協力はします
「実家って、いやあの、婚姻届に名前書けばいいだけじゃないんですか?」
実家に来てくれと頼まれ、俺の思考は真っ白になっていた。クーラーの冷たい風を肌で感じながら、俺は首を横に傾ける。
「え、だってそれじゃあ証拠がないというか」
「でも、それ要するに結婚の挨拶的な感じですよね。俺が十八歳になったら先生と結婚させてくださいって」
「そうなるね」
「そんなことしたら取り返しつかない気が‥‥‥。というか、あんま考えずに了承しましたけど、この作戦だいぶ無理がある気がします。歳の差や立場、経済力などの問題で、先生のご両親が許可出すとは思えないんですけど。結局お見合いルートまっしぐらじゃないですか?」
「そ、そんなこと言われたって、もうこれしか方法思いつかないんだよ! 何もしなかったら、間違いなく好きでもない人と結婚ルートだし‥‥‥」
現状、桜宮先生の置かれた立場をまとめると、大きく二つだ。
一つ目は、三十歳になるまでに結婚しないといけない。
二つ目は、結婚できなかった場合、お見合いによる実質強制結婚が施行される。
家庭の事情にしては、複雑にも程があるし、結婚率が低い昨今の状況を鑑みれば、時代錯誤も甚だしい。
部外者の俺からすると、そんな家とは縁を切ってしまえばいいのでは? とも思うのだが、そうはいかないのが人情なのだろう。
「‥‥‥ひとまず協力はしますが、うまく行くとは思わない方がいいですよ」
「ありがと瀬川くん!」
否定的な意見を出したものの、桜宮先生には恩がある。
ここで手を貸さない選択肢は俺にはなかった。‥‥‥メチャクチャやりたくないけど。
「‥‥‥何かあっても責任は取りませんから。そのつもりでお願いします」
「もちろんだよ。じゃ、婚姻届書いて」
そう言って、ボールペンと婚姻届を渡してくる桜宮先生。
日常会話のテンションで言う内容じゃないよな。マジで。
ボールペンの芯を出し、婚姻届にサインをしようと──したところで、俺は手を止める。
「‥‥‥? でも先生、俺、十七歳で結婚できないのに婚姻届書いても意味なくないですか?」
「そうだけど、その方が本気感あるでしょ? 結婚しますっていう意思表示みたいな」
「なるほど。それは一理ありますね。あ、でもハンコが‥‥‥」
「それなら、事前に用意しといたものがあるから、これ使って」
「あ、どうもです‥‥‥えっと、これ、ホントに書いて大丈夫なんでよね? 俺が十八歳になった時に勝手に役所に出されるみたいな、とんでも展開になりませんよね?」
「ないない。なるわけないじゃん。そんな展開」
軽快に笑いながら、手を横に振る。
なんか盛大にフラグが立った気がするが、まぁ大丈夫だろう。確か、俺に記憶が正しければ、未成年の婚姻には親の同意が必要だったはず。
親の署名がない以上、この婚姻届に効力はない。
書ける範囲のところを書き終えると、桜宮先生は安堵めいた息をもらした。
「ありがと。じゃ、今から行こっか。私の実家に」
「はい。でも大丈夫なんですか。仕事とか」
「午後から早退すること伝えてあるから大丈夫だよ。裏門の近くにある私の車集合でいいかな。一緒に行くと、目立つ危険あるし」
「了解です」
「多分人はいないと思うけど、慎重にね」
「わかってますよ。バレると困るのは俺も同じですから」
先生の車に一緒に乗ってる場面を目撃されたら、どんな噂が立つかわかったものじゃない。
平穏に学園生活を送りたい俺からすれば、絶対に見つかるわけにはいかない。
「じゃ、先に行ってますね」
「うん」
一足先に、俺が生徒指導室を後にする。早速、先生の車がある場所へと向かった。
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