第6話 実質的な失恋
弁当事件から3日ほど過ぎた夜。
『ねぇ伊織。今週末遊園地行かない?』
「遊園地?」
『うん』
夕飯を食べ終え部屋でゴロゴロしていると、突然美緒から電話が掛かって来た。何事かと思えば、遊園地に行きたいとか何とか。
「行くったって、俺ら二人でか?」
『そのつもりだったけど。もしかして嫌?』
「んなことねぇけど。ちと急過ぎないか?」
『そうかなー? 別に普通だと思うけど』
* * *
伊織と喧嘩してから数日。
『ねぇ梓ちゃん。今週末とか暇だったりする?』
「今週末? まあ今のところ暇ではあるけど」
『ならよかった。そしたら遊園地行かない?』
「えっ? 遊園地?」
部屋でぼーっとしていたら、突然瑠夏から電話が掛かって来た。いきなり何の用事かなって思ったら……遊園地?
「それって私たち二人で?」
『そのつもりだったけど。もしかして嫌かな?』
「ううん。全然そんなことないけど」
いきなり俺を遊園地に誘うなんて、美緒のやつ一体何を考えてんだ?
私のことを遊園地に誘うなんて、瑠夏は何を考えてるんだろう。
『絶対楽しいから! ねっ! 行こ!』
「まあ予定も無いしいいけどさ」
『梓ちゃん最近元気ないみたいだし。たまには気分を変えて遊ぼうよ』
「確かに。それもそうね」
こうして俺は。
私は。
美緒と二人で。
瑠夏と二人で。
遊園地に行くことになった。
* * *
「はぁっ⁉︎」
「はぁっ⁉︎」
美緒に誘われるまま来たはいいものの。遊園地に着いて早々、俺は視界に入ったその人物を前に、思わず驚愕の声をあげた。
「なんで梓がいるんだ⁉︎」
「何で伊織がここにいるの⁉︎」
目や口をアホみたいにおっ広げて、まるでツチノコでも見つけたかのような顔で俺を指差しているそいつは、紛れもなく梓だった。
髪を綺麗に整えて、俺が見たことない私服を着て、若干の化粧までしているその様は、普段見ている梓とは違い、どこか大人の色気すらも感じる。
この感じだと友達とでも来たのだろうか。
「お前休日はあんまり出かけない主義だろ? 何でこんなとこにいるんだよ」
「そういう伊織だって、引きこもり陰キャじゃなかったの?」
「ち、違うわ! 俺だって遊園地くらい来るわ!」
偶然の事態に動揺してるのか。それともあの日以来まともに会話してないからか。俺たちは顔を合わせた瞬間から、無意識のうちにガン付け合っていた。
「てか誰と来たんだよ」
「べ、別に誰だっていいでしょ」
「もしかして一人で来たのか?」
「んなわけないでしょ? アホなの?」
当然のようにアホ呼ばわりされた。
最近話してなかったけど、やっぱりこいつ口が悪い。
「じゃあ誰と来たって言うんだよ。いねぇじゃねぇか誰も」
「そういう伊織だってボッチ遊園地しに来たんじゃないの?」
「んなわけねぇだろ。てかボッチ遊園地って何だよ」
「あんたみたいなボッチが寂しさ紛らわせるためにやる遊び」
「お前……それ俺以外には絶対言うなよ……」
俺はまだ何人か友達がいるからいいけど。本当にボッチの奴にそれを言ったらマジで泣くと思う。
「それで。本当のところ誰と来たんだよ」
「ふんっ、あんたみたいなアホでボッチな奴には教えなーい」
「……ッッ!」
この間の弁当の腹いせか。梓は俺に対してとことん棘を突き立てて来た。こいつの減らず口には耐性があるとはいえ、ここまで酷いと流石に我慢ならない。
「お前いい加減にしろよ」
「何よ。ほんとのこと言ってるだけでしょ」
「アホは認めるがボッチじゃねぇし! 今日だって誘われたから来たんだわ!」
「へぇー、その割にはお連れ様がお見えにならないようですけどー?」
「トイレでも行ってんだろ。いちいち口出すなよ鬱陶しい」
「はぁ⁉︎ 鬱陶しいって何よ。あんたが強がるから悪いんでしょ?」
「強がってねぇし。事実を言ってるだけだし」
「じゃあ誰と来たか言ってみなさいよ!」
捲し立てるような梓の態度。
それを上回るぐらいの勢いで俺は言い放つ。
「ああ教えてやるよ! 俺は今日美緒と来たんだよ!」
「へぇー! 美緒と来たの! へぇー!」
「ははーん、もしかしてビビりましたー? ボッチは自分の方だったってバレてビビっちゃいましたー?」
「はぁっ⁉︎ 別にビビってないし! 私だって瑠夏に誘われて来たんだし!」
「へぇー! 瑠夏に誘われて! へぇー!」
…………。
「ん」「ん」
熱くなった意識が一気に冷え固まる。
えっとその……今こいつなんて……?
「な、なあ梓。お前今瑠夏に誘われて来たって……」
「伊織こそ、美緒に誘われて来たって言ったよね……」
睨み合うのをやめ、お互い静かに顔を見合わせる。
相手の腹の中を探り合うような空気の中、俺は真っ先に梓の発言を疑ったが……どうやらこの様子だと、出まかせとかではないっぽい。
「で、その瑠夏はどこにいんだよ」
「美緒だっていないじゃん。もしかして嘘ついたの?」
「嘘なんてつくわけないだろ。ガキじゃあるまいし」
「私だってそうよ。ついさっきまで一緒にいたし」
淡々と話すこの感じ、怒りに任せてワラワラと物を言わない姿勢からして、間違い無く梓は本当のことを言ってる。
(ちょっと待てよ。てことはつまり……)
疑いでしかなかった妄想が、確信に変わって行くのがわかる。普段あまり外出をしない梓がこれだけ見てくれを整えて、休日の遊園地に来たのだ。
しかも相手は女友達とかではなくまさかの瑠夏。これだけの証拠を突きつけられて、知らないふりをできるほど俺のメンタルは図太くない。
「お前そういうことだったのかよ……」
「やっぱり伊織たちってそういうことだったのね……」
俺が口にした言葉がやまびこのように帰って来る。絶望の淵を目の当たりにしたような梓の表情が、まるで鏡に映った自分を表しているようにも見えた。
思えば全ての元凶はあの日だった。
——私さ、最近彼氏できたんだよね。
不意に梓が呟いたあの一言。
最近は色々とあり過ぎて、あまり気に止めていなかった梓の彼氏いる発言だけど、今になってその全容が、衝撃の事実として俺の前に鎮座した。
同じ高校の同じ学年。
あの時梓は確かそう言っていた。
だからてっきり同じクラスの誰かかと思ってたけど……。
「何で言ってくれなかったんだよ」
「伊織こそ、なんで正直に教えてくれなかったの」
信じたくなかった。
梓の彼氏が瑠夏だったなんて。
俺と瑠夏は中学からの付き合いで、ましてや今は同じクラス。普段からよく一緒にいるからこそ、俺は無意識のうちに瑠夏を選択肢から外してた。
よく考えれば、いやよく考えなくとも。梓と仲良い男子なんて俺か瑠夏くらいしかいないはずなのに。どうして俺はこんな簡単なことに気づけなかったんだろう。
(今思えば瑠夏しかありえないだろうが……)
本当は凄く悲しい。
今にも泣きじゃくりたいくらいに。
なのに——。
「つまりお前らはデートしに来たってことかよ」
何だろう。この憤りは。
「俺に黙ってこそこそと休日デートってわけか」
「い、いきなり何」
梓の表情が引きつったのがわかる。
でも俺の口は操られているかのように動いた。
「なるほどな」
「な、何よ」
「だから今日のお前は気合が入ってるんだな」
「はっ? 気合?」
「その髪も化粧も、瑠夏に見せる為に整えて来たんだろ」
本当はこんな嫉妬深くてダサいセリフ、言うつもりはなかった。でも無意識のうちに頭に浮かんでは、そんなわかりきったことを淡々と口にしていた。
「でも良かったじゃねーか」
「何がよ」
「何がって、そりゃあ」
多分俺は認めたくなかったんだと思う。大好きな幼馴染が瑠夏に取られてしまったという事実を。
強がって、外面を繕って、威勢のいいことを吐いて。突如として空いてしまった心の穴を、必死に隠そうとしているだけなんだと思う。
「俺みたいなクズじゃなく、優しくてカッコいい彼氏ができたことだよ」
* * *
「はぁっ⁉︎ それはこっちのセリフでしょ⁉︎」
うっかり出てしまった嫌味な一言。
それには梓も激昂して言い返して来る。
「そもそも伊織! あんたが悪いのよ!」
「はぁぁ? 俺が悪いだ?」
「考えてもみなさいよ! 幼馴染の私にすら言わないで美緒と付き合って、お弁当まで手作りして、ましてやデートまでしちゃってさ!」
「美緒と俺が付き合ってる? 何言ってんだお前」
「全部事実でしょ! 身の程も知らないで、すーぐ可愛い子に目移りして! 美緒なら優しいし怒らないから良いってわけ⁉︎ ほんと何様のつもりよ!」
何をそんなに怒ってるのか。
こいつの考えてることはさっぱりだけど。
何だよその言い方。
何でお前にそんなことを言われなきゃいけないんだ。
そもそも俺と美緒は付き合ってなんかない。幼馴染にすら言わないで勝手に付き合い始めたのはお前の方だろうが。
「お前よくそんなこと言えるな」
「そっちだって、いい加減にしてよ!」
「良い加減にするのはお前の方だろ! 裏でこそこそやることやりやがって。てめぇの方がよっぽど陰キャ臭くてたまんねーよ!」
「はぁっ⁉︎ 私のどこが陰キャなのよ⁉︎」
「全部だよ全部! ろくに恋愛経験も無いくせして、格好だけは一丁前にして来やがってさ。いくら見た目を繕っても中身は変わらないんですよー?」
「見た目も中身もパッとしない伊織にだけは言われたくないわよ! そもそもろくな恋愛経験が無いのはあんたも同じでしょ⁉︎ 何自分のことは棚に上げて粋がってんのよ!」
「別に粋がってねぇーし。事実を言ってるだけし」
「私だってそうよ!」
こんな感じで。
俺たちの言い合いは更にヒートアップしていった。
眉を吊り上げて怒声をあげる梓の姿。何もわかってないくせして好き放題物を言うその態度が、今の俺にとっては目障り以外の何者でもなかった。
つい昨日までは弁当のことで、多少なりとも落ち込んでいたはずなのに。
彼氏が瑠夏だという事実を突き付けられた上、こんな事実無根の八つ当たりまでされてしまっては、あの日のことなど心底どうでもよくなって来る。
「もういい。俺は帰る」
「は? 美緒とデートするんじゃないの?」
「うっせぇ、お前には関係ないだろ」
やがて俺は我慢の限界を迎えた。
毒を吐きながら梓に背を向ける。
「俺がいたらデートの邪魔だろ? だから今すぐに消えてやるよ」
最後にそんなセリフを吐き捨てて。
俺はさっき来た道を戻り駅を目指した。
美緒。本当にすまん。
せっかく誘ってくれたってのに。
あんな現実突きつけられたら、遊園地なんて楽しめそうにないや。
今日改めてよくわかった。
梓にとって、俺はただの幼馴染でしかないってこと。
今までは気づいていても、まだ目を背けることができたその事実だけど。いざそれに直面すると、受け止めようにも俺の心が耐えられない。
思えば瑠夏は俺なんかよりも誠実で、優しくて、顔も良くて。言ってしまえば、梓と付き合うには、すこぶる相性の良い相手なんだと思う。
だからこそ梓は俺じゃなく瑠夏を選んだんだろう。我が強くて、ヘタレで、料理しか取り柄のないダメな俺は、きっとこうなって当然の運命なんだ。
「ちきしょうがッ……」
梓から……いや、現実から逃げるように足を進める。
思わず漏れてしまった声に次いで、目から溢れそうになる何か。目頭が熱くなる感覚をひしひしと噛み締めながら、俺は十年来の初恋に終止符を打ったのだった。
* * *
「……おり! ……ちょっと伊織!」
後ろから声が聞こえてくる。
でも明らかその声は梓じゃない。
「……伊織ってば! ねぇ!」
慌てて目を擦り振り返ってみれば。
必死になって俺を追いかけて来る美緒がいた。
「ちょっと伊織⁉︎ 何帰ろうとしてるの⁉︎」
「え、だって俺振られたし」
「何バカなこと言ってんの! 伊織は振られてなんかないよ!」
「振られたさ。ついさっきな」
梓の彼氏は瑠夏だった。
この事実があって、どうやったら振られてないことになるのか。
「まだ遊園地に入ってすらないじゃん!」
「だから余計な金使う前に帰るんだよ」
力無く言うと、梓は手に持った何かをチラつかせた。
「チケット! もう買っちゃったから!」
「ああそうか。なら金は払うからお前だけ——」
お前だけでも楽しんでこい。
俺がそう言いかけたその瞬間。
「いいから行くよ! ほら早く!」
「……お、おい」
美緒にガッシリと腕を掴まれた。
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