子連れデート①

 九月六日。


 日曜日になった。

 今日は、桜宮先生とデートの予定だ。


 教師と生徒が休日に個人的な用事で会う。なんだか背徳的な行為だけれど、俺は浮かれてなどはいなかった。


 あくまで、俺は桜宮先生に協力しているだけ。そこに恋愛感情はない。


 だから、デートという甘美的な響きにトキめいたり、ドキドキしたり‥‥‥なんてことはなかった。


 待ち合わせは、俺の自宅の最寄駅だ。

 高校から離れた距離にあるし、同級生に発見される心配は極めて少ない。


 待ち合わせ時刻である午後一時が近づく。

 俺は重たい腰を上げると、身支度を始めた。


「あれ、みーくん出掛けるの?」


 寝癖を整えていると、楓が不思議そうに訊いてきた。


「ああ、ちょっとな」


「珍しいこともあるんだね。いつもシィちゃんに駄々ごねられない限り外に出ないのに」


「楓に無理矢理外連れてかれる時もあるけどな」


「あ、あたしは健康のためを思ってだから! 引きこもってたら、身体がおかしくなっちゃうと思って、仕方なく‥‥‥そう、仕方なくだから!」


「わざわざ俺のこと考えてくれてどーも」


「べ、別にみーくんのことなんて考えてないからね⁉︎ あ、あたしの健康のために、みーくんを巻き添えにしてるだけだから!」


 思春期真っ盛りだからだろうか。楓は何かと反抗的だ。そんな従姉妹を横目に、俺は髪型を整えていく。


 と、冷静になった楓が複雑な表情で、バツが悪そうに口を開く。


「──あ、でさ‥‥‥そのすごく言いづらいんだけど」


「ん?」


「あたし、今日午後から部活あるから、みーくんが出かけちゃうと‥‥‥シィちゃん一人になっちゃうんだよね」


「は? 土日は部活ないって言ってなかったか?」


「そ、そうだったんだけど、この前選抜選手に選ばれてさ、それで今日は部活‥‥‥」


 俯き加減に目を泳がす楓。

 どんどん尻すぼみに声のトーンが下がっていく。


 それは完全に意表を突かれる展開だった。

 楓が部活に行き俺がデートに出かけたら、シィちゃんは家で一人になる。


 五歳の子供に、留守番させるのは不安しかない。


「ご、ごめんね‥‥‥ちゃんと言ってなくて」


「いや、俺も出掛けること言ってなかったしお互い様だろ。ひとまず、シィちゃんのことは俺に任せてくれ。俺の予定は別日にもずらせるからさ」


「ほんと⁉︎ よかったぁ‥‥‥」


「ああ、頑張れよ部活」


「う、うんっ! あ、そだ。今度の大会は、見に来てよね‥‥‥多分、あたし出るから、さ。へへ」


「わかった。気が向いたらな」


「気が向かなくても来てよ! バカ!」


 楓は仄かに頬を赤らめた状態で、捨て台詞を吐くと洗面所を後にする。


 俺はポケットからスマホを取り出すと、早速桜宮先生に電話をかけた。連絡先を交換しておいてよかった。


 数コールして、桜宮先生の声が聞こえてくる。


『もしもし、どうかしたの? 瀬川くん』


「あ、すみません先生。ちょっと事情が変わりまして、今日のデートは別の日に変えてもらってもいいですか?」


『え‥‥‥あ、そ、そう、なんだ‥‥‥わかった』


「不都合ありましたか?」


『いやその、今日デートするってお母さんに大見得切っちゃったと言いますか、割と今更後に引けない状態と言いますか‥‥‥もう家出ちゃってるし‥‥‥』


 ‥‥‥。


 デートの予告をすでにしてしまったのか。

 桜宮先生は実家暮らしだし、その方が自然といえば自然だが。


『彼氏にデートをドタキャンされた』となれば、桜宮先生の立場もないだろう。


 俺は顎に手を置き、三秒ほど黙考する。


 非は完全にこっちにあるしな。提案くらいはしてみるか。


「あの、先生さえよければなんですけど」


『ん?』


「シィちゃん連れて行ってもいいですか。それなら一応デートはできます」


『もちろんだよ! デートしてくれるなら、全然いいよ。連れてきて!』


 スマホ越しに活気な声が飛んでくる。


 多少は困らせる提案かと思ったが、桜宮先生に当惑した様子はない。


「じゃ、そういうことで。多少待ち合わせには遅れるかもしれないです」


『わかった待ってるね』


 じゃあ、と電話を切るとスマホをポケットに戻す。リビングに向かい、昨日に引き続き九九の勉強をしていたシィちゃんの元へと向かう。


 と、俺に気づいたシィちゃんがにぱっと笑みを向けてきた。


「ミナトにい。みてください、ななのだんをますたーしましたっ」


 七の段を書いた裏紙を見せてくるシィちゃん。

 九九の中じゃ、難関と言われるところをもう攻略したのか。子供の成長の速さには驚かされる。


「そうか偉いな。じゃあそろそろ割り算にも挑戦するか?」


「わりざん‥‥‥! わるくないひびきです」


 その感性はちょっとよく分からないが、目をキラキラ輝かせているのでよしとしよう。


「でもその前に、今日ちょっと出かけないか?」


「おでかけですか。ミナトにいからさそわれるのめずらしすぎて、シイナかんぐってしまいます」


「いや別に何もないから‥‥‥って事でもないか。覚えてるか? 桜宮先生のこと」


「ユミねえのことですか?」


「そう。そのユミねえと今日会う予定があってさ、よかったらシィちゃんもどうかなって」


「シイナはききわけのいいこです。おうせのじゃまはしません」


「逢瀬って‥‥‥」


 どこでそんな言葉覚えてくるのだろうか。

 五歳の語彙力ではないよな、ほんと。


「いや、多分勘違いしてるよ。俺と桜宮先生はただの生徒と教師というか、まぁ友達みたいなものだから、シィちゃんも一緒に来てくれる方が楽しいんだけど」


「そうなんですか。ならばついていきます」


「おう、よしじゃあ出かける準備しよっか」


「はい」


 かくして、今日のデートにシィちゃんを連れていくことになったのだった。

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