ダメな先生
「‥‥‥えっと、これは一体どういう──」
翌日、俺は生徒指導室に呼び出されていた。
しかし、いつもと違うのは生徒指導室に呼び出したきた人が、桜宮先生ではないことだ。
「瀬川。一晩じっくり考えてみたのだが、昨日のあれはやっぱりおかしくないだろうか」
神妙な顔をする花村先生は、机の上に肘を置き、両手をにぎにぎしている。
大事は逃れたかと思ったが、そう甘くはいかないか。まぁ、休日に生徒と教師がショッピングモールで、好きだなんだと囁き合い、あまつさえ抱き合っていたのだ。その光景を見てしまった以上、胸に
桜宮先生への恋愛感情を抜きにしても、気にかかる案件だろう。
「ちゃんと説明したと思うんですけど」
「文化祭の劇の練習だったか。‥‥‥だが、だとしてもあんな人目のつく場所で行うだろうか」
「と、とにかく、教師が生徒に嫉妬してどうするんですか。そもそも、俺と桜宮先生が付き合ってるように見えます?」
「さすがにそれは見えないが、前々から桜宮先生は瀬川に対して少しだけ態度が違う気がするのだ。気のせいかもしれないが」
花村先生は、疑心暗鬼に囚われているらしい。
桜宮先生は誰に対しても平等で分け隔てない人だ。俺にだけ態度が違うとか、あり得ない。花村先生の言う通り、気のせいだろう。
そんなことよりもこの学校の教師は、生徒指導室をなんだと思ってるのだろうか。私用で使っていい場所じゃないだろ、ここ。
俺は視線を落として嘆息すると、
「‥‥‥俺もう帰っていいですかね」
「いや待て。この際だから確認しておくが、本当に桜宮先生とは付き合ってないんだよな?」
「付き合ってません」
つか仕事しろ仕事。恋愛にかまけてる場合か。
と、心の中で花村先生を叱責している時だった。
プルルルルル‥‥‥と、携帯の着信音が鳴る。
「出ていいぞ」
「あ、はい、すみません」
ポケットからスマホを取り出すと、電話の相手を確認する。液晶には『桜宮先生』と表示されていた。‥‥‥アンタも仕事しろよ。
「ちょっと外で電話受けてきますね」
「あ、おお。別に気にしなくてもいいんだが」
俺が気にするというか、電話の相手的に花村先生に聞かれるとマズイ。
生徒指導室を後にして、人気のない階段の踊り場へと向かう。通話に出た。
「はい」
『あ、ごめんね。今ちょっと大丈夫?』
「まぁ大丈夫といえば大丈夫ですけど、一応学校にいるんで、手短にお願いします」
『あ、わかった。あのね、お父さんに──』
俺は光の速さで、通話を切る。
危ない。危ない。これ以上、先の会話は聞かないほうが良さそうだ。
俺がホッと安堵する中、しかしスマホは再び振動し始める。十コールほど無視しているのだが、依然と鳴り止まない。
このままだと、一生なり続けそうな気配があったので、俺はやむを得ず応対する。
『な、なんで切るのかな!』
「すみません電波悪いみたいです。一年後に電話かけ直してもらっていいですか」
『どんな回線使ってるのそれ! てか、ちゃんと繋がってるじゃん!』
「はぁ。‥‥‥あの、先に言いますけど、絶対嫌ですよ? 桜宮先生のお父さんに挨拶とか」
話の内容から、これからの流れは大まか予想できる。前回同様、結婚の挨拶に行かされるのだろう。
『挨拶? ああ、それは違うよ。いやあながち違くもないんだけど』
おや、勝手に思い込みをしていたが、少し違うらしい。
『お父さん、湊人くんのこと写真を通して認知しちゃったから、もしかしたら街中で声を掛けられるかもしれなくてさ‥‥‥だから念のため、湊人くんに報告しておこうと思って』
なるほど。そういう話か。
俺と桜宮先生のツーショット写真は、すでに大量に存在している。それを、家族である桜宮先生のお父さんが見るのは何も不思議なことじゃない。
写真越しとはいえ、向こうは俺のことを知っているわけか。
「じゃあもし声を掛けられた時は、上手いこと対応しとけってことですか」
『はい。そういうことです。苦労をかけます』
「まぁ、わかりました。もしその時が来たら、誠実に対応しときますよ」
『ありがとっ。湊人くん!』
「普段は瀬川くんで通してください。誰かに聞かれて勘違いされたらどうするんですか」
『あ、そうだよね。あはは‥‥‥最近、名前呼びの方が慣れてきちゃっててさ』
混乱する気持ちはわからなくもないが、しっかりしてもらわないと困る。俺と桜宮先生の関係を疑われると、厄介だからな。
「もう切って大丈夫ですか」
『あ、待って待って。あと一つ。そろそろ中間テストがあるでしょ?』
う‥‥‥。嫌な記憶を引き出された。
ウチの学校では来週の水曜日から金曜日にかけて、中間テストが行われる。
「それがなにか‥‥‥?」
『瀬川くん、国語苦手でしょ?』
「まぁ、得意と言えば嘘になります」
『回りくどく言う意味あるかなぁ』
勉強は全般的にそこそこ出来る方だが、国語だけは苦手だ。長ったるい文章を読むのがそもそも好きじゃないし、頭に入ってこない。
桜宮先生は現国教師だ。俺が苦手意識を持っていることを理解している。
「なんですか。勉強しろって催促だったら切りますよ」
『あ、違う違う。瀬川くんにはお世話になってるからさ、ちょっと恩返しできたらなって思って』
「テストの答えを教えてくれるんですか?」
『それは流石にアウトだよ‥‥‥ただ、テストに出るかもしれないところを重点的に補修してあげてもいいよ?』
「マジすか」
『みんなには内緒だよ』
この先生悪い人だ‥‥‥。
「ちょっと好きになりそうです。先生のこと」
『はいはい。じゃあ、都合つく日教えて』
「今週の金曜日とか大丈夫ですか」
『うん。じゃあその日の放課後に補修ってことで』
まさか、こんな形で恩恵を得られるとは思っていなかった。婚約者のフリをするのも悪くない。
通話を切り、スマホをポケットに戻すと、俺は生徒指導室に戻った。
「あ、えとじゃあ俺もう帰りますね」
生徒指導室に戻ったものの、花村先生とこれ以上話すこともない。放置していたスクールバッグを肩にかける。
「瀬川、最後に一つ相談なのだが」
「ん? ああはい」
「今度の文化祭、桜宮先生を誘っていいと思うか?」
「やめといた方がいいんじゃないですか。多分断られますよ」
「そう、だよな。でももしかしたら──」
「なら誘うだけ誘って、無理なら潔く諦める。それしかないです。しつこいと嫌われますよ」
「‥‥‥その通りだな。わかった、ありがとう。時間を取らせて悪かったな」
花村先生は、小さく笑みを作ると、感謝を告げてくる。俺はそれにささやかに微笑み返すと、生徒指導室を後にした。
脈がないのに頑張れるのは、普通にすごいなと、少しだけ花村先生を尊敬したが、諦めが悪いのも考えものだなと思う俺だった。
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