が来て、俺も桜宮先生も疲弊していた。
「湊人くん。私、疲れてきちゃった」
「ホテル行きますか」
「‥‥‥バカ、高校生なのにそんなこと言っちゃダメなんだよ?」
「未成年と付き合うこともどうかと思いますけどね」
困ったら下ネタよりの会話をするのが、もはやテンプレート化している。
イチャイチャとか、ラブラブとか、もう正直よくわからない。
取り敢えず、普通の男女ならまず発生しない会話をすることで、俺と桜宮先生がただならぬ関係であることを清香さんに理解してもらう。それが、俺と桜宮先生の共通認識になっていた。
とはいえ、その下ネタパターンですら限界が来ている。そろそろ潮時だろう。
「‥‥‥あ、そうだ。お互いにプレゼント送り合いませんか。せっかくショッピングモールに来てますし、一時間後に集合とかにして」
「あ、うんっ、いいね。そうしようっ!」
俺の提案に、前のめりになって応えてくる桜宮先生。ちょっとはテンション抑えろと思うものの、この状況(身体密着させてベタベタ、周囲の視線めちゃ集める)から解放される喜びは俺も同じだ。
「じゃ、二十一時に宝くじ売り場の方の入り口でいいですか」
「うん、わかった」
桜宮先生は、首を縦に振る。
と、そっと俺の耳元に近づき、耳打ちしてきた。
「お金、渡しとかなくて大丈夫?」
「大丈夫ですよ。俺も多少は持ってきてるので」
「そっか。あ、ちゃんとレシート取っといてね。あとで払うから」
「‥‥‥あ、あざっす」
この人、貢ぐ才能あるんじゃないかとちょいちょい思う。
まぁ、俺も余裕のある財布事情ではないので、厚意には甘えておこう。
「じゃ、またね」
「はい、また」
桜宮先生とはこの場で別れて、早速プレゼントを調達に向かう。
女性へのプレゼントなんて、何がいいか検討もつかないが‥‥‥まぁ適当にぶらついて探すとしよう。
結局、色々見て回った結果、ハンカチに落ち着いた。実用性や値段などを考慮した上で、順当なのがこれだった。
俺のセンスが問われるところだが、まぁハンカチを買って失敗、なんてことにはならないだろう。
ラッピングしてもらい、約束の二十一時になるまでしばらく時間を潰す。
と、近くのベンチに腰を下ろしてスマホをいじり始めた時だった。
「──‥‥‥ん、なんだ瀬川じゃないか?」
不意に声をかけられる。
そこにいたのは、カジュアルな服装の男性。
「‥‥‥花村、先生」
俺の通っている高校の体育教師で、桜宮先生に想いを寄せている花村先生だった。
シュッとした顔立ちで男前ではあるのだが、当の桜宮先生は花村先生に対して恋愛感情を芽生えてはいない。
途端、一瞬にしてこの状況を理解した俺は、全身から滝のような汗を噴き出した。
「大丈夫か? 汗がすごいが」
「も、問題ないです。それではまた」
「ん、ちょっと待て瀬川。せっかく会ったんだ。少し話さないか」
肩を掴まれる。
このショッピングモールには、桜宮先生と来ている。今は別行動しているが、バッタリと遭遇する可能性は拭えない。
その場合、非常に面倒な展開が予想される。
しかし、肩を掴まれて動けなくされた上に、花村先生は俺の隣に腰掛けてしまった。
「は、話ってなんですか。陸上部なら入る気ないですけど」
「いや、その話はいいんだ。無理に入れても意味がないからな。‥‥‥それより、その、桜宮先生のことなんだが」
やっぱりそっちか。
「キッカケを作ってくれたのは瀬川だし、お前にだけは報告しておこうと思うんだが‥‥‥」
「あ、あぁはい。なんか進展でもありました?」
「なんというか、今、桜宮先生といい感じなんだ」
「は、はぁ‥‥‥それは、良かったですね」
頬を赤らめながら、照れ臭そうに報告してくる花村先生。
いい感じ? 桜宮先生の話を聞く限り、とてもそうは思えなかったが。
「この前、桜宮先生に食事に誘われてだな。そこで一気に距離が縮まったんだ。付き合い始めるのも時間の問題かもしれん」
「えっと、食事に行っただけですよね?」
「そうだが」
断言された。
食事に行っただけなのは間違いないらしい。
よくそれでそんな自信満々に言えるな‥‥‥。
俺なんか、桜宮先生のお母さんに挨拶した上に、デートまでしちゃってるんだけど‥‥‥って、何マウント取ってんだ俺。
ともあれ、桜宮先生から脈がないのは確定している。心苦しいが、事実を伝えよう。
でなければ、花村先生がいつまでも桜宮先生を引き摺ってしまう。
「あの、多分、それは同僚として親交を深めたくらいで、付き合うどうこうの話とは別だと思いますよ」
「ハンッ、笑わせるな。この前だって、俺が桜宮先生の近くをうろついただけで、照れて逃げられたし。俺が食事に誘うと、恥ずかしがって断ってくる。明らかに意識しているだろう?」
いや、近くにウロウロされてるのが嫌だから逃げただけで。シンプルに、一緒に食事に行きたくないだけだろう。
どうにも恋愛に侵されると、知能指数が下がるらしい。このまま行くと、ストーカー化しかねないので、きちんと注意しておく。
「それは意識してるとは言わないです。悲しいですけど、脈なしだと思います」
「な、何を言ってるんだ瀬川。羨ましいからって、嫉妬はよくないな嫉妬は。‥‥‥‥‥‥いや、すまん。ホントは分かってるんだ。桜宮先生が俺のことをなんとも思ってないことくらい」
軽口を叩いてくるかと思えば、急にズーンッとテンションを落として、俯き加減に溢す花村先生。
勘違いしていたわけではなく、心の奥底ではしっかり理解していたらしい。
「じゃあ、桜宮先生のことは諦めて──」
「いや、それはできない! そんな簡単に諦められるわけがないだろう? 瀬川、恋したことないのか?」
‥‥‥よ、よくそんな歯の浮いたこと素で言えるな。
「ま、まぁ、そうっすね」
「そうか。じゃあ恋したら分かるさ。たとえ、脈なしだとしても、諦められないこの気持ちが!」
「そうですか。つか、いいんですか。それもう桜宮先生のこと好きって言ってるのと同義ですよ」
「‥‥‥っ、た、確かにそうだな。他のやつには言うなよ?」
「言うまでもないと思いますけど」
「だとしてもだ」
まぁ、悪い人ではないんだよな。花村先生。
イケメンだし、桜宮先生の隣を歩いていても、違和感はない。
歳の離れた俺なんかよりよっぽど──いや、何考えてんだかな。野暮な思考はやめよう。
「そうだ。ここまで話した以上、瀬川には協力してもらうぞ。今後とも、桜宮先生の有力情報を手に入れたら、逐一報告するように」
「保健体育の成績は期待できますかね」
「それとこれとは別だが、補修という形であれば加点してもいいぞ。特別に」
「うわ、補修はヤだな‥‥‥まぁ、わかりました。何かあったら伝えます」
「うむ。そうしてくれ」
花村先生はベンチから腰を上げると、小さく手をあげる。
「じゃあまたな、補導される前に帰れよ」
「はい、わかってます」
ペコリと頭を下げて、花村先生と別れた。
腕時計で時間を確認する。八時四十分か。
もう少しここで時間をつぶしをしてから、待ち合わせ場所に向かうとしよう。
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