地雷‥‥‥踏んでないよな?


「ごめんなさいごめんなさい。本当にごめんなさい。許してください。ごめんなさい。デートしてください。ごめんなさいごめんなさい‥‥‥」


 ひっきりなしに謝り続ける、アラサー女教師が居た。


 冷房の効いた涼しい車内で、運転席の上に綺麗に鎮座して頭を下げている。桜宮先生の実家を後にしてから、実に五分後の出来事だった。


 コンビニに駐車した車にて、桜宮先生は幾度となく俺に謝罪を繰り返している。その節々に、本当に悪いと思っているのか思ってないのか、デートをするよう懇願してくる始末。


 俺は小さく嘆息すると、桜宮先生の肩を持ち上げた。


「ひとまず顔上げてください。まぁ、話の流れ的に、嘘を突き通すなら仕方なかったと思いますよ。実際にカップルぽい写真の一つや二つ見せなきゃ、納得してくれないでしょうしね」


「そう言ってもらえると助かります‥‥‥」


 膝の上に手を置き、しゅんと萎縮する桜宮先生。

 そんな庇護欲を誘う顔をされると、俺も強くは出られない。もっとも、この展開になった以上、俺に断る選択肢は最初からないのだが。


「‥‥‥じゃあ、いつにしますか? 基本的に土日はどっちも空いてますけど」


「い、いいの‥‥‥?」


「まぁ乗りかかった舟ですし。出来る限りは協力します」


 そう言うと、桜宮先生はパアッと目を輝かせる。初めて遊園地に来た子供みたいなあどけない表情だ。


 前のめりになって、俺の手を握ると、


「ありがとう、瀬川くん! 愛してる!」


「そういうことは、本当に婚約者ができてから言ってください」


「‥‥‥うぐっ、そ、そうだね。そうするよ」


 桜宮先生は苦い顔をしながら、スマホをポケットから取り出す。と、カレンダーのアプリを開いて予定を確認した。


「えっと、じゃあ今週の日曜日でいいかな」


「九月の六日ですね。了解です」


「場所はどうしよっか」


「それはまぁ、先生にお任せします」


「わ、私任せなんだ‥‥‥。デートって男の人がリードしてくれるイメージがあるんだけどなぁ」


 チラッと俺に視線を向けてくる桜宮先生。


 物欲しげな顔をしているが、ここで甘やかすようなら俺ではない。


「これが本当の恋人同士のデートなら、俺だって張り切りますよ」


「‥‥‥うっ。返す言葉がない。‥‥‥わ、わかった。じゃあ頑張ってデートプラン立ててみるね」


「はい、お願いします。というか、そんな考えなくても、先生の恋愛経験からそのままアウトプットすれば、すぐにデートプランくらい立てられるんじゃないですか?」


 桜宮先生は美人で社交的だし、それなりに恋愛経験は豊富だろう。培ってきた経験から、すぐにデートプランの一つや二つ仕上がりそうなものだが。


「‥‥‥‥‥‥」


「なんで黙るんですか?」


「まともな恋愛経験あったらさぁ、とっくに婚約者見つけてると思うんだよね、私」


「‥‥‥‥‥‥」


「なんで黙るのかな?」


「すみません先生、やっぱ俺もデートプラン考えます」



 年齢以上に聞いちゃいけない地雷を踏んだ気がした。





 〜〜〜




 時刻は午後七時を回ったところ。

 桜宮先生に車で送ってもらい、俺は自宅に到着していた。


 本来であれば、とっくに帰っているはずだったのだから、妙なものだ。

 随分と濃い一日を過ごしたなと、肩をすくませながら、玄関扉を開ける。


 ──と、開口一番、心底機嫌の悪そうな声が飛んできた。


「遅い! どこほっつき歩いてたの、みーくん!」


 玄関からすぐ近くにある階段。

 その二段目に、腰を下ろし、両手で顎を支えたポーズを取る黒髪ツインテールの女の子。


 俺のことを、『みーくん』と愛称で呼び、現在、中学二年生で陸上部に所属している従姉妹──綾瀬楓あやせかえでが、仏頂面で俺を見ていた。


「楓、もしかしてずっとそこで待ってたのか?」


「ま、まま待ってないし。そこまであたし暇じゃないから! ただなんとなぁく、ここに座ってたタイミングにみーくんが帰ってきただけだから! 勘違いしないでよね!」


「‥‥‥あ、ミナトにい。おかえりなさい」


 楓の声で気が付いたのか、玄関扉の開く音で気が付いたのか、リビングから右側頭部に赤いリボンをつけた黒髪ショートカットで幼女が出てくる。


 従姉妹の綾瀬椎名こと、シィちゃんだ。


 わざわざ説明することじゃないと思うが、楓とシィちゃんは歳の離れた姉妹だ。


 シィちゃんは、とてとてと俺の下に駆け寄ってくると、腹部のあたりに飛びついてきた。


「ただいまシィちゃん。良い子にしてたか?」


「あたりまえです。シイナをなめないでください。きょうはくくのべんきょうしてました」


「おー、シィちゃんは天才だな」


 よしよしと、頭を撫でる。シィちゃんは心地良さそうに破顔した。


「甘やかさないでよ。九九くらいできて当然だし」


 そりゃ、中学二年生からすれば九九はできて当然だろう。だが、シィちゃんはまだ五歳だ。その歳で九九の勉強をしているのだから、普通にすごいと思うけど。


 よくよく楓を見ると、ぷっくらと頬を膨らませていることに気がついた。


「なんだ? 楓も褒めて欲しいのか?」


「べ、別にそんなんじゃないから。頭撫でてほしいとか、まあああああったく、これっぽおおおおっちも思ってないし! へ、変なこと言わないでよね。ほら、もう夜ご飯にしよ!」


 楓は階段から腰を上げると、リビングへと向かう。俺とシィちゃんも、楓の後に続いた。


「おねえちゃんは、ずっとミナトにいがかえるのを、まちどーしそうにしてたのに、どうしてツンツンしてるんですか? デレがないと、ツンデレはなりたたな──」


「わあ、わあ、わあああああああああああ! な、何言ってるのかな! シィちゃん⁉︎ ちょっと一回黙ろうね⁉︎」


 シィちゃんの口を慌てて塞ぐと、顔を真っ赤に染める楓。涙目になりながら、シィちゃんを連れて俺から逃げるようにリビングの中に入っていく。


 その様子を微笑ましげに眺めながら、ふとまだ手を洗っていないことを思い出した。

 洗面所へと向かう。と、背後から声が飛んできた。


「‥‥‥し、心配したんだからね。遅くなるなら、連絡くらいしてよ。バカ」


「ごめん。次からはちゃんと連絡入れるよ」


「あ、デレました!」


「シィちゃん! その口一回塞いだ方がいいのかな⁉︎ ねぇ⁉︎」


「わあ、やめてください、おねえちゃん!」


 姉妹仲良く戯れ付き合う。

 そんな微笑ましい光景を傍目に、俺は洗面所で手洗いうがいを済ませるのだった。

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