一難去ってまた一難

 長かったような、短かったようなデートが終わった。


 そして現在‥‥‥デートが終わった翌日。昼休み。

 友人たちと机を囲って、楽しく弁当をつつく──はずだったのだが。


「え、えっと‥‥‥これはどういう?」


 俺は再び、桜宮先生に生徒指導室に呼び出されていた。


 目の前に座る桜宮先生は、深々と頭を下げながら、スペシャルランチと書かれた食券を俺に差し出している。


 スペシャルランチ‥‥‥ウチの食堂において、一番高いメニューだ。確か三千円くらいしたはず。


 値段には見合ったものが出るらしいが、学生の金銭状況を一切鑑みていないため売れ行きはよくない。

 罰ゲームだったり祝い事だったりの時くらいにしか、出番のない特別メニューだ。


「う、受け取ってくれないかな」


「いや、滅茶苦茶怖いんですけど‥‥‥。これ受け取ったら、絶対なにか面倒なこと頼まれるやつですよね‥‥‥?」


「そ、そんなこと‥‥‥ないよ?」


「だったら、まずその表情どうにかしてください」


 ダラダラと汗を掻きながら、視線を左右に泳がせ、その上ぎこちなく笑う桜宮先生。

 明らかに何か企んでいる。俺にこの食券を握らせて、後に引けなくさせる気だ。


「‥‥‥いや、その‥‥‥じゃあ、まず話だけ聞いて?」


 いつまで経っても食券を受け取らないでいると、桜宮先生がバツが悪そうに目を合わせてくる。


「まぁ、話だけなら」


 桜宮先生はぽりぽりと頬を指で掻きながら、俺を呼び出した本題に触れた。


「お母さんね、昨日の写真見せたらすごく喜んでくれたの」


「そうですか。それはよかったですね」


「うん‥‥‥でも、その‥‥‥今度は生でデートが見たいとか言い出して」


「‥‥‥」


「もちろん最初は断ったんだけれど‥‥‥段々売り言葉に買い言葉になってきて。気がつけば、お母さんに私たちのデート見せてあげるって、宣言しちゃいました。はい」


「おい」


 おおよそ、目上の方に向けるべきではないドスの効いた声を上げる俺。


 ただ写真を撮るのとは、全く違う。桜宮先生のお母さん──清香さんが同伴となれば、ちゃんと彼氏彼女を演じる必要が生じてくる。


 昨日とは、ハードルの高さが別物だ。


「お、お願い瀬川くん‥‥‥! 瀬川くんしか頼める人いないの!」


 だろうな。

 もし、俺以外に頼める相手がいたら、それはそれで問題である。

 桜宮先生の婚約者を演じられるのは世界中探しても俺しかいない。協力はしてあげたいが‥‥‥。


「いや、でも、さすがに嫌ですよそんなの。今からでも断ってください」


 仮に本物の彼氏彼女だったとしても、親同伴のデートなんて嫌だ。授業参観の上位互換じゃないか、そんなの。


「ち、ちなみにだけれど、お母さんは遠巻きから私たちのデートを観察しながら、スピーカーを通じて会話を聞くことになってるの。だから、元々瀬川くんにはこの話は内緒になってて」


「勝手に話を進めないでください」


「だから、物凄く自然体な演技が瀬川くんには求められます」


「もっとやる気なくなりましたよ! なんで、ただでさえやる気のない人のやる気削ぐんですか!」


 親同伴というよりは、後ろから隠れて付いてくるって意味だったらしい。

 ずっと隣にいられても嫌だが、だからといって、これは中々困る展開だ。


「そ、そんなこと言わないでよ。もう後に引けないんだよ」


 うるうると涙目になりながら、俺に助けを求めてくる。そんな顔をされては、こちらも弱い。


 俺は幾ばくか黙考したあとで、小さく嘆息した。


「‥‥‥はぁ。今回だけですよ。もう二度とこんなことはないようにしてください」


「瀬川くん‥‥‥!」


「ただ一つ条件があります」


「条件?」


「可能な限り、デートの予定日は先延ばしにしてください。いいですか?」


「それはうん、任せてよ」


 なんだろう。全然、安心できない。

 が、こればかりは桜宮先生を信じるしかない。


 可能な限り、デートの予定日は後にして、その間に桜宮先生が婚約者を見つける。それが現状考えられる理想形だ。


 そこまでは無理だとしても、嫌なことは先延ばしにしたい。


「ちなみに、ちゃんと婚活の方はしてるんですか」


「し、してるよ‥‥‥?」


「ちゃんと目を見てください」


「シテマス」


「信じていいんですか?」


「ごめんなさい嘘です。全然捗ってないです。やろうやろうと思えば思うほど、他のことに注意が向いて、昨日は漫画を読み漁ってました!」


 テスト勉強から逃避行する学生みたいなこと言い出したよこの人。


「ちゃんとやってください。じゃなきゃ協力のし甲斐がないです」


「は、はい‥‥‥やります」


 もはやどっちが先生で生徒なのか、ちょっとわからなくなってきた。そのくらい、今の桜宮先生は小さく見える。


 まぁ、面倒なことから逃げ出したい気持ちはわかるけど。だが、今回の件に関してはしっかりやってもらわないと困る。


 いっそのこと、桜宮先生に想いを寄せてる男が、言い寄ってくればいいのだが‥‥‥。


 と、ふと、俺の脳裏にとある男性のことがよぎる。


「あ、そうだ」


「ん? どうしたの?」


「俺、桜宮先生のことを好きな人、一人知ってますけど」


「え?」


 ポカンと口を開けて、目をパチクリさせる。

 俺はそんな桜宮先生の目を見つめ返すと、


「放課後、ちょっと会いに行きますか?」


 そう、提案したのだった。

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