子連れデート②

 時刻は午後一時十分。


 待ち合わせ場所に到着した。

 駅構内を彷徨くと、目深に帽子を被り、マスクにサングラスまでした不審者を発見した。


 ヤバい人いるなぁと思ったのも束の間、よくよく見ると見知った人物だった。


 ‥‥‥う、うわ今からあれに声をかけるのか。


「みてくださいミナトにい。あやしいひとがいます」


 不審者もとい桜宮先生を指差して、そんな報告をしてくるシィちゃん。

 ごめんね。その怪しい人と今から、デートなんだ。


 シィちゃんの声に気が付いたのか、桜宮先生がヒラヒラとこちらに手を振ってくる。


「てをふられましたッ。ぴんちです。シイナ、ねらわれているかもしれません」


 あんぐりと口を開いて、アタフタと焦燥するシィちゃん。

 これ以上誤解を招いてもあれなので、先にネタバラシをしておく。


「いや、あれ桜宮先生だから。一応安全な人だよ」


「そう、なんですか?」


「あぁ、でも念のため、俺から手は離さないようにな」


 シィちゃんの手を握り直すと、桜宮先生の元へと向かう。

 俺は、呆れ眼で桜宮先生の目を見ると、小さくため息を漏らした。


「なんですかその格好は‥‥‥」


「変装だよ。もし誰かに見つかっちゃったらまずいと思って」


「余計目立つので今すぐやめてください。警察に見つかると面倒です」


「え、そ、そんな目立つかな。わざわざこんな顔を隠してるのに?」


「だから目立つんですよ」


 百歩譲って、マスクと帽子はいい。けれどそこにサングラスまで付け足されては、人に顔を見られたくない事情があるようにしか見えない。


 この時期じゃ、マスクをつけると息苦しいだろうし、帽子以外は外すべきだ。


 その旨を伝えると桜宮先生はしぶしぶサングラスを取り、マスクをポケットの中にしまった。


「で、でも見つかったらどうするの‥‥‥?」


「まぁその時はその時です。お互い覚悟しましょう」


「‥‥‥せいとときょうしの、きんだんのこい‥‥‥ごくり」


 俺たちの会話を黙って聞いていたシィちゃんがたらりと汗を流しながら、生唾を飲み込む。あらぬ誤解を生んだらしい。


「い、いや違うからな? 俺と桜宮先生は付き合ってないから」


「そ、そうだよ? 多少ややこしい関係ではあるけれど」


「‥‥‥からだのかんけい?」


『違う!』


 俺と桜宮先生の声が重なる。

 この子、本当に五歳なんだよな? 幼女らしからぬマセた思考回路に、肝を冷やされる。


 それから、シィちゃんの誤解を解くのに二十分ほど時間を要した。




 〜〜〜




「なるほど。じじょーははあくしました。いんすたにあげて、ひりあじゅーをいらつかせるようなしゃしんをとるのがもくてきなんですね」


「一応合ってるけど、もう少し言い方考えようね?」


 物分かりのいい子なのだが、棘を持つ言い方をするシィちゃん。

 そんな幼女の頭を軽く撫でながら、優しく注意する。


「それで、かふぇにきて、どんなしゃしんをとるんですか?」


 現在、俺たちは駅から移動してお洒落なカフェに来ている。俺と桜宮先生の前にはコーヒー、シィちゃんの前にはクリームソーダが置かれている。


 シィちゃんからの質問に桜宮先生が答える。


「普通に写真撮るだけだよ。一緒にいるところを写真撮れば、お母さんも満足すると思うし」


「後回しにすることでもないですし、早速、何枚か撮っちゃってください」


「そうだね」


 桜宮先生は、スマホを取り出すと斜め上に持ち上げ、俺と自分自身が映るように調整する。ピースくらいはしとくか。


 カシャカシャと、シャッターを切る先生。

 ちなみに、シィちゃんは頼んでもないのにカメラの枠内から外れてくれた。幼女らしからぬ気の利きようである。


「よしっ、ひとまずはこれでいいかな。シィちゃんもありがと」


 今撮った写真を指でスライドしながら満足げな吐息をもらす。「みせてください」とシィちゃんにお願いされると、スマホを手渡していた。


 一仕事を終え、ちびちびと苦いコーヒーを飲む。

 と、スマホと睨めっこしていたシィちゃんが、首を横に傾げた。


「これでは、ひりあじゅーはいらつきませんよ」


 俺と桜宮先生が写真を撮る目的を、微妙に勘違いしているらしい。桜宮先生のお母さんに見せる用の写真を調達しているのであって、誰かの負の感情を煽りたいわけではない。


「これでいいんだよ。別にそれが目的じゃないし」


「でも、これでまんぞくするひとなら、はじめからうたがったりしないとおもいます」


 ‥‥‥妙に確信をつく言葉だった。


 確かに、ついさっき撮った写真は、ただカフェで二人が映っているだけ。これを見て、恋人同士だと断定する人は少ないだろう。


 第一、俺と桜宮先生の関係を疑っている人が相手であれば、物足りなさを感じるはずだ。本当に付き合ってるのかと疑念を強めるかもしれない。


 ツーショットで映っていれば十分だと思ったが、浅はかだったか。


「‥‥‥どうする? 瀬川くん」


 桜宮先生も思うところがあったのか、俺の意見を求めてくる。

 俺がつい考え込んでしまうと、シィちゃんが小さい手をひらひらあげて、近くの店員を呼び止めた。


「すみません、すとろーください」


「あ、はい。ちょっと待っててね」


 店員が柔かな表情を浮かべると、そそくさと頼まれたものを取りに行く。ものの三十秒とたたないうちにストローが届けられる。


「ありがとーごさいます」


「どういたしまして」


 店員からストローを受け取ったシィちゃんは、おもむろにストローの袋を開けると、既に一本ストローが浸かっているクリームソーダの中に入れた。


「え、えっと‥‥‥何してるの? シィちゃん」


 桜宮先生が、当惑した声を漏らす。

 が、わざわざ聞くまでもないだろう。


 おおかた想像がついている通りの内容を、シィちゃんが告げる。


「これをなかよくのんでください。それをしゃしんにおさめれば、ばんじおっけーです」


「い、いやでもそれシィちゃんのだし‥‥‥無理に身を削らなくて大丈夫だぞ?」


 というか、困る。なんでそんなバカップルみたいなことをしなきゃならないんだ。俺の羞恥心が壊れるぞ。マジで。


「ミナトにいのためなら、シイナはだいすきなたんさんをがまんしますっ」


 ぐっと胸の前で両手を握り、覚悟を決めるシィちゃん。‥‥‥めちゃくちゃ良い子なのだけれど、俺を追い詰めてるからね。その我慢。


「‥‥‥っ、小さいのに健気‥‥‥瀬川くんは良い妹さんをもったね」


 ほろっと涙を目に浮かべながら、シィちゃんの頭をよしよしと撫でる桜宮先生。この人はこの人で能天気すぎないか。


 これからさせられようとしてること、わかってるのか? 


 と、ふとまだちゃんと説明していなかったことに気がついた。


「ああ、シィちゃんは俺の妹じゃなくて、従姉妹ですよ」


「あ、そうだったんだ。一回りくらい歳違うから珍しいなって思ってたんだけど‥‥‥あー、だからあんま似てないわけか。なるほどね」


 ポンっと手を置いて、桜宮先生はスッキリした表情を浮かべる。


 今、桜宮先生に言われて気がついたが、俺とシィちゃんは一回り歳が離れている。俺が十七歳で、シィちゃんが五歳だ。


 現状、俺と桜宮先生は、結婚を前提に付き合っているという設定のもと、こうしてデートに来ている。桜宮先生が若々しいから、あまり違和感を感じないが、立場を置き換えてみると、俺とシィちゃんがデートをしているようなものだ。


 中々どうして世間様には受け入れ難いことをしていると痛感する。


 やはり、俺と桜宮先生が結婚を前提に付き合っている設定は無理があるなと思う俺だった。


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