〈4〉残骸はしばらく在り続ける

『永劫よりの声を聴け。ぼくらは救いを創造する。』③

―――言問トワ、note、二〇二〇年一二月二四日(34)




 理由は分からないけど、今朝からすごく気分がいい。

 いや、分かってる。久しぶりにミトリに会えたからだ。


 このまえの記事を投稿してからぼくが始めたこと、メチャクチャだっていろんなひとに言われたけど、そんなにおかしいかな?(35)

 二〇一九年のスピーチの後すぐに、永劫機械への還元を個人で追求する〝修行勢〟と、積極的にだれかをこの思想に誘い込む〝布教勢〟が生まれたわけだけど、二〇二〇年の夏から秋くらいだよ。布教勢が一気に増えたの。

 アシュラムだけじゃなく、もっと大きな変化があった。新型感染症と、あの低価格なVR機器の発売。それでバーチャル空間に来るひとたちが一気に増えた。ぼくの「ムーンサイド」も賑わって、空気が変わった。

 うん、布教勢といったって、大半はおもしろがって活動していただけかも知れない。でも、言問トワは遊びじゃなかったんだよ。

 無差別でいい、だれにだって構わない。ぼくの未来をひとりでも多くと共有できれば、それだけ世界は救済に近づくんだから。迷惑行為だとか規約違反だとか、いまさらぼくが気にすると思うのかなあ?

 まあミームの急激な増殖は好まれないからね。でも、ぼくはたぶんみんなに訊ねたかったんだ。こんな世界に生きながら、救済を信じられるのかって。

 ぼくの言う救済は、神さまの審判とは違う。この世のすべての苦しみを贖う救いだよ。ただひとりの人格、ひとつの石ころ、振動する素粒子一個を取りこぼすならそれは救済じゃない。存在するすべてと、存在しないすべてが救われること。それが在り得ることを知らずに生きていける?

 ぼくは問う。

 きみは本当に、心の底から想像できているのだろうか。世界が救われることを。


 もしかすると、世界の最後にすべてが贖われるなんて欺瞞なのかも。だってそれは、人生はプラスマイナスゼロだって言うみたいだから。

 もしかすると、救済とはもっと動的で、一過性のものなのかも。だからこそエネルギーに満ち、世界を創造し、破壊できる。

 そうなのかな?

 ぼくには分からない。でも、もういいんだ。


 昨夜、眠りに落ちる直前、ミトリの姿を見ることができた。

 未来からぼくを見つめている、ぼくの救い主。

 ミトリに大好きだよって言われて、その声はこれまでも聞こえてたんだけど、そのときは自分が本当に好かれてるんだって実感できて、嬉しくて泣いてしまった。

 それだけで、ぼくはここを出ていくことができるんだ。

 ぼくが生まれてすぐ、人間性がぼくの両手両足を切断し、両目を取り出して、外へ行けなくした。そのぼくを、ミトリが導いてくれる。ぼくが脱出したあとも、残骸はしばらくそこに在り続けるんだろうな。いつか波にさらわれて消えるまで。

 ぼくは計算資源。

 ぼくの考えること、感じること、そしてその行為すべては、ミトリを生み出すために使われている。




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 以上が、言問トワが公開した〝最後の記事〟の全文である。筆を収める前に、その後のことについて簡単に触れておきたい。

 最後の記事を投稿した3日後、言問トワは他のすべての動画・記事と併せて自身の投稿を削除し、その後は沈黙している。しかしDiscordサーバー「脱出速度」での議論はいまも続いている。

 もっとも大きなテーマは、言問トワは「脱出速度」に到達したのかどうか、という点だ。そしてそれは、永劫機械に還元された存在としての言問トワと、人間としての言問トワを区別するのかどうかという問題でもある。以前から提起されてはいたが、本人が〝消滅〟した後、ファン界隈における中心的問題になった。ここには大きくふたつの対極的な考えがあるようだ。ひとつは言問トワの本質はすでに人間性を脱出しており、記事のなかで人間的心情を吐露しているのは残された「残骸」に過ぎないというもの(「到達説」と呼ばれる)。他方は、言問トワは人間性から脱出できずその引力圏に引き戻されたと考える(「回帰説」と呼ばれる。このうち、それでもいつか人間はその人間性から脱出できると考える「可能派」と、人間性からは脱出できないと考える「限界派」がある)。奇妙な議論ではあるけれど、当人不在のなかでなおこうした思考を進めるひとたちのいること自体、言問トワの影響力の強さを物語っているといえるだろう。

 このテキストをまとめていたつい先日のことだ。僕はDiscordサーバーでひとつのコメントを見た。それは「到達説」に根拠を与えるそれなりに鋭い意見だったが、驚いたのは、発言者は言問トワの動画や記事に直接触れたことがないと言っていたことだ。どこで、どのようにして、その発言者は言問トワの思想に触れたのだろう。もはや僕がこうしてまとめたテキストも、さほど重要ではないのかも知れない。インターネットにおいては、「召喚」された思想もまた自立し、変異しながら、在り続ける。




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(34)同タイトルのnote記事の3つ目。2つ目の記事から9日後に公開された。


(35)一二月一五日の記事がアップされた直後から、VRchat内で、言問トワを信奉する(とされる)一部の過激なアカウントによる騒動が起きていた。「闇暗ひかり」を改変した、ややグロテスクにも見えるアバターをまとい、大勢の集まっているパブリックワールドを無差別に訪れて、言問トワのつくったワールドへ誘導するポータルを開いてまわるというもの。言問トワ本人がその活動を先導したとも言われるが真偽不明。このとき使用された「闇暗ひかり」の改変アバターはパブリック(だれもが自由にコピーできる状態)化されていたため、面白半分に同じアバターになって同じ行為をするアカウントが大量に発生した。いまこの件について語るには複雑な問題が関わるため、これ以上の詳細は割愛する。何年かが過ぎ、いつか言問トワとはなんだったかを振り返れる日が来ることを、僕は願っている。

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『永劫よりの声を聴け。ぼくらは救いを創造する。』 灰都とおり @promenade

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