フィン君の復讐映像
「ドラゴンだぁーっ!」
ロータスブルグは前代未聞の惨大惨事に見舞われていた。魔物の群れの襲撃である。
ゴブリン、コボルト、スケルトン、ワーム、エルフ、ドワーフ、ヒグマ、ヘラジカ、その他雑多な種族たちが、統率されてロータスブルグ城に攻め寄せてきたのだ。
ドラゴンやワイバーンの翼の前では堅牢な城壁は無力。正門は瞬く間に突破され、魔物たちは城下町に雪崩込んだ。
城側にとって最大の誤算は、魔物の群れが城下町の一般市民には目もくれず、城を目指して突進してきたことである。防御側は急いで門を閉めたが、急ぎすぎたために多くの兵士が城外に取り残されてしまった。数少ない戦力を自ら分断してしまったのだ。
統率が取れたモンスターたちの動き。その理由はフィンが習得したスキル『テイマー』によるものだった。
「よいのか、街を焼かなくて」
城の上空を旋回するドラゴンの背には、復讐の女神エリニュスが乗っていた。その隣にはフィンもいる。
「えっと、クラウドファンディングは第3ゴールでしたよね? 公女様と兵士の人たちには復讐するけど、他の人たちは関係ないと思うんです」
「ふむ。甘いが、節度があるとも言えるか」
エリニュスはフィンの言葉を聞いて頷いている。そんなエリニュスに、フィンは1つ尋ねた。
「あの、女神様」
「何だ」
「肩に背負っている箱は何なんですか?」
エリニュスは肩に黒い大きな箱を背負っていた。箱の一面にはガラスがはめ込まれた筒があり、それがずっとフィンに向けられている。
「これはカメラだ」
「カメラ?」
「うむ。汝の復讐の様子を、支援者たちに生中継で送っている。千里眼の亜種だと思ってくれれば良い」
「は、はい……」
フィンが困惑している間に、眼下の戦況は大詰めを迎えていた。ドラゴンが火を吐き、門の上の兵士たちが焼かれる。オーガが大木を持って門に突進する。ゴブリンたちがハシゴや縄で城壁に登り、中から門を開ける。あっという間に門が破られ、魔物の群れが城内に雪崩込んだ。
「では、いよいよ本番だ。降りろ」
「わ、わかりました」
フィンは短剣を握り締めた。ドラゴンが高度を下げ、城の中庭に降り立つ。リザードマンたちがフィンを護るように取り囲む。彼らを引き連れて、フィンとエリニュスは城内に乗り込んだ。あちこちから剣戟の音が響く中、フィンたちは真っ直ぐに向かう。城の最奥、謁見の間へ。そこに復讐相手の睡蓮公女アヤがいるはずだ。
謁見の間の前に辿り着くと、1人の男が立っていた。
「よう」
男は白銀の全身鎧を身に纏い、背中には身の丈もある大剣を背負っていた。おとぎ話の中から抜け出してきたかのような英雄の出で立ちだった。
リザードマンたちが警戒を強める。只者ではない。戦闘経験が無いフィンでも、彼がとんでもなく強いということは理解できた。
「いや、戦う気は無い」
男はリザードマンたちの戦意を受けると、あっけなく扉を譲った。リザードマンたちは困惑しながらも武器を降ろす。
「俺はクラウドファンディング支援者だ。『特等席で復讐を見届けたいコース』、応募者が2人いただろう? その1人だ」
フィンは振り返り、エリニュスを見る。エリニュスは無言で頷いた。どうやら本当のようだ。
「えっと、あの。ご支援ありがとうございます……? あっ、でも直筆お礼状とか、Tシャツとか、まだ作ってないよう……どうしよう……」
「いや、それは後で良いから。今は復讐に集中しろ。そうだな、女神様?」
言われてみればその通りだ。
「わ、わかりました……それじゃあ、失礼します!」
フィンは男の横を通り、扉を開いた。
広大な謁見の間。その最奥には玉座がある。座っているのは純白のドレスを身に纏った女性。ウェーブの掛かった赤い髪の毛は、暖炉の火のように赤く輝いている。青い瞳は海を切り取って嵌め込んだかのようだ。その額には沢山の宝石で飾り付けられたティアラが輝いている。
フィンは彼女を知っていた。一度だけ、遠目に見たことがある。
「公女様……」
この国に住んでいるものなら、誰もが彼女を知っているだろう。
『睡蓮公女』アヤ・ローゼンブルグ。
フィンの復讐相手が、今まさに、目の前にいた。
アヤはフィンに目を向ける。すると、その顔に満面の笑みが浮かんだ。
「フィン君!」
公女はフィンの名前を知っていた。驚くフィンに、アヤは喋りかける。
「やっと来てくれたのね、待っていたわ。86日前、貴方がこの街に来た時から、ずっと、ずーっと貴方のことを待っていたの!
ねえ、見て? このドレス、今日の貴方のために用意したの。真っ白でしょう? 私が結婚する時のために、お父様が用意してくれたんですって。シンプルだけど、刺繍がびっしり入ってて、凄くお金がかかってるのよ。
本当はレグルス殿下との結婚式で着るはずだったんだけど、我慢できなくて着ちゃったの。でも良いわよね? 私、今日、フィン君に殺されるんだもの。結婚式なんてやらないし、そうしたらドレスが着られなくて可哀想だもの。
可哀想って言ったら、フィン君。私に村を消されてどんな気持ちだった? 悲しかった? 悔しかった? クラウドファンディングページにフィン君の気持ちがほとんど書かれてなかったかわからないの。駄目よ? 自分の気持ちはちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないもの。
だから、ほら、声に出していってごらん。さん、はいっ」
フィンは声が出せなかった。畳み掛けるように放たれたアヤの言葉を、咀嚼できていなかった。
「どうしたのかな? 憎くて憎くて仕方がない復讐相手が目の前にいるのよ? いくらでも、心の中の黒いものを吐き出せるでしょう?
それとも他に言いたいことがあるの? 言ってもいいわよ、何でも。愛の告白? 哀れみの言葉? 貴方が言ってくれるのなら私は何だって受け止めるわ」
「何で僕の名前を知ってるんですか?」
やっと咀嚼できた、最初の一言に対する疑問だった。
フィンの疑問に対し、アヤはどこか遠くを見つめる仕草をした。
「あの時――覚えてる? 貴方が初めて私を見た時。城下町への視察を終えて私が城に戻る時。
あの時ね、私、とってもとっても寂しかったの。
人はみぃんな、私のことを知ってるわ。文武両道、睡蓮公の一人娘にして未来の王妃。西方諸族を撃退した若く将軍にして、王国一の魔術の唄い手。
……知ってるのは私の"力"だけ。私という"人"には、誰も目を向けてくれなかった。
だからね、たった1人。たった1人でいい。後付のスキルでもなく、奪い取った地位でもなく、"私"を見てくれる人が欲しかった。
そう思いついた瞬間にね、貴方を見つけたの。ぽかーんと、可愛らしい顔で、純粋に私を見てくれるその青い瞳を。ああ、この人だなって思ったの。この人に私を、私だけを見ていてほしいって。運命だったわ。
それから城に戻ってすぐに、じいやに貴方のことを調べてもらったの。ルメルヤ村のフィン。10歳。ご両親は農家で、お姉さんが1人。他に親戚は無し。ぴったりだと思ったわ。貴方の世界はあの村で完結していた。
だから――村を燃やしたの。そうすれば私だけを見てくれる。私を殺したいほど憎んでくれる。頭も心も、私でいっぱいにしてくれる。
復讐クラウドファンディングに貴方のプロジェクトが載った時は、本当に嬉しかったわ。女神様の目に留まるくらい、貴方の復讐が……私への想いが強いってことだから。
すぐに『特等席で復讐を見届けたいコース』に応募したわ。本当は『この武器で復讐してほしいコース』にしたかったんだけど、もう応募されちゃってた。ごめんなさい、気付くのが遅くて。
でも、いっぱい、いっぱい支援したから許してね? お陰で第3ゴールまで辿り着いて、私を殺してくれることになった。本当に嬉しかったわ。これで、フィン君に殺されて、天国へ行くことができる」
「何なんですか、それ」
フィンの声は震えていた。恐怖の震えだ。アヤの言葉は理解できたが、そこに至るまでの思考が全く理解できなかった。
「意味がわかりませんよ! 僕の事をどうにかしたいのに、どうして村の皆を、お父さんとお母さんとお姉ちゃんを殺したんですか!
こんな悪い事したら、公女様、天国に行けませんよ!?」
フィンの叫びに対し、アヤはきょとんとした表情を浮かべて、返事をした。
「行けるわよ? 天国」
「え」
「だって私も『復讐者』ですもの」
フィンはエリニュスへ振り返る。エリニュスは申し訳無さそうな表情を浮かべて頷いた。
「そんな……女神様、僕を騙してたんですか?」
「違う。騙してない。それは信じて」
「そうよ、フィン君。女神様は悪くないの。悪いのは私だけ。だからこっちを見て?」
アヤの言葉に、フィンは向き直る。
「私もね、フィン君とおんなじで、復讐クラウドファンディングを使ったの。
『母と私を田舎に捨てた睡蓮公と、刺客を送って母を殺した睡蓮公女に復讐したい!』ってタイトルだったわね。
凝った文章を書いて、支援者の方々が目を引くような復讐方法を用意して、リターンもたくさん用意したわ。それで、ストレッチゴールも全部達成できたの。
だから、女神様のご加護で、死後に魂が天国に行くことは決まっているの。心配してくれてありがとう」
「本当ですか、女神様……?」
「……その通りだ。我が加護は、罪を犯した者の魂を天国へ送り届けるもの。このような使い方は考えていなかった」
一度復讐を果たせば、いかなる悪逆を行っても魂は天国へ導かれる。女神本人も想定していなかった、最悪の免罪符であった。
「どうする、フィン君? 私を殺して復讐を遂げる? それとも……復讐を止める?
それも良いわよ。私の願いを叶えない、って復讐。私は貴方の復讐を待ち焦がれながら生き続けて、貴方は私を殺したいほど憎みながら生き続ける。
殺したいほど想い合っているのに、触れられもしない2人。ロマンチックで素敵じゃない?
ああ、支援者さんたちに返すお金は私が用意してあげる。復讐クラウドファンディングはそういうシステムだもの。そもそも1億ちょっとは私のお金だし。大したことないわ。
あと、お姉さんも返してあげるわよ?」
「え?」
驚くフィンの前で、アヤは手を叩いた。それに応じて、柱の陰から1人の女性が現れた。
その姿を見てフィンは目を見張った。
「お姉ちゃん……?」
見間違えるはずがない。最愛の姉の顔。だが、その顔には生気が無かった。
「もしもフィン君が復讐を止めたいって思ったら、できるだけ元の生活に戻れるように準備していたの。
村も元通りに立て直してあげる。人は他から連れてくるけど……愛しのお姉ちゃんがいるから関係ないわよね?
本当は家族揃ってきれいに死なせて、『死霊術』のスキルで保存しようと思ってたんだけど、ご両親は焦げてしまって……。どうしようって思ってたら、お姉さんがやってきたの。助かったわ」
最後の一言を聞いた瞬間、フィンは短剣を握りしめて、一歩前に踏み出していた。
腕が、体が、震えていた。恐怖ではない。怒りでもない。義憤だった。この、人の形をした邪悪を何とかしてこの世から排除しなくてはならないという義務感だった。
「そう、その目! その目で見てほしかったの! いい顔よ、フィン君!
私への憎悪で頭を一杯にして、私を殺して、思い出にしてちょうだい!」
アヤは抱擁するかのように両腕を広げる。フィンは煽られるがまま、更に一歩前へ踏み出す。だが、その眼前を黒い翼が遮った。
「フィン」
エリニュスが、フィンの前に立っていた。
「落ち着け」
抑揚はないが、優しさのある声。
フィンは震えながらも息を吐きだし、大きく息を吸い込んだ。フィンの心の炎が、少し収まった。
「……女神様、復讐の邪魔をなさるのですか?」
一方アヤは、先程までの喜悦の表情を消し、冷めた目でエリニュスを見つめている。
「復讐の女神ともあろうものが、復讐者の前に立つとは。他の者に示しがつきませんわよ?」
「アヤ。復讐者にして、歴代支援満足度ナンバーワンの記録を持つものよ。勘違いするな。復讐は止めぬ」
「でしたら。そこを退いてください。フィン君の顔が見えません」
「だが、フィンは武器を選ばなくてはならぬ。『この武器で復讐してほしいコース』だ」
その一言に、アヤは合点がいったようだ。
「成程……支援者に指定された武器でなければ、フィン君に私を殺させるわけにはいかないと」
「そうだ」
「では、すぐに準備してください。
ねえ、フィン君? 貴方は何で私を殺してくれるの? 初めはそのナイフで私の心臓をえぐり取ってくれると思ったけど、違うのよね?
剣かしら? 鋭い刃で、私を丁寧に丁寧に切り刻んでくれるのかしら?
弓矢かしら? この一射で死んで欲しい、死んで欲しいと思いながら弓矢を撃ち込んで、私をハリネズミにしてくれるのかしら?
魔法かしら? 炎、氷? 何にせよ、魔法なら貴方の復讐心を直接浴びることができるのよね。素敵だわ。
それとも、『テイマー』のスキルで、魔物に嬲り者にされてしまうのかしら? でも……貴方は復讐を見届けなくてはいけないのよ? 見つめられてる中で……うん、それはそれで。
でも、ひょっとして、ひょっとしたら……素手!? 貴方のその小さな手を私の首にかけて絞め殺してくれるの!?
それってすっごく素敵だわ! その殺意を間近で浴びて! 私の命の火が消えるまで触れてくれる! 最高の復讐よ!」
「どれでもない」
女神は妄言を切って捨てた。
「では、何です?」
「言ってやれ、フィン」
女神が下がった。フィンはアヤと正対する。
「……支援者様からのリクエストは」
アヤの期待を打ち砕く言葉の槌を、フィンは振り下ろした。
「『通りすがりのサメ』です」
「え?」
一瞬だった。驚くアヤの右側の地面から、物理法則を完全に無視したサメの背びれが現れた。
背びれはまるで石の床を海のように泳ぎ、アヤの目の前まで来ると、そこからサメが飛び出した。鯨ほどある巨大なサメだった。
あれだけ饒舌に喋っていたアヤの口が悲鳴を上げる間もなく、サメはアヤを丸呑みにした。そして、来た時と同じように、石の床に潜ると、そのままどこかへ泳ぎ去っていった。
後には、ぽかんと口を開けているフィンとリザードマンたち、それとカメラを構えたエリニュスだけが残された。
「サメって……」
しばらくして、フィンが言葉を絞り出した。
「こんなところも通りすがれるんですね……」
サメを召喚したのはフィンだ。だが、『テイマー』スキルは使っていない。『通りすがりのサメ』が支援者からのリクエストだったからだ。
つまるところ、このサメはフィンの意志など全く関係なく泳いできて、アヤを丸呑みにしたのだ。復讐など何の関係もないただの事故で死ぬ。アヤの目的に対する、ある意味最高の復讐であった。
唯一不安なのは、魚が陸上を通りすがれるのかということだったが、フィンにはさっぱりわからない何らかの力で、上手いこと通りすがれたようだった。
「サメだからな」
そして女神エリニュスは、なぜか満足気に胸を張っていた。
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