第2話 その頃梓は

「ってことがあってさぁぁ」


「へぇー、それはちょっと意外だね」


 昨日の帰り道。

 私は伊織と喧嘩をした。


 あの時はムカついて意地になっちゃったけど、どうしても喧嘩のことで落ち込んじゃって、気づいたら友達の瑠夏るかに電話してた。


 瑠夏は伊織と同じクラスで、私とは中学三年間同じクラス。男の子ではあるけど、中性的な顔立ちで、性格も基本穏やかで、女友達みたいって勝手にだけど私は思ってる。


 相談するのは美緒でもよかったんだけど、今日は男子の意見が聞きたくて、瑠夏にお願いすることにした。


 瑠夏なら最近の伊織の様子とかも知ってるだろうしね。


 そんな私たちは今、街の喫茶店にいる。気の許せる仲とはいっても、こんなことで休日に呼び出しちゃってほんと申し訳ない。


「それで、梓ちゃんに彼氏がいるのは本当なの?」


「彼氏なんてそんな。だって私が好きなのは……」


 ……って、私瑠夏の前で何言ってるんだろう。


「それを自分でわかってるなら、早く素直になればいいのに」


「素直になるなんて今更無理よ。きっとあいつのことだから、私をおちょくって来るに決まってる」


「そんなことないと思うけどなー」


 私が相談する度に瑠夏は前向きな言葉をくれるけど、幼馴染の私にはわかる。伊織が私のことを、凶暴な幼馴染くらいにしか思ってないってこと。


 そんな私が素直になって、この想いを告白でもしようものなら……うぅぅ……想像しただけでも寒気がしてきた。


「とにかく! 私から告白するとか絶対ないから!」


「梓ちゃんは相変わらずだなー」


「何よそれ……全然褒められてる気がしないんだけど」


 私が目を細めると笑って誤魔化された。

 この反応からして絶対今バカにされてる。


「別にいいし。こんなんでも少しはモテるし」


「そうだね。中学の頃は男子に凄く人気だったしね」


「そうそう! これでも私少しは自分に自信があるのよ」


 中学に上がった頃から自分磨きには力を入れてる。

 最近だと化粧とかもするようになったしね。


「まあでも、肝心の人には告白されないけど」


「うっ……」


 ちょ……急な方向転換……。


「それと梓ちゃんには素直さが足りないよね」


「…………」


「もっと素直になれてれば、今頃上手くいってるのに」


 なんだろう。

 この一言一言が胸に刺さる感覚。


「そもそもどうして彼氏がいるなんて見栄を張っちゃったの?」


「別に見栄を張ったわけじゃ……はぁ……」


 可愛い顔をしてるのに、瑠夏は昔から急に核心を突いて来ることがある。だからこの子に相談する時は、毎回傷口に薬を塗られるような痛みを伴うんだよね。


 言ってることは正しいから、私からは何も言い返せないんだけど……。


「今からでも訂正したら?」


「それはダメ。私の作戦の意味がなくなっちゃう」


「作戦?」


 でも見栄を張ってるってのはちょっと間違い。そりゃ伊織に劣るのは悔しいけど、今回はちゃんと考えてこの作戦を立てたの。


 でも……。


「作戦はいいけど、空回りしないようにね?」


 ギクッ……。


「それでお互いの距離が遠くなったら元も子もないから」







 あぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!

 そうなんですよねぇぇぇぇ!!


 奥の手のつもりが『俺も最近彼女できたから』って……一体どういうことなのぉぉぉぉ⁉︎


 彼氏ができたって言えば、向こうから何かしらのアクションを起こしてくれるかなって。ちょっとは焦って行動してくれるようになるかなって、そう思ってたのにぃぃぃぃ……!!


「あいつに彼女がいるってどういうことよぉぉ!!」


「あらら。また蒸し返しちゃったか」


「ねぇ瑠夏ぁぁ……私これからどうしたらいいのぉぉ……⁉︎」


「うーん。様子を見ないことにはなんとも」


「うえぇぇぇぇん!!」


 引きつった笑みを浮かべる瑠夏を前に、私はこれでもかと泣きじゃくった。







 * * *







 その帰り、私は死にたくなっていた。


 仲のいい瑠夏とはいえ、あそこまで泣くのはマジで無い。今思い返すと、周りのお客さんにめっちゃ見られてたし。瑠夏はずっと苦笑いだったし。


(もしかして私、結構めんどくさい……?)


 だから伊織と喧嘩して……って、今落ち込むのは止そう。


 今更後悔したところで意味ないし。

 それより早く伊織と仲直りする作戦を立てないと。


 そもそもあいつは、なんで私に黙って彼女なんか作ったのよ。前々からちょくちょく好きな人がいないか確認してたのに。幼馴染の私じゃ物足りないってわけ⁉︎


「もう、バカなんだから」


 でも別れ際に瑠夏が言ってた。

 まだ諦める必要はないんだって。


 確かに伊織は彼女ができたって言ってたけど、私みたいに冗談の可能性だってあるよね。てかモテないあいつに急に彼女ができる方が不自然よ。


「そうそう。まだ諦めるには早いわ」








 * * *








「ん?」


 帰り道にあるファミレス。

 ふと中を覗いてみたら見覚えのある顔が。


「伊織……⁉︎」


 窓に色々と反射してて見えにくいけど、あのパッとしない感じは多分伊織。休みに伊織が外に出てるなんて、何だか珍しい気がするけど——。








「……えっ」






 


 続いて飛び込んできた光景を前に私の思考は停止した。


「……美緒……なんで……?」


 伊織が座ってるテーブル席の向かい側。

 旗が邪魔で見えにくいけど、そこに居るのは確かに美緒だった。


「こんなとこで何して……」


 伊織は飲み物を飲みながら。美緒はパフェを食べながら、何かを話してるみたい。時に笑ったり、怒ったような顔をしたり……私の目に映る二人は凄く楽しそう。


 確かに二人は中学の時から仲が良いはずだけど。それでも休日にファミレスに出かけてるなんて、そんなの幼馴染の私でも知らなかった。


「もしかして……」


 懇意に満ちた二人を前に、私の脳裏に最悪の妄想が浮かぶ。


「伊織の彼女って美緒だったりしないよね」


 いや、そんなのありえない。

 美緒が伊織の彼女だなんて。


 だって今までそんな素ぶり無かったし。

 私が考え過ぎてるだけだよ、きっと……。







(……違う……よね?)


 二人を見れば見るほど、その妄想がより現実味を帯びて私に降りかかって来る。お前はもう手遅れなんだって、誰かが私に囁きかけるように。


「伊織ってあんな顔するんだ」


 私には見せてくれないその砕けた表情。


 どうして美緒の前ではそんなに楽しそうに笑うの? そもそも二人はただの友達でしょ? じゃあどうして私と喧嘩した翌日に、一緒にファミレスなんかに居るの?


 

 ——もっと素直になれてれば、今頃上手くいってるのに。



 今頃になって、瑠夏の言葉が効いてくる。

 確かに私は伊織のことになるとすぐムキになっちゃうけど。でもそれはずっと昔からあいつのことが好きだったからで……決してあいつが嫌なわけじゃ……。



 ——それでお互いの距離が遠くなったら元も子もないから。



 ……でも、そうだよね。

 よく考えたら、私ってめんどくさいよね。

 素直じゃない女なんて普通は好きにならないよ。


 その点美緒は私なんかと違って素直だし、おまけに可愛いし、女の子らしさもあるし。そりゃあ普通の男子なら、私じゃなくて美緒を選ぶよね。


 きっと伊織にとっての私は、ただの幼馴染でしかなくて。美緒こそ本当の女の子で。今でも私と関わってくれてるのだって、昔の名残で仕方なくなんだと思う。


 すぐ感情的になって喧嘩して、今までたくさんの迷惑をかけて来たけど、そんなめんどくさい幼馴染にかまける時間があるなら、やっぱり美緒みたいな可愛い子と一緒にいた方が幸せだよね。








 私なんかじゃなくて、美緒と付き合った方が——。








「……っっ!!」


 考えれば考えるほど思考はマイナスに。

 私の頭と心はもう、ショート寸前だった。


 ファミレスから逃げるように走り出す。空は晴れてるけど、私の視界は雫のようなものが覆って、前がよく見えない。


(……あれ……私、泣いて……?)


 ううん、そんなはずない。

 あんなバカのことで泣くなんて。

 たまたま天気雨が降ってるだけだよきっと。


「……バカッ! バカ伊織っ!」


 でもどうしてだろう。

 伊織のことを思うと心が辛い。苦しい。

 胸の辺りがギュッとなって、どうしようもなく虚しい。


 きっとこれは成るべくして成った結果。私が素直になれないから。すぐ伊織に当たっちゃうから。だから想いを告白する前に、あいつに彼女ができちゃったんだ。

 

 私だってわかってる。

 自分がヘタレでめんどくさい奴だって。



 でもね——。



 やっぱり伊織が隣に居ないのは寂しいよ。


 小さい時からずっとずっと一緒の時間を過ごして来たのに。なんで伊織は私じゃなくて美緒を選んだの?


 私はこんなにも伊織のことが好きなのに、伊織は私のことを好きじゃなかったの? 伊織にとって私の存在って一体何なの……?


「……ねぇ、教えてよ」

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