第2話「四囲」

 ◇


「いや、おかしいだろ!?」

「声でか……」



 俺は思わず、他人の部屋の中で叫ぶ。

 時刻は十九時、外は真っ暗。

 迂海 ヒズミ曰く、先生達は既に退勤してしまっていて連絡も簡単には取れないらしい。


「なんて不便な学校!」

「そのうち慣れる……」

「というか、君はなんとも思わんのか!学生の男女が同衾だなんて、はしたない!」

「別に……ワタシは寝てるだけだし……」


 俺の必死さも、このヒズミという女生徒には伝わらないらしい。

 ……全く、誰も彼もどうなってるんだか。


 相部屋とは聞いていたが……まさか、男女でなんて予想外にも程がある。

 それに。


「なにより……!」


 一番許せないことは、それじゃない。

 俺が一番憤っているのは。


「――この部屋、汚すぎる!」


 ヒズミが一人で使っていたであろう、この部屋の汚さが原因であった。

 服は無造作に脱ぎ捨てられていて、段ボールがそこら中に打ち捨てられている。

 カバンも転がっているし……学校の書類やらなんやらも散らばっていて、絶妙に足の踏み場がない。


「そんな気になる……?」

「なるわ!段ボールは畳んで纏めろ!服は……まさか、洗ってないとか言わないだろうな」

「いくらなんでも……洗濯機に突っ込んで、乾燥させて、ぽいって」

「雑!というかお前制服のまま寝るな!寝間着くらいあるだろう!?」

「いやめんどう……やる気おきないし、眠いし……」

「弛みすぎだ……!」


 ……駄目だ、突っ込んでもキリがない。

 この数十分の会話で分かったことは、彼女がドのつくほどダメ人間だということだ。

 話してるだけで胃痛がしてくるレベル。

 これから共同生活をさせられるルームメイトがこれでは、胃がいくつあっても足らない。


「えぇい、俺が片付ける!服はそっちに投げるから自分で畳むなりアイロンかけるなりして仕舞え!」

「えぇ……めんど……」

「俺はお前の為を思って言ってるんだ!」


 ……思わず過干渉な親のようなことを言ってしまう。

 いや、こんなことより気にしなきゃいけないことは多々あるのだが。

 それより……目の前のだらだらと、のらりくらりと生きてるようなこの少女のほうが、俺には受け入れ難かった。


 俺とは正反対、水と油だ。

 そもそも男女で相部屋ということの異常性もある、これは早いうちに先生に直談判し、別部屋への移動を懇願するしかないだろう。


 ……こうして俺の学園生活初日は、始めてあった女子の部屋の掃除で、幕を閉じるのだった。



 ◇◇◇



 翌日。

 カーテン越しの朝日を瞼に受け、目を覚ます。

 身を起こしてまなこを開くと、そこに映るのは部屋の中で正反対の位置に配置された、もう一つのベッド。

 そこですやすやと眠るヒズミの姿をみて……この異常な新生活が夢でなかったのだと、ため息をつく。


 今日は、日曜だ。

 学生としてここに在席することを選択したはいいものの、学校の施設は自室と保健室しかわからない。

 それどころか、まだ自分がどこのクラスに割り振られるすら分からない状態だ。


 ……このヒズミとかいう、共にいるだけで疲れる子と同じは勘弁願いたいものだが。


 そんなわけで、俺は立ち上がってカーテンと窓を開ける。

 すると。


「まぶ、しぃ……」


 うめき声と共に、布の音が響く。

 振り向くと、ヒズミが布団を被って丸くなっていた。

 ……絵に描いたような引きこもりじゃないか。


 いやしかし、寝直されては困る。

 俺はこの学校も寮も、どちらのシステムも知らないのだ。


「なぁ、この寮は食事とか出るのか?」

「ん……土日はない……」

「なんと。じゃあ土日は自炊か?」

「そうだけど……苦手……」


 だろうな、と失礼な返事をしてしまいそうになったが踏みとどまる。

 となると、食事は自分達で作る必要があるようだ。


「キッチンにある物、好きに使っていいか?」

「いい……」


 よし、言質げんちは取った。


 俺はそそくさと、部屋に備え付けられているキッチンの棚や、冷蔵庫を漁る。

 あるのは卵が一パック、玉ねぎ、あとは調味料類。


 ……卵料理がすきなのだろうか。

 なら、適当に二人分朝食でも拵えよう。


 ◇



「ほら、起きろ。冷めるぞ」

「ん……」


 寝癖でえらいことになった髪を気にするでもなく、ヒズミが布団から這い出る。

 寝ぼけて、意識も朦朧としているようだが……なんとか、食卓についた。


 すると。


「なに、これ」

「何って、オムレツだ。なんだ、卵料理すきじゃないのか?」

「すきだけど……」


 ヒズミはオムレツを、怪訝そうにみている。

 なんだ、男子の料理は不安だとでも言うつもりか。

 そう言いそうになったのだが、ヒズミは続ける。


「なんで、こんな綺麗になるの……ワタシが作ると、もっとボロボロに……」


 ……卵そぼろみたくなってしまうのだろうか。

 ともかく、好評ではあったようで一先ず安心だ。


「それで、頼みがあるんだが……学園を案内してくれないか?明日から転入だし、事前にある程度は設備を知っておきたいんだ」


 好評ついでにひとつお願いをしよう。

 彼女は俺より先にこの学校にいた謂わば先輩だ。

 だから道案内を頼みたかった、のだが。


「えぇ……めんど……」

「そんなに嫌か……?用事があるなら無理はしなくていいが」

「寝るって仕事が」

「行くぞ!」


 ……決定だ。

 そうして俺達は外出の準備を始める。

 着替は更衣室を交代で使った。

 先生から渡された袋のなかには制服もあったので、試しに袖を通すと……なんとなく、馴染む着心地。


 そうして俺はヒズミと共に、部屋を後にした。










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