子連れデート③

 ‥‥‥死にたい。


 切実にそう思っていた。

 この自殺率の高い日本において、実に不謹慎極まりないと思うのだが、今回だけはどうか許してほしい。


 小洒落たカフェ。心の落ち着くBGMが流れ、客層の九割が四十代以上という空間の中。

 クリームソーダをテーブルの真ん中に置いて、ちびちびとストローで吸っているのだ。桜宮先生と一緒に。


 当然の如く、周囲からは視線を集めるし。「よくやるわねぇ」「昔は私もやったわぁ」「初々しい」だのなんだのと勝手に感想を言ってくる始末。

 しまいには、「仲のいい夫婦ねえ」なんて、誤解してる人までいた。この歳でお父さんだったらヤバいだろ、普通に考えてさ! 


 カシャカシャと、震える手で写真を撮る桜宮先生。俺は真っ赤な顔でありながらも、ぎこちなく笑いながら、カメラのレンズを見たり見なかったりする。


 そうして地獄のように長い一分(桜宮先生の手が震えすぎて、ほとんどの写真がブレて時間かかった)を終え、俺は盛大にため息をついていた。もう二度とこんなことしたくない。


「おおー。これはわるくないです。これなら、ひりあじゅーもぶちぎれです。ういういしさをかんじるのもぽいんとたかいです」


 桜宮先生のスマホを両手で持ちながら、撮った写真を楽しそうに眺めるシィちゃん。勝手に採点していた。


「ご、ごめんね瀬川くん‥‥‥」


「今更気にしないでください。このくらい余裕ですから」


「確かに、瀬川くんは恋愛経験とか豊富そうだもんね」


「そんなことはないですが」


 俺のどこを見て恋愛経験が豊富そうに見えたのだろうか。


「そうなんだ。‥‥‥あ、そうだシィちゃん、クリームソーダもう一杯頼もっか」


「え、いいんですか。シイナかんげきです」


「もちろんだよ。半分くらい私たちが飲んじゃったしね。‥‥‥あ、すみませーん」


 店員を呼ぶ桜宮先生。ひとまず写真を撮り終えたことに安堵しつつも、これで終わりじゃないんだよなぁと肩の荷が重くなるのを感じていた。




 〜〜〜



 カフェにて掛かったお金は、桜宮先生が持ってくれた。俺とシィちゃんにかかったお金はこちらで払おうと思っていたのだが、金だけはあると豪語する桜宮先生に押し切られる形で奢ってもらった。


 多分、今日のデートに対する引け目もあるのだろう。まぁ、こちとら万年金欠状態の貧乏学生なので、大人の善意には甘えたいと思う。


 それから、手を繋いでる写真、ピッタリ密着している写真、同じポーズを撮った写真など、場所を変えて色々撮った。その都度、シィちゃんからのカメラ監督ばりの指導が入り‥‥‥そこそこ完成度の高いものが仕上がったと思う。


 実にハードかつ精神的負担の多い作業だった。何十枚と写真を撮ったから、これで桜宮先生のお母さんも納得してくれるだろう。いや、してくれなきゃ困る。


 かくして、ようやくデートも終盤。

 写真のことは一旦忘れて、俺たちは子供服売り場に来ていた。


 今日一日を通じて、桜宮先生のシィちゃんへの貢ぎたい欲が掻き立てられたらしく、服を買ってあげるという話になったのだ。


 今は、二人仲良く、服選びに興じている。


 基本的にファッションに興味の薄い俺は、服選びには参加せず、近くのベンチに座って歩き疲れた身体を癒していた。


「‥‥‥はぁ」


 ああ、疲れた‥‥‥。

 途中、シィちゃんを肩車して歩いたのが、間違いなく原因だろう。


 俺は身体の節々に痛みを感じながら、ぽちぽちとスマホをいじる。

 

 小一時間ほどネットの世界に入り込んでいると。


「みてください。ミナトにい。こんなにユミねえにかってもらいましたっ」


 じゃーんっと、衣類の入った袋を見せつけてくるシィちゃん。「良かったね」と、軽く頭を撫でたところで、大量の紙袋を持った桜宮先生を発見する。


「‥‥‥え、あ、あのどんだけ買ってんすか‥‥‥」


「あはは‥‥‥何着ても似合うから、全部買ってあげたくなっちゃって」


「か、買いすぎですよ。今なら返品とか──」


 万単位の出費があったんじゃなかろうか。そう思わせるほど、大量の買い物をしている。

 てっきり一着二着の話だと思っていたから、意表を突かれた。この先生、マジでお金はあるらしい。まぁ実家がアレだしな。


「いいよ。これはシィちゃんへのお礼も兼ねてるんだから。実際、シィちゃんが居てくれて助かったしね」


 それは、認めざる終えないだろう。


 シィちゃんがいなければ、ただ二人が映った写真を撮るだけだった。恋人らしさを演出することは出来なかった。


「じゃあせめて持たせてください」


「ん、ありがと」


「いえこちらこそ、ありがとうございます」


 桜宮先生から、紙袋を受け取る。


 シィちゃんからも紙袋を受け取っておく。荷物持ちくらい、やらないとな。


「あ、それより聞いてよ。私、シィちゃんのお母さんだと店員さんに誤解されちゃった」


「そうですか」


 桜宮先生の年齢から考えれば、シィちゃんくらいの歳の子がいても不思議ではないか。


 もし、その場に俺もいたら、どう解釈されていたのだろう。少しだけ気になった。


「なんかさ、いつの間にそんな歳になっちゃったんだなって思い知らされるよね。行き遅れた感って言うのかな」


「反応に困ること言わないでくれますか」


「自虐なんだから笑ってよ。あ、瀬川くんは、私みたいになっちゃダメだよ? ちゃんと反面教師にしてね」


「いや俺、結婚とか興味ないので。多分一生独身です」


「そうなんだ。結構冷めてるね」


「今は結構多いと思いますけどね、俺みたいな考えの人。結婚への魅力を感じないっつーか、子供作るにしても何かと金のかかる時代ですし」


「あはは、現実的だね」


「桜宮先生も俺と似た感じじゃないんですか?」


「え、私? 私は普通にしたいけどなぁ結婚。もちろん好きな人とならだけど。子供好きだし」


 少し意外だった。

 桜宮先生は家庭の事情で、結婚を迫られているだけで、結婚願望自体は薄い人だと勝手に思い込んでいた。


 好きな人となら結婚したいのか。‥‥‥まぁ、そりゃそうか。


「じゃ、しっかり探さなきゃですね。期限があるんですから、頑張ってください」


「う‥‥‥そ、そうだよね。頑張る‥‥‥!」


 このまま俺が桜宮先生の婚約者として通していければ十ヶ月の猶予がある。その間に、どうにか結婚相手を見つけてほしいものだ。でなければ、俺の協力の意味がない。


「ユミねえユミねえ。シイナはむしょーにたこやきが食べたいです」


 話がひと段落ついたところで、シィちゃんが桜宮先生の袖をくいくい引っ張る。


「うん、いいよー。じゃ、今から買いに行こっか」


 桜宮先生は、柔和な笑みを浮かべて了承すると、近くの壁に貼り付けられた店内マップを見やる。滅茶苦茶シィちゃんに甘いなこの人‥‥‥。子供とか出来たら、死ぬほど溺愛しそうだ。


 と、その隙に、シィちゃんは俺の元へとやってくる。耳を貸すようにジェスチャーしてきた。


「シイナは、ミナトにいとユミねえはおにあいだとおもいます。‥‥‥なんとなくですが」


「は?」


 思わず、素っ頓狂な声を漏らす俺。


 いきなり何を言い出すんだこの幼女。しかも根拠が全くない。


「一階にあるみたいだね。行こっかシィちゃん。瀬川くんも」


 たこ焼き売り場を見つけた桜宮先生が、先導する。


 その後にシィちゃんが続く。


 俺と桜宮先生がお似合い、ねぇ。‥‥‥ないな。


 少しだけ想像してみたが、俺はすぐに首を横に振る。大体、当の桜宮先生が俺を恋愛対象とは見ていないだろう。いや見られても困るが。


 くそ、なんか調子狂うな。


 ぽりぽりと髪の毛を掻きながら、数歩遅れて後に続く俺だった。

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