ラブラブイチャイチャデート④

 正直、映画館はサービスステージだと考えていた。

 二時間近くは、スクリーンに映る映像に集中ができるし、辺りも暗いから無理にイチャつく必要もない。


 主役陣の演技力には、多少是非を問いたいところだが‥‥‥仏のような心でいれば、見ていられないこともない。


 しかしどうだろう。

 恋愛映画なんてものを見に来る連中は、やはり恋愛脳に侵されている人間が多いのか、館内のカップルが占める比重は高く、どこもかしこもイチャイチャしている。


 映画の内容同等の甘ったるい空気が流れる中、俺はといえば‥‥‥身体を硬直させたまま、一寸たりとも動けないでいた。


 桜宮先生が俺の肩に頭を預けて、すやすやと寝息を立てているのだ。いや、この恋愛映画たしかに面白くないけどさ。寝ちゃダメだろ。


 甘いフルーツのような香りが、俺の鼻腔をつく。


 元々、俺は女性に対する免疫は高くない。

 従姉妹が家にいるおかげで、多少は鍛えられているが‥‥‥結局のところ、女性慣れまではしていない。


 さっきまでは演技と割り切って、桜宮先生とベタベタ密着していたが、今の状態は桜宮先生の無意識の産物。イヤでも、俺の心拍は上がってしまう。


 電車で、女の人が肩に頭を預けてきた時に近いかもしれない。あれ、ドキドキするよな。そして、なんかこっちも寝たふりとかしちゃうよな。‥‥‥しない? 


 何はともあれ、映画の内容はまるで頭に入らないし、桜宮先生いい匂いだしで、俺の脳内はてんやわんやしていた。


 早く終わってくれ。

 巨大スクリーンで、青春全開の展開を繰り広げる制服姿の男女を見て、俺は静かにそう思っていた。




 〜〜〜



【綾瀬楓】



『ご、ごめんね湊人くん‥‥‥私、寝ちゃってた。内容全然わかんないや』


『大丈夫ですよ。由美さんすげー可愛かったです。俺、映画そっちのけでずっと由美さんの寝顔見てましたもん』


『ほんと? 恥ずかしいな』


『由美さんって恥ずかしがるところも、可愛いですね』


『や、やめてよもう‥‥‥』


『じゃあ言わない方がいいですか?』


『ヤダ、ちゃんと言って欲しい』


『素直じゃないな、このっ』



「‥‥‥金の無駄すぎる」



 周囲を気にせずイチャつき始めるカップルを遠巻きから見つめながら、あたしはポツリとこぼしていた。


 さすがに映画館までついて行く気はなかったのだけど(結構お金かかるし)、清香さんがあたしとシィちゃんの分まで出してくれた。


 盗聴したみーくん達の会話を参考に、バレないけどみーくん達の様子を伺えるベストな席位置を確保し、一緒の上映時間に映画を見ていた。


 しかしどうだろう。


 みーくん達はまるで映画の内容が頭に入ってないみたいだ。何のために映画館に来てるんだろう。馬鹿なの? 


 あたしなんて、ちゃんと最後まで映画を見て、なんならちょっと泣きそうになってたくらいなのに‥‥‥。


「シイナ、ねむたいです。うとうとします」


 ハンカチをガジガジ噛みながら、嫉妬心を抑えていると、まぶたを重たくしているシィちゃんがあたしの身体にしなだれかかってきた。子供には退屈な内容だったらしい。


「あら、大変ね。タクシー呼ぶ?」


「だ、大丈夫ですよ。タクシーなんて。このまま帰ります」


 清香さんが気の利かせた提案をしてくれる。

 けど、当然中学生のあたしには、タクシーの料金を払う余裕はない。


「そう? タクシー代くらいなら出すけれど」


「い、いいですいいです。悪いですから!」


「遠慮しなくていいのよ。湊人くんの親族なら、いくらお金を出してもいいと思ってるの」


「ほ、ほんとに大丈夫ですから!」


 清香さんには、映画代を出してもらってるし。なんなら、ポップコーンにジュースまでご馳走になっている。


 これ以上、迷惑はかけられない。


 シィちゃんも限界っぽいし、これ以上尾行したところであたしの脳が破壊されていくだけだ。そろそろ帰るとしよう。


「ほら、帰るよシィちゃん。‥‥‥えっとありがとうございました。あたし達、帰りますね」


 シィちゃんの手をしっかりと握ると、頭を下げてお別れを告げる。


 と、清香さんは柔和な笑みを浮かべて、


「ええ、またどこかで会えるといいわね。今度は結婚式とかかしら」


「縁起でもない!」


「あら、結婚式はめでたい事なのよ?」


「全然違いますから、そんなの、ただの地獄です」


 みーくんの結婚式とか、考えるだけでもイヤになる。あたしは、むすくれた表情のまま顔を逸らすと、シィちゃんの手を引いた。


「バイバイ。キヨカねえ」


「またね、椎名ちゃん」


 半目しか開いてない状態のシィちゃんが、清香さんにはヒラヒラと手を振る。


 あたしも今一度頭を下げると、帰路についた。


 今日は寝れそうにないな。がっくしとテンションを落とした帰り道は、いつになく長く感じた。

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