ラブラブイチャイチャデート③

『ちょ、ちょっと湊人くん‥‥‥っ、だ、だめだよ、こんなところで‥‥‥っ』


『いいじゃないですか。どうせ他の人には見えないですし』


 ゲームセンターにて。

 みーくんと、カノジョさんと思しき女性──由美さんは、プリクラ機に入っていた。


 こちらからでは、中の様子を窺い見ることはできない。にも関わらず、こうして声だけはしっかり聞こえているのは理由がある。


 一緒に尾行することになった、由美さんのお母さん──清香さんが、みーくんたちの会話を盗聴しているのだ。その音源を、一緒に聞かせてもらっている。


 あ、誤解を招く前に言っておくけれど、無断で盗聴しているわけではない。


 由美さんと清香さんの間に一悶着があり、今回のデート中の会話をスマホを介して垂れ流ししてもらうことになったようだ。


「たましいがぬけてますっ。おねえちゃん!」


 ポカンと口を開け、傷心状態のあたしに、シィちゃんが声をかけてくる。

 その声で生気を取り戻すと、あたしはハッと意識を取り戻した。


 まずいまずい。あまりに聞きたくない会話すぎて、三途の川あたりに現実逃避をしていた。


「最近の子は、ところ構わずなのねぇ」


「ち、違いますっ、みーくんは根っからの草食系ですから。絶対何かの間違いで‥‥‥」


 と、再びスマホから声が聞こえてくる。

 当たり前だけれど、こちらの声は消音モードになっているので相手には聞こえていない。


『‥‥‥っ、湊人くん、誰かに見られたら、どうするの‥‥‥?』


『可愛すぎる由美さんが悪いんです。俺、もう我慢できないです』


『う‥‥‥もう、仕方ないなぁ。いいよ。でも、優しくしてね? 声出ちゃうと、まずいから‥‥‥』


『それは、由美さん次第です』


「‥‥‥」


 しばらく無言のまま、あたしたちはゲーセンの一角で佇む。再び、三途の川あたりに向かおうかと思っていると、シィちゃんがあたしの服を引っ張ってきた。


 切なげな表情で、あたしを見つめている。


 なんだかんだ優しい妹である。惨めなあたしを慰めてくれようと──



「ごしゅーしょーさまです」



「ぐはぁっ⁉︎」



 トドメだった。


 あたしはその場で、四つん這いになる。


「まぁ、そう気を落とさないで。他にも良い人いるわよ。湊人くんは、由美のだけれど」


 追い討ちまでされた。

 なんなの死体蹴りするとか、ひどくない? 


 くっ‥‥‥う、うぅ。


「みーくんは、みーくんは‥‥‥あたしのだもん。‥‥‥あたしが、一番好きなんだもん」


 うるうると涙を目に浮かべつつ、実に情けない抵抗をしてみる。


 シィちゃんと清香さんは、あたしに目線を合わせると、何も言わずにトンと肩を叩いてきた。‥‥‥憐れむなよ! もう! 




 〜〜〜




「あぁ、なにしてんだろ私‥‥‥」


「それはこっちのセリフですからね」


 誰が悲しくて、アラサー女教師とちょっとアレな会話をしなきゃなんねーんだ。


 現在、桜宮先生のスマホは、清香さんと繋がっている。本来なら、この会話もこちらの声も相手に聞こえるところだが、今は消音モードに設定してあるため、相手側には聞こえていない。


「でも、やると決めたら際限なくやり切るしかないです。じゃなきゃ、全部水の泡ですから」


「わかってるよ。だからこんなことしてるんだし。‥‥‥それはそうと、そろそろ出よっか。プリクラも撮り終えたしね」


「この後は適当にゲーセンぶらついて、映画で時間潰す感じでいいですか」


「うん。見る映画だけど‥‥‥」


「胃もたれしそうなほど甘ったるい恋愛映画ですよね。わかってますよ」


「い、言い方悪いなぁ」


 桜宮先生は、苦く笑いながらも、俺の意見を否定まではしてこない。多分だが、俺と同じく恋愛映画はそこまで好きじゃないのだろう。


 スマホの消音モードをオフにすると、ポケットの中にしまい俺の腕に絡みついてきた。


 俺は小さく深呼吸をすると、覚悟を決める。


 桜宮先生に先導される形で、プリクラ機を後にする。


「‥‥‥湊人くん、ちゃんと時と場所は考えよーね? わかった?」


「由美さんが可愛すぎるのが悪いと思います。もう少し自重してくれません?」


「そ、そんなこと言ったら‥‥‥湊人くんだって、カッコ良すぎるの自重してくれない困る。他の女の子に浮気したらダメだよ?」


「ないですないです。由美さん以外の女性は、生物学的に雌であるとしか認識してないので。猿に浮気するようなものです」


 ──ガタンッ! 


『えっ』


 俺と桜宮先生の声が重なる。

 今、なんかすごい音が聞こえた。なんだ今の。


 クレーンゲームの筐体でも倒れたか? いや、さすがにそれはないか。


「び、びっくりした」


「そ、そうですね‥‥‥」


 周囲に居合わせた人も、一様に音のした方に注意を向ける。しかし俺は犯人探しまではしない。


 なぜなら、今回のデートは清香さんが遠巻きから見張っている。清香さんと目があったりすると面倒だ。極力、周囲には目を向けないほうがいい。


「あ、可愛いぬいぐるみ。これ取ってよ湊人くん」


「あ、はい。任せてください」


 桜宮先生も俺と同じ認識のため、周囲を気にするのはやめて、意識をクレーンゲームに向ける。


 桜宮先生にお願いされるがまま、俺はコインの投入口に金を入れた。財布は先生持ちで、しばらくゲーセンで暇潰しに興じたのだった。

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